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辞職した魔王は魔導書を集める  作者: 小骨武(こぼねぶ)
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23話 アルクタ戦 ②


 魔物の侵攻が開始し、その報告を受けた戦士が続々と王城を離れて戦闘に向かった後。

 陽光に混ざり、黒いワンピースを着た魔物が王城に降り立った。

 ろくな兵士が残っていなかった王城は瞬時に壊滅。


 そして、現在。



「セリアちゃんの太ももってすべすべで柔らかいね。

 座り心地、最高!! 魔法で椅子にしちゃいたいぐらい!!」



 大きめの椅子に座るセリアの膝の上にメルヴィーは座っていた。

 生尻でセリアの太ももを堪能しながら。



「セリア…から!! 離れ……なさいッッ!!」

「姉さまにッッ……触るなぁッッッッ!!」


「……ふーん、まだ立つんだ」



 壊滅状態の王城でフレアとミレアの二人だけが戦っていた。

 しかし、最強の闇の魔王メルヴィーとはあまりにもかけ離れた実力差がある。



「私はッッ!! まだまだ!! 戦えるッッッ!!」



 フレアの赤い髪に炎が混ざる。

 燃え上がる炎はフレアの全身を包み、急激にフレアの体温を上昇させ、身体能力を爆発的に増大させる。


 一方、ミレアの剣には雷が宿った。

 翡翠色の髪からバチバチと雷を放電させながら、体内の電気信号を操り、限界を超えた膂力で剣を振り上げる。


 二人の体は限界まで強化されており、アルヴァート内でも屈指の戦闘力を持っていた。


 しかし……


 メルヴィーの足元から伸びた影が部屋全体を一瞬で覆い尽くした。

 陽光の差し込む隙間はなく、真っ暗な空間に炎と雷が光る。

 その光も、影から進化した"闇"に包まれた。

 たったそれだけで二人はメルヴィーの姿を捕えることすら叶わず、魔力を食いつくされ、再び床に倒れた。


 闇が明けると、変わらずセリアに座るメルヴィーと、同じく床に伏すフレアとミレア。

 腰を上げたメルヴィーは倒れたフレアとミレアの髪の毛を撫で回しつつ、



「ナナタ君、これで何回目だっけ?」



 部屋の隅で存在感を消しているナナタに問いかける。



「32回目です」


「この二人も懲りないね。

 軍の方はあとどのくらいで着きそう?」


「思いの外、人が粘っているようですね。

 でも、そこが最初で最後の戦闘かと。

 まともな戦闘集団は他に見当たりません。

 距離も考慮して、半日でしょうか」



 魔法で倍率を底上げした双眼鏡を覗きながらナナタは答える。



「じゃあ、暇だね」


「……………………」


「ナナタ君も触る? 髪の毛サラサラだよ? ちょっとだけパサパサ感もあるけど」


「い、いえ、遠慮しておきます」


「ま、触りたいって言っても触らせないけどね」


「…………は、はぁ……そうですか」


「なんかもっと面白い反応してよ」


「そう、言われましても……」


「ナナタ君さぁ。ずっと上の空だよね?

 そんなにユーシのこと気になるの?」



 ユーシという言葉にピクッと反応したものの、ナナタは冷静に自身の役目を思い出す。



「別に気にしてません。ユーシからメルヴィーの手伝いをするように言われたので、頭の中にはそれしか」


「それ、厄介払いだよ」


「そ、それは」



 ナナタの目がうるうると涙に溢れ、メルヴィーは「今のナシ!!」と即座に撤回した。



「別に……厄介払いでもいいんですよ。

 ユーシが戦いやすいなら、それが一番です。

 でも、心配なんですよ。

 だって!! 相手はメルヴィーのお父様を殺した人間ですよ!?」


「パパはね? 負けず嫌いだから、死にかけてるときでも自分のミスって言い張るんだよ?

 そのパパが絶対に敵に回すなって言った相手が誰かわかる?」


「もしかして……」


「そう、ユーシ。パパはユーシだけを特別に恐れてた。

 だから、ユーシなら大丈夫」



 メルヴィーは自分に言い聞かせるようにつぶやく。



「でも、アルヴァートに来てからのユーシを見てると、全身火傷で寝込んだり、大きいだけの相手に魔導書を使ったり。

 何というか、弱くなってるんですよ!!」


「仕方ないよ。それがユーシの体質だもん。

 より過酷な環境ではどこまでも強く。

 穏やかな環境なら、必要最低限にまで弱くなる。

 でも、強敵と戦えばユーシは強くなる。

 そのために『調整』したんだろうし」


「じゃあ、ユーシは大丈夫なんですね」


「普通に戦えば、ね。

 でも、ユーシは色々と狙ってるみたいだから、普通には戦わない。

 そこがユーシの負け筋だね」



  *  *  *  *  *  



「ゆっくり、やらせてもらおうかの」



 肩の力を抜いてリラックスしているアルクタ。



「遠距離はズルいだろ……」



 弱音がこぼれる。

 距離を取って有利に戦うはずが、まさか遠距離でも時間の操作ができるとは。

 さすがに想定外だ。

 俺が待ちの戦法で動かなかったから狙いやすかったのもあるのだろう。


 二度と立ち止まる訳にもいかない。

 少しでも狙いにくいように、とにかく動く!!



