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『聖女、山賊になる ~映画館でオネエ武将を観ようとしたら異世界召喚されて王国が即滅亡してクサい姉弟と山賊ライフを長いよこのタイトル』

作者: シロクマ

『聖女、山賊になる ~映画館でオネエ武将を観ようとしたら異世界召喚されて王国が即滅亡してクサい姉弟と山賊ライフを長いよこのタイトル』


「頼む、我が国を救ってくれ」


 異世界召喚された聖女として祭り上げられた三日後、王国は滅亡してしまった。

 伝説の聖女なんてものに頼ってしまう軟弱な王家を見限り、敵国と内通した臣下のクーデターによって一夜のうちに二百年つづいた王家は滅んだのである。


「聖女よ、王家に召喚された貴様の存在は我々のクーデターには不都合だ。消えてもらうぞ」


 ネーガイル宰相と直属の騎士たちに取り囲まれて、聖女――ネヤガワは叫ぶ。

 懸命に叫ぶ。


「じゃあ帰還させてくれたらいいじゃん!? 元の世界にさ!」


 宰相と騎士たちはぴたりと動きを止めて、一考する。

 聖女ネヤガワ。

 帝国に反旗を翻すための切り札として異世界から召喚された聖女が無力である道理がない。聖女パワーはすごい。それは騎士どころか雑兵にもわかる。


「聖女に逆らったら光の魔法で骨すら残さず消し飛ばされるって噂を聞いたことがあるぞ」


「お、おれは信じられない剣技で騎士団長をボロ負けさせたとか聞いたが」


 ざわざわ、ざわざわ。

 若く凛々しく知勇を備えたネーガイル宰相は、根回しと人望によって最小限の犠牲でのクーデターを実行した男だ。ネヤガワの言い分に、彼は何と答えるか。


「――無駄な血を流さずに済む、か。これより送還の儀を執り行う、おとなしく元の世界に帰れ」


「めっちゃ話がわかる人だ!?」


「少しでも不審な動きをみせれば命はないと思え、はじめるぞ」


 召喚の祭殿、はじまる儀式。


「ああ、早すぎだけど別に無事に帰れるならいっか、よりによって超絶たのしみにしてた映画がこれからはじまるぞよ! って時に召喚されたんだよね。ダメだぜ映画泥棒! ってとこで」


 映画館と儀式はちょっと似ている。

 暗い空間、静かに見守る人々、心待ちにされる出来事、もしや召喚はこの異世界の娯楽なのか。

 ともかくこれで元に戻れると思った矢先――。


「た、大変ですネーガイル宰相閣下! 魔法陣が、王家の残党に書き換えられています!」


「なんだと!?」


 クソ王家が、またやらかした。

 細工を仕掛けたと思わしき召喚魔法師の老人が、一世一代のキメ顔で言い残す。


「聖女よ、そなたは王家最後の希望。祭壇は間もなく木っ端微塵、儀式は当分できぬ。この世界のどこかで生き延びてくだされ……!」


「はぁぁぁぁぁぁーーーー!?」


 神秘的な、ふわーっと光の粒子が舞い上がるような魔法陣の輝きが激しいものに一変する。

 そしてネヤガワは“どこか”に飛ばされる。

 元の世界に帰ることのできぬまま、この異世界のどこかへ。








 そして山中に墜落する。ドッカーンと。


「やいやいやいお嬢ちゃん、死にたくなかったら金目のものぜーんぶ置いてきな!」


「食料もだ!」


 木枝を杖にして山中をさまようこと半日、第一異世界人発見。

 それは熊の毛皮を羽織ったクサそうな山賊の姉と弟だ。女にしてはマッシブで厳つい姉はバカでかい斧を、男ながらまだ小さくて頼りない弟の二人組は、どうも山賊らしい。


 山賊。


 いかにもモブでございというやられ役のイメージが定着した不遇職だ。退治されるために湧いて出てくるといっても過言ではない。

 粗暴で、力任せで、バカだというのが相場だ。


 ――いやいや、それは現実こうして胴体を真っ二つにできそうな分厚い鉄斧を振りかざして立っていられると大間違いだとわかる。大きな樹木を切り倒せる刃物が弱いわけがない。


