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辞職した魔王は魔導書を集める  作者: 小骨武(こぼねぶ)
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29話 エピローグ


 追憶の魔導書を閉じると同時、窓の外の喧騒はなくなり、記憶の世界は消えた。

 名残惜しいが、そんなことを言っていたら一生離れられない。


 家の外にはメルヴィーの馬車が停まっていて、それに乗って王城へと向かった。

 メルヴィーは満足そうにほほ笑む。

 ナナタはまた泣いていた。今度は嬉し泣きのようだ。


 道すがら景色を見ていると、見覚えのない景色に驚く。

 知らない建物が増え、小さめな活気もある。

 どうやらメルヴィーにはアルヴァートを滅ぼす気はないらしい。

 聞いてみると、魔物の完全な支配化で暮らすことを条件に人類は平和な日々を送っているようだ。


 ときどき町に不似合いな強力な魔物が歩いている。

 あれは人々を監視しているのだろう。

 しかし、人々はそれを過剰に恐れたり、敬ったりせず、程よい関係を結んでいるように見えた。



「メルヴィーのことだから、アルヴァートは凄まじい荒れ方をしてると思ってたけど、しっかりやってるんだな」


「もちろん。ユーシの思い残しがあるかもしれないし」


「お、おう」



 もう会うことはないって言ったのに、わざわざやってくれたのか。

 いや、メルヴィーは俺が戻ってくることを見越してたのかもな。


 道が綺麗に整備されているのと魔王であるメルヴィーの乗っている馬車ということで、王城に着くのは早かった。

 城内の内装はガラッと変えられ、黒を基調とした落ち着いたカッコいい雰囲気になっている。

 メルヴィーの趣味だろう。

 ふんふんと気分良さそうにメルヴィーは前を行く。


 天井のガラス窓から日光が降り注ぐ大きな部屋に入った。

 そこにはやたらと大きな椅子があり、なんと、大人びたセリアが座っていた。


 セリアは太ももを露出した大胆な服装で座っているため、角度的に見えてはいけない物が見えそうだ。

 セリアらしくない衣装に見えるが……。



「あぁ、セリアを王の代理にしたのか。服装も威厳を出すため? いや、それでも変か」



 メルヴィーはセリアに向かって歩いていく。

 疑問に思っているとメルヴィーはそのままセリアの膝の上に鎮座した。

 お尻をゴソゴソと動かして、位置を調節しているが、



「ちょっと待て。なんでセリアの上に座ってるんだ」


「ユーシも座りたかった?」


「そんな訳あるか!!」


「ユーシの気持ちもわかるよ。このすべすべ柔らかい足を見たら座りたくなるよね?」



 ……なにを言ってるんだ?



「セリアちゃんとの出会いはまさしく運命!!

 始めて座ったときのピッタリ感!!

 これ以外ない!! って思ったね。

 そういう訳で、私が椅子に座るときのクッションにしてるの」


「そ、そうか……」



 フレア、セリア、ミレアの三姉妹はセリアとの約束で危険が及ばないようにメルヴィーに預けていた。

 メルヴィーが危害を加える可能性もあったが、どうやら三姉妹を保護してくれたようだ。

 保護の仕方は気になるが。


 部屋の隅の方にはメイド衣装のフレアとミレアが立っている。

 フレアは諦めたようにフンッと、ミレアは羨ましそうにメルヴィーを眺めていた。

 2人のメイド衣装もよく見ると細かく違っており、それぞれに似合ったメイド服のようだ。

 よくわからない所に手が込んでいる。


 というか三姉妹とも見ない間にかなり成長したようだ。

 フレアとミレアは顔つきが大人っぽくなり、身長もかなり伸びている。

 セリアは幼い感じが抜けて、美人になっていた。

 ……クッションにされてるけど。

 ミレアは遠目でもわかるくらい年齢のわりに胸が成長している。

 あれ? フレアは………。睨まれたのでやめておく。



 どう? とメルヴィーは自慢げに三姉妹を見せてくる。

 いいんじゃないかな? と適当に返したらメルヴィーはさらにご機嫌になった。

 王城に来た目的はこれだったのか。



「実はね? ユーシに合わせたい子がもう一人いるの。入ってきて」



 後ろの扉が開き、黒髪の少女が入ってきた。

 ……なんだろう。目が俺に似てる?


