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辞職した魔王は魔導書を集める  作者: 小骨武(こぼねぶ)
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27話 違和


「ユーシー!! 今日は休みだよね?」


「うん、たまには休めって言われてしょうがなく」


「言われなくても休まないと。それはおいといて、釣りにいこ!! 釣り堀の料金、安くしてくれるって約束なの」



 休みとは言いつつ、結局はいつもように朝からテキパキと動く。

 魚を持って帰るための箱を用意して、すばやく身支度を整えた。

 夕飯は釣れた魚次第とのこと。

 サヤ姉のためにも力が入る。


 家を出て、共用車に乗り、釣り堀まで移動。

 約束通りに格安で釣り堀に入ると、さっそく2人並んで糸を垂らした。



「ユーシ、力入り過ぎ。適当に垂らすだけでいいんだよ?」


「いや、餌っぽくした方が……」


「もー!!」



 サヤ姉はぷくっと頬を膨らませると、竿を放置して、後ろに回った。

 背後から手が伸びてきて、すべすべの腕に包み込まれる。



「今日は休みの日なんだから、ゆっくりやろ?」



 サヤ姉の手が僕の手に重なる。

 優しく抑えられ、揺らしていた手を止めた。

 陽光に火照りだしていた僕の体は、密着したサヤ姉の息づかいで更に熱を持つ。



「こうして、ずっっっと、のんびりしたいね〜」


「…………………ねぇ……サヤ姉」


「な~に?」


「釣り竿、落ちちゃうよ?」



 サヤ姉が放置していた釣り竿に魚がかかっていた。

 竿はずりずりと地面を削りながら進んでいく。

 今にも水面の下へと引きずり込まれそうだ。



「ええっ!? ちょっ!? 早く言ってよぉぉぉ!!」



 パッと背後から離れたサヤ姉はぎりぎり落ちる寸前で竿を掴んだ。


 午前と午後を挟んでのんびりと釣りをした。

 大物数匹に程よい大きさの魚が5、6匹。

 明日以降も魚料理が続くだろう。

 魚の入った箱をえっさえっさと2人で運び、ようやく家にたどり着く。


 手頃な魚を料理して食べ、残った魚の処理を終える頃には一日が終わっていた。



「お休み」



 お休み、と隣に寝るサヤ姉に返事して、まぶたを閉じる。


 翌朝、目が覚めると隣でサヤ姉は考え事をしているようだった。



「どうしたの?」


「うーんとね? 今日は()()()()の休みだし、何しようかな〜って」


「そうだね。何がいいかな……」



 久しぶりの休日だ。本来なら。

 普通は毎日のように仕事に明け暮れて、ある日突然に休みをもらう。

 大体は会社側の都合で休みになる日が決まる。

 お金も仕事も、ときどき休みももらえるんだ。

 いい会社だ。

 だけど、追憶の魔導書で作られたこの世界で仕事をする必要はない。

 サヤ姉といる時間さえあれば。



「……なんか難しい顔してるー!! ユーシ、仕事のこと考えてたでしょ!!」


「い、いや、違うよ? サヤ姉となにしようか真剣に考えてただけ」


「じゃあ、思い付いた案を言ってみて」


「そ、それは……」



 言葉が続かない。

 日々、仕事のことしか考えてこなかった僕に遊びの案なんて思い付くはずもない。

 


