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辞職した魔王は魔導書を集める  作者: 小骨武(こぼねぶ)
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3話 炎の魔導書


 早朝と呼ぶには早すぎる真夜中。

 俺はナナタに叩き起こされて宿舎を出た。

 


「こんな時間に……何だ…?」



 欠伸を挟みながら、先導するナナタに問いかける。

 


「事件ですよ!! 魔導書が奪われました!!」



 寝起きには鬱陶しいテンションの高さでナナタは叫ぶ。



「炎の魔導書を持つ人物が殺されたんです!!」


「炎の魔導書か。炎系の魔導書は多いからなぁ。

 いらないわー………ふわぁぁ……」


「なに寝ぼけてるんですか!?

 犯人は奪った炎の魔導書を使って暴れてますよ!!

 先行した傭兵が何人もやられて、早い物勝ちになったんです!!

 ユーシが欲しがってた、功績を挙げるチャンス!!」


「任務は魔導書の回収でいいのか? 犯人の生け捕りは?」


「殺していいですよ!!」



 まだ暗い時間帯だと言うのに、視界は徐々に明るくなっていく。



「おい、ナナタ。あそこか?」


「えぇ、あそこです。あの燃えてる場所です」



 ナナタは簡単に言うが、視界は一面火の海だった。

 木造の家がことごとく燃え上がり、周囲数キロが真っ赤に染まっている。

 空気も淀み、煙が視界を塞ぎ始めた。



「ちょうど火事で人が少ないな。都合が良い。

 俺の魔導書で素早く片付ける。

 ナナタは一応、人払いを頼む」



 鎧をカチャカチャ鳴らしながら、ナナタは周囲の人間を探しに行った。

 俺は足を止めて、燃えている家に登る。

 上から見下ろすと、ちょうど魔導書を奪った犯人が傭兵を焼き殺していた。

 犯人は焼死体を蹴り飛ばし、次の獲物を探している様子だ。



「移動されると困るな」



 足元にあった瓦を持ち上げ、犯人の頭に投げつけた。

 ボコッと音を立てて犯人の頭に直撃し、瓦は粉々に砕けた。

 犯人はキョロキョロと視線をさまよわせ、ようやく屋根の上にいる俺に焦点を合わせる。



「次はテメェかッッッ!! かかってこいやァァッッッ!!」



 片手で開いている本をこちらへ向けて、犯人は吠える。

 犯人の頭上で炎が発生し、火焔放射器のように炎が噴射された。



「おっとっ!! 危ねっ!!」



 空中で体をひねって炎を避け、木造の長屋の裏に着地した。

 炎は長屋に遮られたが、内部の炎が一瞬引くと爆発し、隠れていた長屋が吹き飛んだ。


 燃える地面を転がり、次は瓦礫に身を隠す。



「お前、むちゃくちゃするなぁ!!」



 流れ出る汗を拭いながら、わざと声を出して、居場所を知らせる。



「そこかァァッッ!!」



 見失っていた犯人はまんまと炎を向けてきた。

 瓦礫が吹き飛ばされて炎が迫る。

 それを軽く避け、更に次の建物へと隠れる。



「魔導書で強くなっても燃料は本人の魔力。

 魔力切れまで粘ってやろうか………?」



 顔を少し出して犯人の様子を見ると、手当たり次第に建物を壊していた。



「魔力を惜しんでないな……。

 よくよく考えると、辺り一帯を燃やしてるわりには疲れた様子もない…。

 ………ナナタ………!! …いるかぁ………!!」



 犯人に聞こえない程度にナナタを呼ぶと、隙を見てナナタが滑り込んできた。

 


「生きてる人はいませんでした。で、何ですか?」


「あの魔導書について知りたい」


「さすがに魔導書の内容は知りませんよ」


「じゃあ、魔導書を奪われたやつの仕事は?」


「炎を売る専門職らしいです。

 あの魔導書で作った炎は、短いロウソクでも長時間燃え続けるって評判だったとか」


「……火力よりも長持ちを優先したタイプか」



 思い出してみると、炎を束ねて操っているようにも見えた。

 周囲の炎を利用することで、魔力の消費を抑えているのかもしれない。

 おまけに、ここらは木造の建物ばかりだ。

 燃料は十分。火の勢いは強まるばかり。

 ほっといたら近づくのも難しくなるだろう。

 


「魔力切れを待ってたら夜が明けるかもな」


「明けたら人が来ますよ。早めに終わらせましょう」


「そうだな。予定通り魔導書を使う」



 隠れ場所を飛び出し、犯人に向かって一直線に走る。



「出やがったなァッッ!!」



 気付いた犯人の頭上から炎が噴射された。

 それだけでなく、周囲で燃えていた炎も引っ張られるように俺に襲いかかった。

 上下左右、全方向から炎が迫る。


 しかし、怯むことなく、そのまま犯人の正面へと突っ込んだ。

 体が炎に焼かれる直前、異空間へと手を突っ込み、そこから一冊の本を取り出す。



「『決闘の魔導書』発動!!」



 犯人同様、俺も魔導書を掲げた。

 その瞬間、迫りくる炎が消え失せた。



「何ィ!? 何だ!? 魔導書!?」



 突然炎が出なくなり、犯人は慌てて魔導書をめくる。

 しかし、どのページも赤黒い何かでベットリと濡れていた。



「血ィッッ!? クソッッ!! 取れねェッッ!!」

 


 犯人は必死に拭うが、どれだけ拭ってもその汚れが取れることはない。

 俺は種明かしをしてやることにした。



「決闘の魔導書の効果だ。

 決闘に不要な物を使用禁止にできる。

 魔導書であってもな」


「魔導書持ちが来るとかッ!! ズリィぞッ!!」



 犯人は使い物にならない魔導書をあっさりと捨てて逃げ出した。

 しかし、その足にも赤黒い液体がまとわりつく。

 犯人がもがくうちに赤黒い液体は広がっていき、俺と犯人を覆う半球状の結界と化した。


 ようやく赤黒い液体から開放された犯人は怯えた様子で、周囲を覆う赤黒い結界を見渡す。



「何なんだよォォ!! これェェ!!」


「これも決闘の魔導書の効果だ。

 使用者と対象者を閉じ込める。

 どちらかが死ぬまでな」


「ク、クソッッ!! 魔導書持ちに勝てる訳ねェだろ!!

