6話 約束
鈍痛。
全身から来る痛みに思わず顔をしかめた。
体内の大部分を熱でやられたのだから、一般人なら一生目覚めない可能性すらある。
だが、元魔王で人ですらない俺の体なら、それほどのダメージを受けても生き残ることができる。
それどころか熱でやられた体の感覚も少し戻ってきている。
確実に回復している。
だが……回復しすぎのような………?
近くで誰かが本を読んでいるのか、パラパラとページをめくる音がする。
うめきながら重たい目蓋を開くと、銀色の髪が視界で揺れた。
「………ナナタ? いや、違うな……。誰だ?」
どこか大人びた雰囲気をまとう少女が俺の顔を覗き込んでいた。
「良かったぁ……。目が覚めたようですね。ユーシさん」
「あぁ……ここは?」
とりあえず状況の確認をする。
「ここは王城ですよ」
「君は?」
「私ですか? ふふっ、ご存知ありませんか?」
「有名人なら申し訳ない。辺境から来て日が浅くてな」
国外の村から来たという設定を守りつつ、俺は相手が名乗るのを待つ。
「私は第二王女のセリアといいます。
以後、お見知り置きを」
優しそうな笑みを浮かべ、セリアは去っていった。
第二王女のセリアが俺の看病をしてくれていたらしい。
……第二王女がなぜ?
考えている内に1つの答えが浮かんだ。
魔導書だ。
セリアが魔導書を用いて、俺の治療を行った可能性が高い。
体の回復状況から見て、魔法で治療されたのは間違いないからだ。
聞く話によるとセリアはアルヴァートでも随一の魔法使いらしい。
わざわざ第二王女に治療してもらえるとは、フレアとの戦いは、あの後良い方に転んだようだ。
しばらく休んでいるとナナタが見舞いに来た。
鎧をカチャカチャ言わせるので、すぐわかる。
ナナタの聞いた話だと、俺の体は一週間ほどで王城を出れる程度には回復する見込みらしい。
俺の体ならもっと早く完全回復するだろうけど、セリアの見立てに従う。
そして、フレアとの約束だ。
フレアが俺の要求を聞きに来る予定らしい。
俺の要求は当然ながら魔導書だ。
「自分の力不足を魔導書で補う」とか適当に説明して魔導書をもらいたいと伝える。
もらえるとは思わないが、それでも構わない。
王城にはこれまで集められた魔導書が保存されているはず。
ここにどんな魔導書があるか分かればそれでいい。
必要になれば、必要な魔導書をまとめて盗み出す。
* * * * *
セリアはスルスルと服を脱ぎ、三王女しか使っていない大浴場に入った。
湯けむりが普段よりもモクモクと視界を白くしているて、その先に赤い髪が見える。
「フレア姉さん、お風呂をこれ以上温めないでください」
自分よりも小柄なフレアが湯船に浸かりながら顔をあげる。
その様が可愛らしくて、思わず微笑んでしまう。
「別にいいじゃない。セリアはそっちのお風呂使えば?」
「良くないです。熱すぎたら体に悪いですよ。
フレア姉さんの悪い癖です」
軽く抵抗するフレアを抱えあげ、隣のお風呂に一緒に入る。
フレアはむぅと不満そうにうめくが、大人しく湯船に浸かった。
端から見ればセリアが姉でフレアが妹だ。
しかし、実際はその逆。
王女とは言っても血の繋がりはなく、選ばれた女の子が第一、第二と順番に王女になるため、年齢が逆転することもある。
「フレア姉さんは寝込んだばかりですから、体に気を使ってくださいね?」
「わかってるわよ………」
お風呂に沈んでブクブクと泡を立てながらフレアが言う。
ユーシとの戦いの後、フレアは自身の魔法の反動で熱が出た。
熱血の使い手であっても体には負荷がかかる。
幸いなことにフレアは熱魔法の耐性が高いので体に障害は出ていない。
それでも、フレアが熱で寝込む度にセリアは心配で夜も眠れなくなる。
「そうだ……。セリア……ちょっとお願いがあるの」
「お願い? 珍しいですね」
「その……何でも言うこと聞くってユーシと口約束しちゃって」
「適当なことを言いましたね……」
「それで聞いてきたら魔導書が欲しいっていうの。
魔導書の管理はセリアの担当でしょ?