「……食料、持ってそうにみえる?」


 聖女ネヤガワ。

 所持品の一切は送還の儀式前に没収されてしまい、衣類も元の学生服が一着のみ。聖女でございといえる要素は、異世界では浮きまくった女子高生の夏服くらいだ。


「その服は金目のものかもしれねぇ、脱げ」


「脱げ!」


「こんな山ん中でJKをすっぱだかにして虫に刺されたらどーすんのよ! あと弟、目に毒だぞ!」


 大熊と小熊の山賊姉弟にそう詭弁をぶつける。


「目に毒? な、なに言ってるんだこいつ!」


 と、弟が反論するとすかさずネヤガワは上着の裾に指をかけて、めくった。

 仮にも聖女らしいと認められた美貌のJKおっぱいを、南半球ギリッギリまでめくって見せる。針金が入っているという理由で奪われたブラジャー、山中で汗ばんだ下乳。

 山賊姉弟は聖女っぱいに釘付けになった。よし。


「あわわわわわわ……!」


「ま、まて、はやまるな! それ以上ぬぐんじゃない!」


「うへへへへへ! 弟の性癖がどうなってもいいのかぁ~? こっちはいつ脱いでもいいんだぞ」


「……ごくり」


「やめろ!! 脱ぐな! 弟はまだ九歳なんだ! 頼む、やめてくれぇぇぇ!!」


 弟に目隠しをしながら姉が吠える。

 勝った――!

 聖女ネヤガワは山賊姉弟をやっつけた。おっぱいで。




 岩屋の下、焚き火しながら焼き魚とおかゆをごちそうになる。ただし量は少ない。


 ここは王国と帝国の国境にあたる山中の森。

 山賊姉弟は、山賊の父親にここで育てられてきたものの父親が死んでしまい、今はふたりで山賊家業を継いで暮らしているらしい。


 パチパチと薪木の爆ぜる音がする、おだやかな夜だ。虫さえ気にしなければ。


「私の名はガルオル、弟の名はコオル。私たちは仮にも山賊なんだ。山賊にメシをたかるわ、くだらん脅迫で丸め込むわ、聖女というのは何なんだ?」


「こっちが聞きたいわよ。学校帰りに映画館に立ち寄ったら、そのまま訳わかんない儀式でこっちに連れ去られてきたただの女学生! それがわたし!」


「学生……ずいぶん恵まれた身分じゃないか。山賊の私達はおろか、麓の村人だって学校に通うのは裕福な家のものだけだと聞く。お前、貴族か?」


「ド庶民ですけど……」


「庶民でも学校に通えるなんて、よっぽど豊かな国で生まれ育ったんだな。それは帰りたくもなる」


 大熊のガルオルは焚き火の薪を足す。

 小熊のコオルは早くも食事を平らげてしまって、空っぽの木皿を眺めている。


「はぐはぐはぐはぐ!」


 物欲しがる目を向けられる前に、とネヤガワはおかゆを流し込む。

 まずい。王国の宮廷料理でさえ近所のファミレスより口に合わない味付だったのに、そういうレベルでないまずさ。空腹だけが食欲を支えてくれている。


「あー、あー……」


 ちびっこ相手に容赦ないが、ゆるせ少年。女子高生だってまだ食べざかりなんだ。

 ……それに比べて、年齢は近くて体格の大きなガルオルはとてもこの程度の量では足りないはずだ。懐事情が厳しいのか。それでも食事を分けてくれたのか。


「食えないんだったら山賊なんてやめちゃえばいいのに、というのは無神経かな」


「それも考えたが……理由が二つある。王国も帝国も、親の罪は子の罪だとして裁く。素性がバレたら処刑される。何より、親の仇に頭を下げて生きていくのはつらい。父は王国と帝国の者が密会する現場を不運にも目撃して、口封じに殺されてしまったんだ。……ざまぁないとはわかっていても、いわないでくれ」


