表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/18

 5-2


「来たぜ! 救世主のご登場だ!」


 葛箆は、梨飛の姿を目の端にとめると狂喜した。化け物の攻撃をかわしながら、口笛を吹く。

 その葛箆に向かって、胃や腸などをぶら下げた頭が、紫色の血を滴らせながら突進した。


「おっと、危ねぇ」


 縄で両手を縛り付けられても、身軽さは変わらなかった。葛箆は、楽々と避けると口の端を持ち上げた。


「作戦は成功しましたのね。まったく、気をもませて下さりますわ。一時はどうなるかと思いましたもの」

「けれど、何か様子が変ですよ……?」

「やばいね」


 華泉は、舌打ちした。


「おお! もう一人もやって来たか! 子供の血と肉は美味と聞いたが、お前の血と肉はどうだろうか。まだ肥えてはないが、もう待ち切れん」


 魔形は、舌嘗めずりしながら梨飛に近付いた。血走った目を梨飛に据えながら、どす黒く変色した足で進んでいく。


「お父様、私にも一口ちょうだいね。梨飛を見つけたのは私なんだから」


 人とはかけ離れた姿になってエリシュが、二つにわかれた長い舌を出しながら、にたりと笑んだ。


「わかっている。お前に想いを寄せていた渇血を囮に使って、この者たちをおびき寄せたんだからな」

「渇血が死んでほっとしたわ。あいつのしつこさにはうんざりしていたの。あいつおかげで、こんなに上等な獲物が入ったから、感謝はしているけどね」


 エリシュの口から、大量のよだれが顎を伝った。

 その直後、彼女の身体は光に包まれ灰となった。

 梨飛を食べようと口を開いていた魔形も、梨飛が投げた球状の光に当たって、灰と化した。

 丸い形の光は、矢よりも速く空を駆けた。

 梨飛の掌から次々と淡い光が、生み出されていく。

 光が通った後には、一つ、二つと灰の山ができあがった。


「梨飛の力は強大すぎますわ! わたくしたちの手に余る敵をたやすく片付けてしまうのですもの」


 梨飛は、光を下に向けて放った。拳ほどの光が、家に当たり、弾け散った。木造の家は、見る間に燃え、魔形たちは慌てたようにその場から逃げた。

 梨飛は、連続して光を作り出すと、暗くよどんだ森を焼き尽くすかのように投げ付けた。暗闇に覆われていた森は、アッという間に炎の渦に包まれた。


「いいから、梨飛の回りを囲むんだ」


 華泉は叱咤すると、身体を反転させて、梨飛の側まで行った。

 葛箆たちも態勢を整えると、梨飛の回りを囲んだ。華泉と同じく宙に浮かびながら、両手を梨飛に向けた。


「聖なる誓約において命ずる。今こそ四神の力を解き放ち、我に力を! 魂魄解放!!」


 四人が叫んだ刹那、眩い光の洪水が梨飛に向かって放たれた。しかし、光は梨飛の回りを覆っていた結界によって弾き飛ばされてしまう。


 梨飛は、浮遊しながら微かに笑みを浮かべた。

 瞳には、何の感情も宿っていなかった。

 梨飛は、水を生み出すと、まるで飴細工のようにそれを操った。水は、氷のように先を尖らせると、華泉たちに向かって伸びた。


 けれど、華泉たちは寸前のところでそれをかわした。


「火炎発火!」


 華泉が、水に向かって炎を投げ付けた。しかし、水の威力は収まらない。


「しょうがない」


 華泉は、首をすくめると瞳を閉じた。彼の回りに風が起こる。

 風は、渦を巻きながら彼を包んだ。緑色の瞳を覆っていた髪が、その風によってふわりとなびく。


「晏葉、援護を頼むね。葛箆と羅梛は、合図したら梨飛に向かって秘術を投げて」

「よろしいのですか……? その技は、梨飛の身体に影響を……」

「大丈夫だよ。彼には、水神の守護があるからね。――行くよ!」


 華泉は空を駆けた。風と戯れるかのように空を飛ぶ梨飛の後を追い掛ける。晏葉も意を決するとその後をついていった。


「魔術封印!」


 華泉は、梨飛目掛けて術を放った。


「水泡雲霧!」


 晏葉も続けて唱えた。霧が辺りを漂い、梨飛の視界を阻んだ。

 梨飛は、華泉の術を身に受けて、よろりと体勢を崩した。結界が薄くなる。


「魔術封鎖!」

「疾風猛爆!」


 華泉と晏葉が続け様に言い放つ。

 華泉の放った術が、梨飛を守っていた結界を弱め、晏葉の術によって吹き飛ばされた。


「今だよ!」


 華泉が叫ぶ。

 梨飛の強大な力に恐れをなしながらも、なんとか奮い立ち、梨飛たちの命を奪おうと歯向かってくる魔形たちと苦戦しながらも戦っていた葛箆と羅梛は、その言葉に頷いた。微々たる数の魔形たちを遠ざけるように、烈風で彼らとの距離を置く。二人は、華泉たちの元へ急いで赴くと、


「――万物の神、母なる神よ。我は汝と契約を結びし者なり。今こそ、真の力を解き放て。魔邪滅壊・聖放降下・封心令播!!」


 声高に唱えた。

 華泉と晏葉も同じ術を口にすると、今にも崩れ落ちそうな梨飛に術を放った。

 薄紅色の光華が梨飛の身体に浸透していく。

 梨飛は、びくっと身体を震わすと目を見開いた。


「うぁ……っあ、……っ」


 光は、様々に色に変化を遂げながら、苦しそうに呻く梨飛の身体を蝕んだ。濃淡を繰り返しながら、彼の内部へと侵入する。光は梨飛の身体の中に吸い込まれるように小さくなる。その度に四肢は痙攣し、彼は胸を押さえた。