だから、どうにかなるかな〜? って」
「…………そうですね。任せてください。
私もユーシさんには用事があったので、その話は預かります」
「ありがとうー!! セリアー!!」
フレアが嬉しそうにセリアの谷間に顔をうずめる。
「ちょっと!! くすぐったいですよ。もう」
フレアは更に大きさを確かめるようにセリアの胸を揉み始めた。
「ねぇ、セリアのおっぱいって何でこんなにおっきいの?
私のは全然大きくならないのに」
フレアが神妙な面持ちで胸を見つめる。
セリアは恥ずかしくなって手で胸を隠しつつ、フレアの疑問に答えた。
「フレア姉さんも大きくなりますよ。年齢の問題です。
もう少し年を重ねれば、きっと」
「本当?」
フレアは自身の平たい胸をペタペタと確かめながら不安そうにつぶやく。
「本当ですよ。きっと大きくなります。
そして、綺麗な女性になりますよ」
そんな時間があれば、という言葉は飲み込んだ。
それを伝えれば、フレアの無邪気な表情を二度と見られなくなるような気がして。
* * * * *
王城に泊まるのは1週間の予定だったが、様子見の期間が追加されて2週間となった。
そして最終日、俺は魔導書の件でセリアに呼び出された。
どうやら本当に貰えるらしい。
フレアに賭けたのは正解だったな。
「ユーシさん、こちらへ」
セリアに案内されて地下へと降りていく。
警備兵はおらず、無防備にも思えるようなセリアと二人きりだ。
地下は暗く深く、階段をしばらく降りたところでようやく平らな空間に出た。
そこはまるで図書館だったが、一目でそこにあるのが普通の本ではないとわかった。
魔導書だ。
背表紙に書かれてる言語が人類語じゃない。
「どうぞご自由にご覧ください」
セリアに促され、俺は魔導書へと視線を走らせた。
端から端まで見ると、良さそうな魔導書がチラホラ。
どの魔導書を貰おうか考えていると、少し離れた背後からセリアが話しかけてきた。
「魔導書が欲しいとのことですが、ユーシさんの目的は何ですか?」
「ん? 単純な話だ。
肉体の限界を感じて、楽に強力な魔法を使えるって魔導書が欲しくなったのさ」
口から出任せを言いつつ、物色を続ける。
「本当ですか? わざわざこんな場所にまで来る理由はないのでは?」
ん? 国外から来たってのを調べたのか?
と疑問に思いつつ、違和感が魔導書への意識を断ち切った。
後ろを振り返るとセリアの手には一冊の魔導書が開かれていた。
「ユーシさん、あなた………魔物ですよね?」
セリアの突然の言葉に思考が止まる。
なぜバレた?
いや、いつからバレていた?
ナナタもバレているのか?
即座にあらゆる可能性が頭をよぎる。
だが、それよりも速く、反射的に体が動いた。
俺が魔物だとバレれば全ての計画が破綻するだけでなく、ここで死ぬ可能性すら出てくる。
だが、仮に『ユーシ』が魔物だとバレても、逃げのびて身分を偽ればやり直せる。
何よりもまず、セリアを殺す。
セリアの問いかけから0.01秒にも満たない時間で出した結論。
それを達成すべく、俺の体は培ってきた力加減を解除して拳をふるった。
セリアに反応できるはずもなく、拳が迫るが、セリアの顔面に当たる直前で壁のような透明なものに阻まれた。
その反動で拳が骨折し血が吹き出す。
その血は透明の壁にべチャリと広がった。
俺の全力の攻撃でも破れない壁。
「結界を作る魔導書か」
「えぇ、そうです。拳で破れるものではありません。
ですので、どうか拳を収めてください」
セリアの言うとおり、魔導書で作った結界なら俺の力で破れるわけがない。
俺も魔導書を持っているが、結界の内側からセリアに向けて発動はできないだろう。
最悪、結界に阻まれて自滅だ。
詰み、なのか?
頭から冷水でもぶっかけられたみたいに、血の気が引いていく。
心臓の鼓動がやたらと速くてしんどい。
全身から嫌な汗が出てくる。
「俺をどうするつもりだ?」
セリアの思惑を探り、この状況を打開するため質問する。
しかし、セリアの覚悟を決めたような表情が更に俺を不安にさせた。