 ガルオルの姿がひどく小さく見えてしまう。

 炎に揺らめく影は何とも弱々しかった。


「……ネーガイル宰相。それ、偉そうなやつの中に妙に凛々しくて若くて、なんか、こう、大物っぽいやついなかった?」


「わからん。全然わからん」


「そっかぁ。いや、でもまぁ仇討ちどころじゃないよね」


「王国と帝国の和睦がまとまれば、この国境も賑わう。そしたら仕事がやりやすくなるかもしれない。その前に餓死しそうになったら、山賊をやめて盗賊でもやるかな、ははっ」


「……決めた」


「なにを?」


「聖女やめてわたしも山賊になる! ガルオル達は別に命を奪うことにこだわらないんでしょ?」


 すくっと立ち上がってネヤガワは自分を鼓舞する。

 えいえいおー! だ。

 大熊小熊が座ったまま、あっけにとられて見上げている。


「バカなことをいうな! 山賊だぞ! 捕まれば死ぬ! 人を殺したくてやってるわけじゃないが、時には命の奪い合いにだってなる! 考え直せ!」


「そ、そうだよ! 僕ら、誰も友達になってくれない、嫌われものだよ!」


「わたし聖女だけど王国にも帝国にも命を狙われてるっぽいんだよ! 逆に助けてほしいの! 村や街に降りたら懸賞金ほしさに一般人にタコ殴りにされるよ、タコだよ! それにさ!」


 振り返ってみれば、そう。

 この異世界にやってきて王国での三日間、ずっと言われてきたのは“王国のために”だ。

 それぞれに大事なものがあることは部外者のネヤガワにもわかる。


 けれども、あのクソ王家はさも当然のように聖女として“戦争を勝利に導いてくれ”と願う。そういう救国の伝承があったとしても何の覚悟もない女子高生に戦争しろといわれても困る。

 誰もが皆、ネヤガワに求めたのは自分の都合だ。


 この世界で、はじめて見ず知らずの他人を思いやる人達に出会えた。

 それが山賊だとしても、これもネヤガワの都合に合致してるにしても、ちょっとくらい一緒に過ごしてみたいと考えるのは普通じゃないか。


「ほら、その……」


 心の内に想っても、それをうまく言語化できないのでネヤガワはこうまとめる。


「山賊、できる気がするんだよね!」


「な、なにを根拠に……。それは聖女だからか?」


「あーいや、聖女だからというよりはその……」


 ネヤガワは言うべきか否か迷ったものの、隠しても意味がないので告白することにする。


「わたし、映画マニアなんだよね!」












 