 卑怯だぞ!! 素手で戦え!!」


「お前も魔導書使ってただろ……。

 それは置いといて、お前は勘違いしてる。

 決闘の魔導書は互いに同じ縛りを課すだけだ。

 直接戦闘で使える物じゃない」



 俺は決闘の魔導書を放り投げ、拳を構えた。

 炎の魔導書と決闘の魔導書は赤黒い液体に飲み込まれる。



「さ、説明は終了だ。お望み通り、拳でやろう」


「いいぜェ!! やってやろうじゃねェか!!」



 そう言うと、犯人は懐からナイフを取り出した。

 俺がツッコム間もなく、突進してくる。

 武器の使用を禁ずることも可能だが、必要ないのでやめておいた。


 ナナタにやったように、まずは犯人の懐へと素早く潜り込む。



「うおぉッッッッッ!?」



 俺の本気の踏み込み速度について来れていない犯人が少し遅れて驚く。

 その反応が終わる前に、拳が犯人の顔面にめり込んだ。



「あっ……」



 刹那、やり過ぎに気付いたが、遅かった。

 拳は顔面で止まることはなく、そのまま奥へと進み、頭を貫いた。

 肉片と脳みそが飛び散る。



「クソッッ!! 汚えッ!! しかも、臭ッッ!!」



 ぶんぶんと手に付いた汚れを振り払う。

 血肉と脳みそが取れても匂いは残りそうだった。

 と、そこでおかしな事に遅れて気が付く。



「……結界が解除されない?」



 相手が死ねば即座に解除されるはずの結界が残り続けていた。

 倒れている犯人の頭部はぽっかりと穴が空いており、どう見ても死んでる。


 だが、そこからニョロッと変な触手が顔を出した。

 細い触手はまるで空中の虫を捕えるかのように空を切る。

 思い出したように犯人の体も動き出したが、ギクシャクしていて不自然だった。

 生まれたての子鹿よりも怪しい足取りでなんとか立ち上がると、触手をさらに高く掲げる。



「コイツ、なにかに寄生されてたのか」



 決闘の魔導書を使って結界内に取り込める生物は一体と決まっている。

 しかし、例外はある。

 どんな生物も体内に菌という異なる生物を持っている。

 それらは実質的に対象の一部として決闘の魔導書に認定されるため、菌を持った状態で結界へと入れる。


 気になるのは今回の触手だ。

 あれが菌と同じ扱いになるかと言うと、経験則で言えばNO。

 じゃあ、考えられるパターンは………。



「脳みそ深くまで寄生されていて、同一と見なされた」



 だな。

 つまり、決闘の魔導書は最初から、寄生してる触手の方が本体だと認識していた訳だ。


 次に、宙に向かってダンスしてる触手が気になる。

 魔王をやってたけど、人体に寄生する触手であんなに大きなやつは見たことがない。


 俺が知らない特殊な生物?

 可能性は限りなく薄い。


 または………。

 


「魔導書で作られた寄生体。

 誰かが意図して寄生させたな?

 すると、操られていた可能性も出てくるか……」



 細かく調べると面倒なことになりそうだ。

 ここは一つ、触手なんてなかったことにしてギルドに報告するとしよう。

 深夜に叩き起こされた俺はもう眠いんだ。


 血の結界に回収された炎の魔導書を拾い、ページをめくる。

 


「こうゆう感じか」



 魔力を注ぎ込むと俺の頭上に火球が生まれた。

 そのままだと小さいが、炎を追加していくことで膨張し、火力を溜めていく。


 踊り狂う犯人と触手は命令待ちなのか、こちらへは反応しない。

 膨らんだ火球の一部が破裂し、そこから勢いよく飛び出した炎が犯人の体を結界に叩きつけながら骨までも燃やしていく。

 容赦なく真っ白に焼き上げると、血の結界は崩壊を始めた。

 原型を失った粉が赤黒い血に飲まれて消える。


 2冊の魔導書が手元に残った。

 決闘の魔導書は異空間へ放り込み、炎の魔導書を結界の外で待っていたナナタに手渡す。



「犯人、寄生されてたぞ」


「何に?」


「わからん。正体不明の触手」



 正体不明というワードを聞いたナナタはピンと来たようで、



「他の魔導書ってことですかッ!?」



 と驚いた様子で訊いて来た。



「そうだな。魔王のときにアルヴァートを調査させたが、そんな魔導書は報告されてない」


「情報にない魔導書ですか……」


「あぁ、死にかけの国だと思ってたが、まだ戦えるやつはいるようだな」



 火事に巻き込まれない場所で寄生体に指示を出していたであろう人物を思い浮かべ、気を引き締めた。



「そう言えば、この火事どうする?」



 犯人を殺し、魔導書を回収したが、火事が収まることはない。



「任務に含まれてませんよ」


「…………じゃ、帰るか」


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