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 4-2



 下では、三人の候補生たちが梨飛たちを待ち受けていた。

 事前に梨飛と華泉のことは話してあったようで、梨飛たちの顔を見ても驚いた様子はなかった。

 梨飛はてっきり、こんな若い人に選ばせるなんて、冗談じゃない、とかいう罵る声が飛んでくると思っていたので、拍子抜けした。


「六カル! 六カル! モン、アクゾ!」


 突然、白塗りの天井から時バトが降ってきた。時バトは、くるりと一回転してから、見事に床に着地すると、一点を見つめたまま、


「モン、アクゾ!」


 そう叫んだ。

 瞬間、眩い光が部屋中に満ちた。


「な、何だ!?」

「梨飛、後は頼むぞ。では、また会おう」


 礼殷の声が遠ざかるかのように消えると、視界に色が戻った。


「ここは……?」


 明らかにさっきまでいた部屋とは違っていた。

 薄暗い空は、地震があった時に太陽を隠した空を思わせた。荒廃した地面。枯れた木々。そして、辺りに漂う異臭。


「ここが試練場だよ。候補生は、ここで神使に相応しいか試されるんだ」

「嘘だろ……。俺、力なんかないのに……」

「強い者や頭のいい者が神使に相応しいとは限らない。一番大切なのは心だよ。僕は、そう思うけどね」







 梨飛は、ほかの候補生たちと行動していたが、試練らしい試練はなく、だれが神使に相応しいのかわからなかった。

 沈着冷静で、落ち着いた雰囲気を持つ。

 騒がしいけれど、いざとなると頼りになる。

 そして、唯一の女性である羅梛。彼女は、短気で怒りっぽいが、どんな状況であろうと己を見失わなかった。

 三人共相応しい気もするが、何かが違うと思った。

 梨飛は、もう何日過ぎたのかわからない空を見上げ、重く溜め息をついた。



 と、その時、



「きゃあぁぁぁぁっ! だれか助けてぇっ!!」


 絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。

 刹那、梨飛の身体は、考えるよりも先に動いていた。

 隣を歩いていた華泉が、慌てたように梨飛の名前を呼んだが、梨飛は無視した。


「こ、来ないで! あっちへ行ってよ!!」


 若い女性の恐怖に怯えた声が、空気を震わせた。

 梨飛はその声を頼りに走った。倒れている木を飛び越え、目の前に立ちはだかる大岩に登った。

 すると、その岩の上から人の影が見えた。

 ほっとしたのもつかのま、梨飛はその影に覆い被さろうとしている不気味な形をした影を見た瞬間、顔色を変えた。

 梨飛は、背丈の倍以上はある高さから躊躇なく飛び下りると、その不気味な形をした影目掛けて突進した。

 ぐあぁ、と獣に似た呻き声を漏らすと、不気味な形をした影は、ぐらっと傾いた。


「大丈夫か!?」


 女性を庇うように前に立ちながら、声をかけた。


「え、えぇ……っ!」


 彼女は、語尾を震わせながらもしっかりとした声で答えた。


 梨飛は、大怪我はしてないみたいだな、と安堵すると顔を引き締めて、態勢を整えた不気味な形をした影をにらみ付け、息を呑んだ。

 間近で見た姿は、形容できないほど醜く歪んでいた。

 濁った目は、獲物を奪われた恨みからか、血走っていた。

 梨飛の身体の二倍はありそうな巨体は、たるんでいた。化け物は、その大きな身体をたぷんと揺すりながら、よだれが滴る口をぐわっと開けた。中から、鋭い牙が覗く。濃紺色の肌は、凹凸が激しく、まるで岩のよう固く、突き出ていた。


「もしかして、これが悪鬼……?」


 そのわりには、前に感じたような恐怖は目の前の化け物からはしなかった。見た目は気味が悪いし、そうではあるが、身も竦むような恐ろしさはない。


「いいえ、その化け物は渇血というの。人の生き血が大好きなのよ。君みたいな子供が 勝てる相手じゃないわ。助けたことには感謝しているけど、逃げなさい! そうしない と二人共殺されてしまうわ!!」


 けれども梨飛は、女性の必死な説得に耳を貸さなかった。


「お姉さんを見捨てて行けないよ。俺ができるだけ渇血を引きつけておくから、お姉さんはそのすきに逃げてよ。そしたら、俺も逃げれるから」

「けど……」

「大丈夫だって。俺、素早いから」


 梨飛は、小刀を握り締めると渇血に刃先を向けた。

 渇血は、唸り声を上げると梨飛に襲いかかった。

 梨飛は、それを身軽な動作でかわすと、


「早く! 走って!!」


 叫んだ。


 女性は、梨飛がか弱い少年ではないことをやっと悟り、礼を言いながら梨飛が来た道を駆けていった。


「そういえば、華泉たち置いてきちゃってな」


 梨飛は渇血と対峙しながらやば、と顔をしかめた。

 晏葉たちの動向を見守って、神使に相応しいか見定めるために来たのに、離れてしまったら意味がないじゃないか。

 梨飛は、右、左と拳を避けながら暗澹たる思いで呟いた。

 そして、サッと渇血の胸元に入り込むと、小刀で思い切り斬った。縦、横と十字に切り込みを入れる。


「ぐあぁぁ!」


 黒い液体が傷口からほとばしった。

 梨飛は、その液体を身体に浴びてしまい、込み上げる吐き気をこらえた。黒い液体は、鼻が曲がるほど臭かった。腐った魚のような匂いに似ていた。

 その異臭に気を取られた梨飛は、渇血の振り上げられた腕に気付かなかった。がん、と鈍い音と共に梨飛の身体は後ろにふっとんだ。がりがりにやせ細った木に当たる。


「……ッ」


 心臓が喉から飛び出るような衝撃が身体を伝った。

 痛みでもがき苦しむ渇血が、双眸を怒りに燃え上がらせながら、梨飛に向かって突進してきた。

 梨飛は、口元から血を垂らしながら、感覚のない身体を引き摺り、やっとの思いで渇血の攻撃を避けた。

 渇血は、方向転換ができず、そのまま頭から木にぶつかった。バキッと音を立てて木が折れた。渇血も一緒に倒れた。


 起き上がる気配はない。


 梨飛は、ぱたん、とその場に身を横たえ、息をついた。


「梨飛、無事かい!?」


 華泉たちが梨飛の姿を見つ、駆け寄ってきた。


「なんとか……」


 梨飛は袖口で口元を拭った。


「あちこち探したぜ」


 そのわりには、息も切れてない葛箆が言った。死んでいる渇血に目を向け、口笛を吹く。


「わたくしたちを放って走り出すなんて、どういう了見ですの!? あなたは無力な人間ですのよ!? 見極めの者の分際で、差し出がましいまねはよしてほしいですわ」


 柳眉を逆立て非難したのは、羅梛だった。彼女は、見苦しいとばかりに、ぐったりとした梨飛から顔を背けた。


「痛みますか? これは酷い……」


 晏葉は眉を寄せて梨飛の身体を抱き抱えた。


「早くこの黒い血を流さないと、毒が皮膚に入り込んで死んでしまいますよ。この辺に水は……」

「あ、それなら私の村に井戸があるわ! 私を助けてくれたんだもの。ぜひ、村で手当てをさせて下さい」






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