 聖女JK山賊活動はじまり、はじまり。

 山賊生活向上計画! その実際の運用を見てみよう。


 ある日のこと、国境の街道を通る行商人の一団を発見した。二頭の繋がれた荷馬車に山積みの積荷、商人と護衛が四人もいる。それなりに十分な警備だろう。

 まず山賊が第一にすべきことは、獲物を見つけること。そして獲物から隠れること。


 森の茂みに身を潜めて、ガルオルは様子を伺っている――。


「た、たすけて!!」


 がさがさと藪の中から黒髪の美しい少女が飛び出してきた。破れた衣服が痛ましく必死な形相、薄っすらと血が滲んできれいな頬に土汚れがついている。


「ど、どうしたんだね君!」


 何事か、と警戒を強める護衛たち。少女は必死に訴える。屈強な男の山賊たちに連れ去られて、隙きを見て、命からがら逃げてきた、と。


「わたしの他にもまだ、ふたり捕まっていて。わたしだけ逃げてきてしまって、それで……!」


「うむ、これはどうしたものか……」


 森の闇深くを指差す少女。

 ガサッ、ガササッ。なんと、激しく茂みを揺らす音が聞こえるではないか。


「下がっていなさい、山賊が追ってきたのかもしれない!」


 護衛たちは剣を手にして茂みの一点を見つめる――。

 緊迫の一時。


「うぎゃあ!!」


 悲鳴は御者台からだ。外へ放り捨てられた御者。奪われた荷馬車。ガルオルは武装した男たちでは到底追いつけない早さで、二頭の馬を走らせて去っていく。


「ま、待て! 泥棒! 何をしている、追うんだ! 今すぐ追うんだ!」


「くそっ! 待てっ!!」


 大騒ぎになっている間に、いつの間にか少女の姿は消えていた――。

 やっとこさ乗り捨てられた荷馬車を見つけた時、その積み荷はあきらかに減っていた。山積みの荷物の半分が消えていて、道の上にいくつもばらまかれていた。

 商人が護衛に積荷を拾い直させると、最終的に積み荷は四分の一ほど減っていた。


「くそう、やられた!」


 悔しがる商人や護衛をよそに、姿を隠したまま山賊たちは大喜びする。

 終わってみれば、護衛四人を雇ってまで商いたいそれなりに高価な品々を二割三割といえどごっそり無傷でいただくことができたのである。


 山賊に誘拐されていた少女――を演じていたネヤガワは奪いたてのリンゴをひとかじり。


「うーん、甘酸っぱくておいしー!」


 コオルとガルオルは見事な戦利品の山に、あっけにとられている。


「本当に、こんな作戦がうまくいくだなんて……」


「お姉ちゃんすごい、いっそ怖い……」


「こういうの映画で見たのよ、よくあるやつじゃない?」


 劇場型スリの応用。

 ネヤガワは誘拐された少女を演じて揺動、コオルにはあらかじめ仕掛けた簡単な装置で茂みをざわつかけて注意を引かせて、ガルオルが荷馬車を奪うという一連の作戦だ。

 この一度の稼ぎだけでも二ヶ月は満足に暮らせる食料や金品を得ることができた。


「しかし、荷馬車を奪ったのならなぜ積荷をわざとばらまいたり半分残したりする? 全部奪ってしまえば大儲けだったというのに」


「ぜーんぶ失ったらおめおめ帰れないから森の大捜索がはじまっちゃう! ああしておけば拾い集めるのには時間がかかるし、荷馬車をまた盗まれたくないから護衛は目の届く範囲に置きたいでしょ? それに」


 しゃくしゃくあむあむ。

 ネヤガワは余裕たっぷり、ナイフでうさぎさんカットしたりんごに舌つづみ。


「大損させすぎて“常連さん”を失っちゃうのは困るでしょ?」


「なんて悪知恵が働くんだ、お前……」


 ホントに聖女なのかこいつ、と疑うガルオルとコオル。


「あの商隊はしばらく襲わないようにね? 欲張って失敗するのがお決まりのパターンだもんね」


 ネヤガワは喜びも束の間、次の展望を考える。

 山賊という商売のメリットとデメリットは「同じ地域を拠点にする」ことにある。

 行動範囲が狭いけれど、地の利がある。

 住み慣れた森に隠れることができるのが一番大きな利点だけど、街道を通る獲物に左右されるのが難点だ。被害が大きすぎると危険な街道を使わない、あるいは被害拡大を食い止めるために討伐隊を送り込まれることが考えられる。