「来るかの」



 片手でゆったりと刀を持ち、鋭い眼光で待つアルクタ。

 俺は体勢を低くし、足を地面に引っかけ、一気に飛び出した。

 時間の歪みをすり抜け、アルクタへと近づく。

 接近し過ぎないように距離を測りながら、風の魔導書を取り出した。

 回転する風の刃を高速移動に乗せて放つ。



「うーむ、速い速い」



 手裏剣のように飛んでいく風は、しかし。

 アルクタに接近すると急激に減速した。

 その場で霧散する訳でもなく、空中をゆっくりと回転して進んでいく。

 


「速さにものを言わせても通用しないか……」



 アルクタに近づいた攻撃はどんどん減速してしまう。

 速い攻撃を出しても意味はない。

 


「新しい魔導書かのぉ。何冊出てくることやら」



 ぶつくさと呟きながらアルクタが刀を横に一閃。

 それだけで風の刃はかき消えた。



「やっぱり、まずは……」



 異空間から再び、炎の魔導書を取り出した。

 アルクタの四方から火炎を噴射し、覆い尽くすように炎を配置する。


 減速させているなら炎もその場に留まる。

 こうして視界を塞げば、アルクタも焦るだろう。

 炎を霧散させないとこちらを見れないが、霧散させた瞬間が隙になる。


 新たに魔導書を取り出そうとしたが、視界の端で何かが陽光を反射した。

 タタッと僅かに足音が鳴る。



「こっちじゃよ」



 既に炎から脱出していることをわざわざ教えてくれるアルクタ。

 反射的に炎の魔導書を向けた。


 アルクタを下がらせるための自爆。

 炎と爆発の衝撃波が俺の体を後方に押す。

 しかし、なぜか体が吹き飛ばない。



「俺の動きが遅くなってるのか!?」



 瞬時に異空間へ手を突っ込み、隔絶の魔導書を取り出した。

 炎の魔導書はアルクタに完全に攻略されている。


 もう一度、防御陣を敷かないと!!


 大量の魔力を隔絶の魔導書に込める。

 しかし、魔法は発動しない。



「はっ!? なんでだよ!?」



 ゆっくりペラペラと風にめくれる隔絶の魔導書の最後のページ。

 その数行が消えていた。



「なっ!? 馬鹿な!? 速すぎるだろ!?

 まだ魔導書の防御魔法が消えるには!?」


「いや、十分じゃったよ」



 爆発が停止し、空中を彷徨う俺の体も動きが停止していた。

 逃げることはできず、空中を歩いてくるアルクタを睨むばかり。



「お主は気付いておらんかったじゃろうが、節々で減速しておったんじゃ。

 ちょっと遅くなった程度ではないぞ?

 お主が距離を開けて油断した瞬間に、お主の周囲まるごと時間を遅くした」



 周囲の環境も俺の思考すらも減速していれば、それに気付くことは不可能だ。

 


「そして、お主の異空間に巻き戻しを行ったんじゃ。

 魔導書にかけられた防御魔法はしぶとかったが、時間ならいくらでもあった。作れた。

 それをちょこちょこと繰り返せば、こうなる」



 アルクタは俺の左手に握られた隔絶の魔導書を取り上げると、それに魔法をかけた。

 紙は巻き戻されていき、動物の皮に変わると、やがて目には見えなくなる。


 世界に一冊しかない魔導書が消滅した。



「お主は他にも魔導書を持っておるじゃろうが、それらも似たようなことになっておる。

 そして、お主も巻き戻るんじゃ。

 赤子を通り越し、生まれる前の存在にまで戻せば、飛び抜けた再生力など関係ない」



 アルクタの刀がグニャリと歪んで見えた。

 空間を歪めるほどの時間魔法。

 刀は俺の心臓を貫き、巻き戻しが始まった。

 

 記憶が消滅していく。

 魔王を辞めた記憶も、魔王の頃の記憶も、メルヴィーとの思い出も。


 時間の停止した体では足掻くことすらできず、遂に体が縮み始めた。



  *  *  *  *  *  



「強敵じゃったわ」



 満足そうに額を拭うアルクタの目の前で、ユーシの体から時間が失われていった。

 全くと言っていいほど見た目に変化はなかったが、突如、額が盛り上がり始める。



「むっ? 変じゃな。

 成長とともに角が伸びるのは聞くが、逆は初めてじゃ」



 のんびりと眺めるアルクタの視界には、更に異質な物が見えた。

 それは、角などではなく………



「………魔導書!? どうゆうことじゃ!?

 頭部に魔導書が刺さっておる。

 いや、それで生きられるはずもない。

 肉体に寄生するタイプの魔導書か?」



 魔導書がすっぽりと頭部から抜けると同時、ユーシの体が急激な変化を始めた。

 頭部から出てきた魔導書以上にアルクタはその姿に驚く。



「………少年? 紛れもなく人じゃ。

 しかし、こやつは魔物のはず。

 頭に刺さった魔導書が種族すらも書き換えたのか?

 そんな魔導書は……」



 記憶の片鱗が突如として輝き出した。

 遥か昔の記憶。

 確か、時の魔導書の隣に並んでいた禁忌。

 触れただけで発動する、操作不能の異物。

 そして、



「ワシが求めていた最後の希望。

 名は………」



 覚えているものの、確かめるべく懐に手を入れた。

 ポケットの奥深くでクチャクチャになった紙。

 それには、強力な魔導書の名前が書かれている。

 人語では読めない文字をにらめっこしつつ、地面に落ちたその魔導書から遂に顔を上げた。



「……ついに、遂に手に入れたぞッッッ!!

 『生命の魔導書』よぉぉッッッ!!」


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