「……仕事のこと考えてたでしょ?」



 サヤ姉がくちびるを尖らせて詰めてくる。



「……ちょっとだけ。で、でも!! サヤ姉と遊びたいのは本当だから!! 思い付かないだけで!!」


「その慌てようは気になるけど、本心みたいだね。

 そうだねー、何がいいかなぁ?」


「どこかに遊びに行く?」


「それもいいけど、ユーシは頭の中が仕事でいっぱいみたいだし」


「うっ……………」


「家でゆっくり休もっか!!」


「そ、そうだね。それがいい」


「という訳で」


「ん?」


「二度寝だぁ!!」



 サヤ姉に押し倒され、おっぱいの下敷きになった。

 サヤ姉は更に手足を絡めて、脱出不能の楽園を作り上げる。



「い、息が出来ないよ……!!」


「ふふっ、これで大丈夫かな? よしよし」



 おっぱいから開放されたものの、体は未だに拘束状態。

 脱出しようともがけば、必然的にサヤ姉のあんなところやこんなところに当たってしまう。



「仕事のことなんか忘れて、私のことしか考えられないようにしてあげる」



 そう言うと、サヤ姉は耳に息を吹きかけてきた。



「うっ…………はぅ……」


「効いてる効いてる。じゃあ、これはどうかな?」



 ぎゅ~と抱きしめながら、頭を優しく撫でてくる。

 策略通り、頭の中はサヤ姉でいっぱいだ。



「……幸せですぅ」


「……よろしい!! もっと幸せになりなさい!!」



 撫で撫でと頭を撫でる手は止まらない。

 窓からの陽光は部屋を温かなまどろみの空間に変えた。

 それがサヤ姉の撫で撫でと合わさって、天国のように感じる。

 空高く雲の上で天使に撫でられながら、昇天していくような。


 その日いっぱい、サヤ姉を全身で感じた。


 次の日は遊びに出かけた。

 ()()()()の休日ということで、以前からサヤ姉の行きたがっていたスイーツのお店に向かった。

 長い行列も、甘いスイーツも、全てがサヤ姉との思い出を輝かせるスパイスだ。


 その次の日も、更に次の日も。

 毎日、毎日、サヤ姉と過ごした。

 季節は夏に変わり、冬に変わり、また夏が戻ってくる。

 数えきれないほど季節を繰り返したが、サヤ姉も僕も周囲の全ても一切変わらない。

 年を取らないし、朽ちることはないし、色あせることはない。


 それなのに、一つだけ変わったことがあった。



「あれ? どこ行くの?」


「ちょっと用事」


「私は放置なの?」


「帰ってきたら遊ぼ」


「言質取ったからね。いってらっしゃい」



 家を出て、少し離れた公園のベンチに腰掛けた。

 ふぅと、ようやく一人で息を付ける。


 変わらない日常、変わらない幸せ。

 しかし、それはいつしか見覚えのあるものに変わっていった。


 一回目はそれも良かった。

 サヤ姉の笑顔を見逃さないように、サヤ姉との思い出をもう一度噛み締めるように。

 一度で飽きるほど冷めた記憶じゃない。


 でも、二度三度と続くと、そんな気持ちも変わってくる。

 一日が始まった時点で、その日の出来事がわかってしまうのだ。

 思い出した瞬間に、気持ちが少し冷めていく。


 鮮明になる記憶に反比例して、感情が熱を失っていった。


 そうして繰り返すうちに、自分が()()()思い出を求めていることに気付いた。

 いや、もっと前に気付いていたはずだ。

 それでも、サヤ姉との日々を失いたくなくて、自分の気持ちに蓋をしていた。

 それなのに少しずつ蓋は持ち上がり、不満を漏らしていく。



「どうすればいいんだ……」



 頭を抱えて、机に突っ伏した。

 ───こんな所に机あったか?



「どうしたんですか?」



 ん? と疑問に思って顔をあげると、そこにはナナタ。

 いつの間にか魔王城の一室にいた。

 魔王を辞めた日、辞めると告げる直前の、その場所に。



「………なんでも……ない」


「………? そうですか」



 ナナタは不思議そうにしながらも、深くは聞いてこず、山積みの書類の処理を再開した。



「辞めようかな……って」


「やっぱり、どうしたんですか?

 辞めるって、何を?」



 これは魔王を辞める流れだ。

 俺は歴史通り、その言葉を口にした。



「魔王を。魔王を辞める」



 長い沈黙だった。

 当時のナナタは怒っていたことだろう。

 俺がやるはずの書類の処理を代わりにやっているにも関わらず、突然、魔王を辞めると言い出したんだから。

 


「それでいいんですか?」


「あぁ、魔王を辞める。決めてたことだ」



 ……こんな流れだったか?



「違いますよ。魔王の話じゃないです。

 ってか、ユーシはもう()()()()()()()()()()()?()


「……………………………はっ?」



 …………このときは、まだ辞めてないだろ?


 ナナタの目がまっすぐこちらを見ていた。

 過去の俺を、じゃない。

 今の、現在の、夢にふける俺を見ていた。



「ナナタ、お前、本物……なのか!?」


「何をやめるんですか? さぁ、答えてください」



 ちょっと怒っているように見えるナナタは書類を机の上から押し出すと、痛いほどまっすぐに俺の目を見つめてきた。


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