 いわゆるヘイトコントロール、恨みを買いすぎないことが大事なのだ。











 また別の日――。


「あ! これは襲っちゃダメ! 絶対ダメ!」


「な、なんでだ? どうみても弱そうなのに」


 森の街道を歩いているのは綺羅びやかな装飾品を纏った美人の女剣士、それに幼女と見紛うような魔術師らしき少年だ。どちらもガルオルには弱そうにみえる。


 女剣士はやたら露出が高くて体つきも胸は大きいが腕は太くない。大熊みたいだと自負する筋骨隆々のガルオルとは同じ女として身体能力には天地の差があるようにみえる。


 魔術師の少年とて、あれだけ幼いのだから見習いに決まっている。


 そーゆーガルオルの見解を伝えると、ネヤガワは大きくため息をついた。


「はぁー……。いや、そーなんだけどもさー、ホントそーなんだけどもさー」


「な、なんだその落胆は」


「わたしの知ってる映画や漫画だとねー、山賊って決まってああいうのにやられちゃうんだよ。すごーい強そうな厳つい見た目のおじさん達が十人二十人居てもさ」


「な、なぜだ? 立派な大山賊団じゃないか!」


「じゃ、それをもし女子供が一方的に薙ぎ倒したら……?」


「ありえん! 化け物じゃないか!」


「それだよ! 化け物だよ! あいつら化け物なんだよ! 絶対触れちゃダメなやつ!」


 必死の形相で訴えるネヤガワ。


「……そう! 罠! 安全そうで思わず手を伸ばしたくなるやつほど罠なんだよ!」


「……なるほど。そう考えてみると不自然に思えてきた」


「山賊おじさんは短絡思考がなーぜか多いのが定番だから気をつけよう、うん……」


 そして次の旅人。

 筋骨隆々で強そうな見た目のおじさんながら、どこか仕草がなよなよと内股歩き。ピンク色の鎧。いわゆるそう、オネエ系の戦士だ。


「よし、あいつは弱いな! 無骨な装備に良いガタイをしているし美男子でもない!」


「ダメ! 絶対ダメぇぇぇぇぇ!?」


「は? なぜだ? どうみても弱……」


「あのパターンは筋肉が見掛け倒しじゃないんだよ! ガチ! ガチなの!」


「わからん。全然わからん!」


 そうこう騒いでいると王国の兵士らしき騎馬と歩兵が猛然と街道を走ってきた。


「待て! ギャルジャン! 貴様の亡命を許し、このまま帝国の地を踏ませるわけにはいかん!」


「あらどうして? 王国はもう滅んだの。尽くす義理もないじゃない」


「くっ、ならばここで死んでもらう!」


 戦士と騎馬歩兵隊が衝突する。

 そしてガルオルは目撃する――。


「ゴラァァァァァァアアアアア!!」


 怪力無双。ピンクの鎧は異常に硬くて歩兵が一太刀浴びせても攻撃を弾き、大剣を薙ぎ払えば騎兵は馬ごとふっとばされる。

 悪夢でも見ているかのように強い。


「あー思い出した……。あのオネエ武将、王国最強のギャルジャン将軍だ。会ったことある……」


「いやいやいや! 美しくて弱そうな女子供が危険なのではなかったのか!」


「山賊が戦っちゃいけない猛者のパターンめちゃくちゃ多いんだよ、ああなりたくなきゃ勉強しよ」


 一騎当千のオネエ。

 ネヤガワには既視感のある、ガルオルには見たこともない猛然とした戦いだった。


「うぎゃあああ!!」


「ぐわあああああ!?」


「オーーーーホッホホホッ! 弱いってやあね! 貴方たち出直してらっしゃい!」


 怪物だ。

 二重の意味で人間離れした怪物が暴れている――。


「……わかった。ピンクは危険だ」


「うん、ピンクは危険。殺意しかない色だよピンクは」


 思わず戦いの一部始終を、貴重な残電力でスマホに撮影するネヤガワ。ふと閃く。

 後日、国境の森にある噂が流布された。


『桃色の怪物、ギャルジャンが森に巣食っている』


『挑んだ騎士達が金玉もがれたみたいに腑抜けになった』