 小柄な身体が空中で魚のように跳ねる。

 痛ましい姿に、晏葉は見ていられないとばかりに背を背けた。

 羅梛は、親の敵を見るような目付きで梨飛の様子をじっと見据え、葛箆は辛そうに睫を伏せ、拳を握り締めた。


 ただ、華泉だけがいつも浮かべていた笑みを消して、無表情に梨飛を見つめていた。深紅の瞳には、憐憫も悲痛な色も浮かばない。あるがままの状況だけを捕らえていた。

 光がすべて梨飛の身体の中に消えていくと、彼の身体は浮遊力を失い、落下した。


「梨飛!」


 華泉が素早く動いた。

 梨飛の身体をしっかりと受け止める。

 乱れた梨飛の髪を優しく撫でた。

 出遅れた晏葉と葛箆も駆け付け、梨飛の安らかな様子を見て、瞳を和らげた。

 華泉は、梨飛の頬を軽く叩いた。


「う……ん」


 長い眠りから覚めるかのようにゆっくりと瞼を開けた。そして、寝ぼけまま華泉の顔を見て、次いで晏葉と葛箆にも目を止める。


「なんで、ここにいんの……? 俺、部屋にいたはずじゃ……」


 澄み切った青空を思わせる瞳をめいっぱい開いた。

 先程まで苦痛に歪んでいた顔とは打って変わって元気な姿に、三人は吹き出した。


「元に戻って良かった、良かった。やっぱ、ガキは元気が一番だ。なあ? 晏葉」

「そうですね。苦しいでいる姿を見た時は、胸が潰れる思いでしたが、五体満足でけっこうです」


 穏やかな雰囲気が漂ったその時、梨飛の側に行かなかった羅梛の悲鳴がこだました。

 振り返った先には、エリシュに捕らわれている羅梛の姿があった。


「梨飛を食べれないのは残念だけど、この娘で我慢するわ。肌が綺麗でおいしそうね。健康だし、ふふ」


 舌を出して、羅梛の顔をぺろっと嘗めた。 羅梛の顔が恐怖に歪む。手を拘束されていて、術をかけることができなかった。


「ふざけんな!」


 葛箆が、飛び出す。だが、エリシュの長く伸びた尾に吹き飛ばされる。身体が木の葉のように舞い、平衡感覚を失う。危うく地上に落ちそうになった所を晏葉が支えた。


「大丈夫ですか?」

「まあな」

「羅梛がいる限り、魔術は使えませんね」


 梨飛は、自分の状況を悟り、顔色を変えた。


「なんで皆、浮いてんの……? しかも、あの化け物の声ってエリシュに似てるけど……ま、まさかな」

「エリシュだよ。まあ、覚えてないのも無理ないけどね。君は意識を失っていたんだし」「羅梛を助けないと!」

「君には無理だよ」


 エリシュののような尾が、葛箆たちをなぎ倒す。油断していた葛箆たちの身体が、横に飛ぶ。


「葛箆! 晏葉!!」


 このままでは仲間が死んでしまうと、羅梛は顔を真っ青にさせた。何とかエリシュから逃れようと身体を捻ろうとしたが、びくとも動かない。


「わたくのことはかまわず、お逃げなさい!この世界とカスターラの時間の流れは違いますのよ!? 早く戻らないわたくしたちの国が悪鬼たちによって滅んでしまいますわ!!」

「華泉、どうしよう……」


 羅梛の言葉に、自分が何を忘れていたのか思い出した。