 少女はジッと俺を直視してくる。



「この子がどうしたんだ?」



 メルヴィーに尋ねると、



「運命、感じない?」


「別に」


「感じるでしょ!! なんか似てるなって」


「まぁ、ちょっとは」


「なんとその子は────」



 メルヴィーの言葉を遮り、その少女は、



「パパぁ……」



 俺に向かってそう言った。

 頭の中が『?』でいっぱいになる。

 俺の反応が気に入らなかったのか、少女は怒ったように何度も「パパぁ……」と繰り返す。



「で、この子は?」


「ユーシの子ども」


「んな訳あるかッ!! 作ってないわッ!!」


「私とユーシの子どもって設定だから」


「設定?」


「名前は『メイ』ちゃん。呼んであげて」



 メイのつぶらな瞳がうるうるしている。



「メ、メイ……」


「パパぁ!!」


 

 メイは俺の膝にガシッとしがみついてきた。

 親子の感動の再会みたいになってるけど、知らない子だぞ?



「その子ね? 一年前に旅から帰ってきたの。

 自由を感じたくて世界を巡ってたけど、その過程でどの生物にも親がいるんだって学んで、自分にも親が欲しくなったみたい」


「待て待て!! 話についていけない!! 誰の話だ!!」


「ここまで言ってもわからない?」


「さっぱり」


「その子は『生命の魔導書』だよ」


「……!?」



 言われてみると納得できることが多い。

 外見が似ているのは生命の魔導書に蓄積された俺の肉体情報を使っているからだろう。

 メイという名前も生"命"の魔導書から取っているに違いない。



「ここまで言わないとわからないなんてねぇ?」



 メルヴィーが肩をすくめて馬鹿にしてくる。



「これが……………パパぁ……?」



 足元からメイのジト目。

 速攻で気付いて欲しかったのだろうが、さすがに作った覚えのない子どもは無理だ。


 だが、待てよ……?

 一年前……?



「あれから………何年たった?」



 メルヴィーがニヤッと口角を上げた。

 ナナタは呆れているようだ。



「5年」


「……マジか………………その間、セリアはずっとクッション扱い……」


「ちょっと!! どこに驚いてるのー!! 真面目にー!!」


「いや、驚きはしたけど、あらためて考えたらそんなもんかと思って」



 残りの人生はすべて追憶の魔導書で過ごすつもりだった。

 生命の魔導書が頭から抜けた今、残りの人生がどの程度の長さかわからないが、5年はまぁまぁといったところだ。



「なんか反応薄い〜!!」



 と、メルヴィーは不満な様子。



「まぁ、いいや。ユーシのお仕事はひとまず、その子のお父さんね」


「お、おう」



 メイ、もとい生命の魔導書を生物に変えたのは俺だ。

 好きに生きろよ、と思って野に放ったせいで頭の中から抜けていたが、俺がメイの面倒を見るのは当たり前と言える。



「パパッ……パパッ!!」



 と謎の掛け声とともに、メイは俺の膝を殴ったり蹴ったりしている。

 まだ怒ってるのか?