『出逢ったらヤラれる』


『逃げろ。笑い声が聴こえたらとにかく逃げろ』


 まことしやかに語られる噂は様々な改悪改変を伴い、帝国の村や町に伝わる。

 夕暮れ時、その『笑い声』と『ピンクの何か』に遭遇した帝国兵は命からがら逃げ帰る。


「ぎゃーーーー! ギャルジャンじゃねーか!!」


 落とした剣や荷物を拾いあげ、調達したマジックアイテムで充電したスマホの音声再生を止める。


「これはいける……!」


 ピンクの鎧を着た大男――ではなく大女が茂みから出てくる。恥ずかしげに。

 ガルオルは塗装した鎧を着させられて、偽ギャルジャンを演じさせられていた。


「お、お姉ちゃん、ピンクは女の子にも似合ってるから……」


「わたしは、お姉ちゃんはオネエじゃない……!」


 こうして苦難は多くもガルオルとコオルの山賊姉弟は多くを学び、大いに稼ぐ。

 ネヤガワの山賊ライフは半年間、あっという間に過ぎていった。






 山賊暮らしにも慣れてきたが、しかし、ネヤガワはもとの世界に戻る準備を欠かさなかった。

 準備のひとつ、山賊姉弟の生活向上計画は順調だ。

 あれこれアイディアを書き残して、ネヤガワが去っても暮らしていけるようにする。


 そして山賊暮らしで得た資金やアイテムを元に、情報を集めて、糸口を掴む。

 ――王国の召喚魔法陣の修繕が完了した。


「……やっぱり、帰るにはあそこを使うしかないよね」


 指名手配の聖女ネヤガワ。

 帝国にも王国にも追われる身だ。一国の王城中枢にあり長大な儀式を伴う元世界への送還は、無理やり行うことはむずかしい。

 危険な賭けになるが、頼りになるのはネーガイル宰相ひとり。王族の分家筋から新国王を擁立したネーガイル宰相は自ら王位に就くこともできたが、そうはしなかった。


 ネヤガワは一か八か、手紙を送って打診する。


『聖女です。帰還さして』


『約束ですからね。いいでしょう』


 とても要約すると一発オッケーをもらってしまった。逆に罠を疑ってしまう勢いだ。


「めっちゃ話がわかる人で助かるなぁ、ホント」


 裏切られて窮地に陥るのが映画あるある。

 このまますんなり終わるわけがない。きっと危険な目に会うことになる。


 山賊姉弟……ガルオルとコオルを、自分の世界に連れて帰れないかを相談する。

 山賊として悪いことをいっぱいやったけど、そこ言い訳あんまりできないのだけど、この世界で一生このまま山賊暮らしをつづけるのがふたりの幸せだとはネヤガワにはどうしても思えない。


 けれど、異世界の住人をこちらの世界に連れ帰るなんて許されるのだろうか。

 ――異世界から現実世界に帰る時、映画では決まって、持ち帰れる戦利品は心の成長だけなのだ。


『聖女です。ふたりおまけに連れ帰っていい?』


『仕方ありませんね、今回だけですよ』


「――なにこの物分りの良さ、良い人すぎて怖いんだけど!」


 半信半疑。

 いざとなれば王国を敵にまわして大立ち回りをしようとも姉弟を連れ帰ろう。

 そう決意して、不安がるふたりをなんとか説得する。


「まるで夢物語のようだ。本当にそんなことが叶うのなら、私は……。コオルを学校に通わせてやりたい。ネヤガワ、お前と出逢えたように、この子にも苦楽を分かち合う友達ができることを願う」


「お姉ちゃん……」


「山賊ライフはおしまい。行こう、わたしの世界へ」




 


 送還の儀式がはじまった。

 王城の中心部にて、ネーガイル宰相の立ち会いのもと、巨大な魔法陣の上で三人待機する。


「聖女ネヤガワ。山賊ガルオル、コオル。あちらの世界に行けば、聖女としての力は失われる。お前は特別ではなくなる。山賊のふたりも幸福になれるとは限らないぞ。あちら側は未知の世界、お前たちの山賊暮らしは通用しないだろう。それで本当にいいのだな」