 そう、自分は神使候補から神使を選び、国に戻らなければならないのだ。なのになんでこんな大切なことを忘れていたのだろう。あれから、何日経った?


「どうもこうもないさ。彼女を置いて戻るだけだよ」


 華泉は、冷淡に言い捨てる。それが冗談ではないのは、瞳が語っていた。


「な……! 何言ってるんだよ!? 羅梛は神使様候補だぞ!? 見捨てられるわけないじゃんか! 晏葉たちも怪我してるし……!!」

「羅梛は神使候補じゃないよ」

「なんで、そんなことわかるんだよ! もし、華泉の言う通りだとしても、俺は嫌だ! 羅梛を見捨てることなんかできない!」

「駄目だよ。君には、無事に帰ってもらわないと困るからね。彼女一人と引き換えに、何万という人が助かるなら安いものだろう? 国を救うことが僕たちに課せられた使命だ。忘れてはいないよね?」

「だけど……」

「君には何もできないよ。僕たちが封じてしまったしね」


 何だか、自分が意識を手放す前の会話と似ていると思った。封じてしまったという言葉の意味はよくわからなかったが。


「晏葉、葛箆、行くよ」


 頭や腕から血を流している晏葉たちを一瞥すると、促した。

 晏葉たちは、その呼び掛けに少しだけ躊躇したようだが、肩を落とすと華泉の言葉に従った。


「そんな……」


 梨飛は呆然とその成り行きを見つめていた。


「さあ、どこから食べようかしら? あなたの仲間は諦めたみたいね」


 エリシュの愉悦に満ちた声。

 梨飛は拳を握り締めた。


 駄目だ。

 羅梛を死なせたくない。


 梨飛が強くそう思った刹那、失われていた記憶が断片的に脳裏に蘇ってきた。

 嘘だ、なぜ、そんな疑問は胸に秘めたまま、梨飛は、華泉の自分を抱き留めていた腕から抜け出した。そのまま体を空中に投げ出す。風圧が全身にかかった。


「梨飛!?」


 華泉の慌てた声が梨飛の耳に入った。

 梨飛は、心を落ち着けると今さっき思い出した記憶を頼りに、掌に気を集中させた。血が、全身を逆流する。

 そうだ、この感じ、扉を術で閉められたときにも感じた。

 けれど、今度は意識を失わない。

 梨飛は、意を決すると叫んだ。


「飛空停滞! 縛身解放!」


 華泉が梨飛の身体を掴むより先に、ふわっと空中に浮いた。

 同時に、エリシュが短く呻いて羅梛を拘束していた四本の手を離した。

 驚いた顔の四人を横目に、梨飛は、愕然とした面持ちのエリシュに向かって、


「封印」


 ただ一言そう呟いた。


「いやあぁぁぁぁぁァァァッ」


 エリシュの身体は、ねじれながら梨飛の身体の中に吸い込まれていった。

 村長ばかりか、エリシュまで倒してしまった梨飛に勝ち目なしと判断してか、まだ残っていた魔形たちは、今度こそ一人も残らずその場から逃げ去った。

 葛箆、晏葉、羅梛が驚愕している中、華泉だけはすべて思い通りいったとばかりに笑みを浮かべていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