 しばらくされるがまま耐えていると、メイは飽きたようで走って行った。

 メイの世話をするべく追いかけようとするとメルヴィーが一言。



「明日は予定空けといてね」



  *  *  *  *  *  



 その日の夜、俺の復帰を記念してパーティーが開かれた。

 いつものメンツに人類を管理する魔物の高官が数名。

 パーティーなんて言ってるが、俺が帰ってきたのを理由にメルヴィーが騒ぎたいだけだ。

 もちろん付き合うが、主役はメルヴィーって感じだった。


 いつものように部屋の隅でナナタと駄弁りながら食事をする。

 違うのは足の間にメイがいること。



「ちょ、そこで飯を食うのはやめて欲しいんだが」


「飛ばない鳥はこうやって子どもを足に挟んで面倒を見るんだよ!!」


「俺は鳥じゃないぞ?」



 股下を安全地帯と思っているのか離れてくれず、某飛ばない鳥の親子のように動くはめになった。



  *  *  *  *  *  



 翌日、メルヴィーのあとを付いていき、王城の上階の端へ。

 人が通らないような隅っこの部屋には、ひっそりと仏壇が設置されていた。



「…………………これは?」


「サヤさんの仏壇。もちろん遺骨はないけど」


「どうして、これを?」


「ユーシがサヤさんの死を受け入れるために。

 毎日一回はここに来て、手を合わせてね。

 これ命令だから」



 おそらく命令の中にはサヤ姉の死を受け入れることも入っている。



「言いたいことはあるけど、俺に必要な物ではあるな」



 さっそく命令を守るために手を合わせる。



「どんな魔導書にも欠点はある。ユーシもそう思うよね?」



 突然、メルヴィーに話を振られた。



「あぁ、そうだな。色々使ってきたけど、どれも欠点はある。

 俺が愛用してる決闘の魔導書も便利だけど、使えば使うほど、死者の魔力を吸収して縛る力が強化される。

 だけどそうなったら、俺がよくやる一方的に縛りを作ったり撤廃したりを自由に行えなくなる。

 決闘の魔導書は対等を重視するからな。

 俺への縛りも強くなる訳だ」

 

「決闘の魔導書もそうだけど、私が言いたいのは生命の魔導書」


「あぁ、確かにな。あれが体内にあると死にたくても死ねないから」


「そうじゃなくて…………って、もしかして気付いてない!?」


「ん?」


「生命の魔導書が刺さってたのは?」


「頭」


「すると?」


「記憶力が良くなる……?」



 誘導されるがままに答える。



「それ。ユーシは刺さったあと、最初にサヤさんの死んだ姿を見たの。

 一番最初に保存された消去できない記憶がそれだったから、ユーシはずっと苦しんだし、いつまでもサヤさんへの熱を失わなかった」


「そ、そうなのか?」



 まったく自覚はなかった。



「5年って言ったけど、あれはユーシの肉体が劣化するのにかかった時間なんだよ。

 劣化することでようやく忘れられる体になったの」


「サヤ姉のことは忘れたくないけどな」


「別に記憶を抹消しろとは言ってないよ。

 思い出したくなったら追憶の魔導書を使えばいいの。

 でも、生命の魔導書が刺さってたときのユーシは記憶を細部まで失わないせいで、()()()()()()()()()()()



 それだけ俺が過去に縛られていたと言いたいのだ。

 やはり自覚はないが。


 思えば、アルクタもそうだった。

 過去の幸せに縛られ、過去のために今を生きていた。

 俺とアルクタは似た者同士だったのかもしれない。


 アルクタは狂気にのまれたが、いずれは俺もそうなっていたかも。

 ……追憶の魔導書を作って引きこもった時点でなってたのか?


 そんなことを考えていると後ろから声がかかった。

 メルヴィーが呼ばれているようだ。



「じゃあ、私は先にいくね」


「おう。いってらっしゃい」



 メルヴィーは魔王だから忙しいのだろう。

 それでも俺のために時間を取ってくれている。

 俺もそんなメルヴィーの気持ちに報いたい。


 その為にも。


 仏壇へと視線を向けた。

 そこには何もないが、サヤ姉の姿が見えるような気がする。



「まずは……………ゴメン」



 サヤ姉に謝ることがいっぱいある。

 でも、それを伝えるのはだいぶ先になりそうだった。

 謝って、怒られて、一緒に遊びに行って。

 またそんな日を過ごしに来るから。

 それまでは毎日、ここに来るから。



「……………じゃあね。サヤ姉……」



 追憶の魔導書を取り出すと、それを仏壇に置く。

 重い腰を上げ、メイを探しに部屋を出た。


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