「いやーわたしゃ一度も使ったことないんだけどね、聖女パワー」


 あはは……と苦笑い。

 不安そうにするコオルのちいさな体を、ガルオルはおおきな胸に抱き上げて述べる。


「……宰相閣下。国境の森で、あなたは山賊を手にかけたことがおありですか」


「ある」


「……だから、この世界から出ていきたいのです」


「そうか」


 簡潔なやりとりを終えて、魔法陣に漂う光の粒子がぐんぐんと高まってきた。

 もうすぐ帰還の時がやってくる。


「そこまでだネーガイル宰相! 王である吾輩に無断で、聖女を送り返すだと! 聖女の魔力は絶大だ! 帝国を七夜で滅ぼすこともできる最終兵器なのだぞ!」


 乱入してきたのは新王だ。

 ネーガイル宰相の配下を取り囲むように、親衛隊が布陣する。


「ああ、映画だとそーだよね、そーなるよね」


 これから悲劇が待っている。

 聖女の力とやらは一度も使うことなく元の世界に帰りたかった。宰相か、それともガルオルかコオルか、誰かが犠牲になってしまうんだ。


 犠牲を払わない結末。

 代償を払わない幸福。


 悪事を働いた登場人物に待っているのは決まって、そういうやつ。

 ――悪人が相手だったら殺しまくっても無罪放免、それもまた映画のお約束か。


 例えばそう、山賊を皆殺しにしたって主人公はバッドエンドを決定づけられはしないものだ。


 現実世界に帰った時、ネヤガワにはこれは夢だったのかとなかったことにはできない。現実に、必ずガルオルとコオルを連れ帰るのだから、これも夢にはならない。

 それでもいい、と。


「閣下、バカな真似はおやめください! こんなものに頼って帝国と戦おう等と!」


 宰相と国王の兵隊が衝突する。もう、これしかない。

 今度こそ“王国を終わらせる覚悟”を決めて、極大多重識別光滅分解魔法の網膜ロックオンを新国王を含む敵兵すべてに狙いを定めた。

 その時だ。

 黒馬にまたがった巨将がいきなり乱入してきた。


「オーーーーホッホホホッ! 見送りにきたわよ、偽ギャルジャンの最後を」


「ピンクの鎧!?」


「ギャルジャン将軍!?」


「オネエきたーーーーーーーー?! 勝った!!」


 大番狂わせのオネエ襲来。

 よくみれば美少女剣士や幼年魔術師も派手なエフェクトばらまいて大暴れしているが、経緯も素性も遭遇フラグをへし折り回避したのでわかったもんじゃない。


「セイクリッド・セイヴァー・ストラッシュ!!」


「闇魔法の恐ろしさ、とくと味わうのじゃ! ダークネスショータイム!!」


「だ、誰だ貴様らぁぁぁぁーーー!? ギャルジャン、貴様こやつらをどこから連れてきた!」


「オッホッホッホッ! さぁわたしも知りません。けど大事なことはひとつだけだわ、そう――」


 ドッタンバッタン大暴れ。

 これが映画ならば金返せレベルのご都合主義を目の当たりにしてネヤガワは“聖女”を忘れる。

 すっかりもう、毒気を抜かれてしまった。

 王国最強の男ギャルジャン将軍はこれ以上なく男らしい大立ち回りの中、最後の言葉を託す。


「山賊はおっさんに限る」


 魔法陣の光輝が最大限に強まる――。

 帰還の扉が開く。

 そして聖女と山賊姉弟はこの世界から旅立っていった。

 オネエ将軍の笑顔に見送られて――。



 ===============================================================



 目覚めるとそこは映画館で。

 大スクリーンには今しがた目にしたギャルジャン将軍そっくりのオネエが戦っている。


「……長い夢だったな」


 この支離滅裂さはまさしく夢のそれだなと寝屋川は自嘲して、コーラに手を伸ばそうとする。

 右腕を、大きな女の手が掴んでいたことに気づく。


「うっへぇ」


 姉と弟。映画館には場違いな熊皮の羽織を着たふたりが左右の席で寝ているではないか。

 このケモノクサさが現実だと訴えてくる。


「じゃぶじゃぶ洗うの骨が折れるよコレ。カラダも、山賊家業も」

読了ありがとうございました。

夕方に書きはじめて6時間そこらで一気に一万文字を書き上げた勢い任せの拙作ですが、さてはて。


お楽しみいただけましたらぜひブックマーク、評価、感想等よろしくおねがいします。

(作風だいぶ違いますが)読み足りない方は他の自作もぜひどうぞ。

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