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辞職した魔王は魔導書を集める  作者: 小骨武(こぼねぶ)
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22話 アルクタ戦 ①


「『時の魔導書』をくれないか?」



 俺は回りくどい言い方をせず、本題を切り出す。

 アルクタの目が鋭さを増した。



「それはできん」



 考える様子もなく拒否された。

 断られるのはわかっていた。

 アルクタが時の魔導書を手にした経緯を知っていれば、そう簡単に手放すはずがないのは自明だ。

 だが、ほんの少しでも可能性があるなら、それに賭ける価値はある。

 それっぽい言葉を重ねようと口を開いたが、



「お主は魔物じゃからな」



 アルクタに意表を突かれ、言葉が詰まった。

 セリアにバレたのは仕方ないと思っていたが、まさか他にもバレているとは。



「ヒントは無数に転がっとった。

 隔絶の魔導書をお主なんかが借りれたこと。

 フレアの護衛のとき、ホメイットの生物に優先的に狙われたこと。

 じゃが、一番はホメイットからお主の異常な回復力について聞いたことじゃな」


「…普通に会話してたのかよ」


「まぁな。お主が地下の入り口で聞き耳を立てるよりも前の話題じゃ」



 俺がミレアを救出した後、アルクタとホメイットの戦闘を覗き見していたことすらもバレていたのか。



「やたらと俺を警戒してたんだな」


「それはこっちのセリフじゃ」


「…………………………………?」


「ワシがお主と初めて会ったときを覚えておるかの?

 ワシは背後に隠した刀で切りつけたが、お主はそれをかわした。

 その時、違和感があったんじゃ。

 ワシだけを特別に警戒しているような、そんな気がな」



 アルクタを警戒したのは当然だ。

 時の魔導書を持っているのは知っていたし、先代の魔王、メルヴィーの父親を殺したのはアルクタだ。

 警戒しないはずがない。

 だが、警戒しすぎたか。



「最初はホメイットの刺客かと思ったが、まさか潜入している魔物じゃったとは」


「昨日はわかってて、俺を見逃したのか?」


「そうじゃ。お主から仕掛けて来ないなら、戦う意味はあるまい。

 それで、どうするんじゃ?」



 刀に手をかけているアルクタは俺に問いかけてくる。

 戦うのか、戦わないのか。

 だが、そんなもの決まっている。



「やるに決まってるだろ?」


「そうじゃな。はよぉ始めよう」



 のっそりと立ち上がったアルクタは鞘を放り投げ、刀を構える。


 やはり、戦闘にはなるか。

 プランAだな。


 両手を異空間ヘ突っ込み、両手に一冊ずつ魔導書を取り出す。



「魔導書の複数使用か!!」



 瞬時に察したアルクタは地を蹴り、音速を超えて刀を振るう。

 人の限界を超えたその動きは時の魔導書によるものだ。

 純粋な戦闘ならおそらく負ける。

 だから、時の魔導書の及ばない距離から魔導書で仕留める!!



「さぁ、来い!!」



 左手の隔絶の魔導書で結界を展開。

 しかし、アルクタは結界をヒラリとかわし、即座に軌道修正をして迫った。

 だが、



「なぬッッ!!」



 アルクタの目に写ったのはガラス片のように空中に散らばる結界。

 平らに結界を張るのではなく、通れば負傷するように空中のあちこちに小さな結界を展開した。

 通れないことはないが、無傷では来れない。



「どうした足が止まったぞ!!」



 立ち止まったアルクタに向けて、右手の炎の魔導書で生成した火炎をぶつける。

 アルクタはそれをかわしたが、炎はくるりと方向を変えて戻ってくると、俺の周囲をぐるぐると漂い続ける。



「散りばめた結界を炎で見えなくしおったか。

 攻めるのは難しいが―――――」


「逃げるのは簡単だと思ったか?」


「……なんじゃと?」



 異変に気付いたアルクタが背後を振り向くと、景色が一変していた。

 半径10メートルほどの血の結界が既に俺とアルクタを包んでいる。



「これは!! 別の魔導書じゃと!?

 じゃが、両手は塞がっているはずじゃ!!」


「よく見ろ。俺が持ってる魔導書を」



 左手の隔絶の魔導書はそのまま、右手は決闘の魔導書に変わっている。



「炎が消えておらん……まさか、お主も触れずに魔導書を操作しておるのか」


「そうだ。アルクタは時の魔導書を開くことなく、自分の時間を加速させているだろ?

 俺も同じことをしただけだ」



 魔導書を深く理解すれば、開かずとも狙った魔法を発動できる。

 熟練の技だ。


 だが、俺がやっているのはアルクタと少し異なる。

 アルクタは発動した魔法の操作すらも魔導書を開かずに行っている。


 だが、俺ができるのは魔法の維持だけ。

 一度開いて発動した魔法は、魔導書を異空間にしまっても発動したままにできる。


 しかし、操作するにはもう一度取り出すしかない。

 これはすぐバレるだろう。

 アルクタと同じように操作できるなら取り出す必要がないからな。

 わざわざ魔導書を入れ替えてる時点で、自ら否定してるようなものだ。

 

 俺がアルクタの出方を警戒する中、アルクタは俺よりも血の結界をまじまじと見つめていた。



「結界の内部に取り込んだ相手に条件を課すタイプじゃな。

 しかし、条件付けをあえてせず、この結界から出ようとした者全てを殺すと設定しておるな?

 逃げられるのを嫌ったと見える」


「別に逃げられても構わないけどな。

 俺は何日でも何ヶ月でも戦える」



 時の魔導書を使えば、結界を破壊することは容易だ。

 だから、破壊されたときに発動するようにした。

 もしアルクタが結界を壊せば、血の濁流は結界とは関係なく、延々とアルクタを追い続ける。

 足元にまとわりつく血を振りほどきながら、俺の魔導書をかわすのは、アルクタといえど難しいはず。

 さぁ、逃げたきゃ逃げろ。



「攻めるしかない、か。

 まぁ、逃げるつもりは毛頭なかったが」



 アルクタが刀を横に一閃。

 嫌な予感がした俺は高く飛び上がると、案の定、散りばめた結界が破壊され、炎を霧散させた斬撃が下を通っていった。



「斬撃というより、時間の歪みを飛ばしたのか」


「その通りじゃ。確か、回復力に自信があるそうじゃな? 食らってみるか?」


「遠慮しておく」



 アルクタは遠くから同じ魔法を放ってくる。

 単調に飛んでくる攻撃を危なげなく回避するが、その度に俺の防御陣は崩されていった。



「スカスカになってきたのぉ」


「じゃあ、攻めてきたらどうだ?」


「そうじゃな」


「……チッ!! 本当に来るなよ」



 急加速したアルクタの残像を目で追いながら、結界の罠を設置していく。

 直線で来させないために、前方に無数のガラス片のような結界をばら撒く。

 その時、



「ッッッ!? 空間が波打っている!?」



 グニャリと視界が歪んだ。

 設置された結界は捻じ曲げられて破壊され、俺の前に道ができた。

 マズイと思う間もなく、アルクタの姿が消える。


 次の瞬間には左腕の感覚がなくなった。

 


「おっと、危ないのぉ」



 ゆったりとした声が早送りで聞こえる。

 同時、右手の炎の魔導書で仕掛けておいた炎が爆発した。

 アルクタを下がらせるための自爆だ。

 衝撃で後方に吹き飛んだ俺は血の結界スレスレに着地した。



「ホメイットの言っておった回復力は本当のようじゃな」



 爆炎に紛れて超速再生した左手で、しまっておいた隔絶の魔導書を取り出す。

 再び結界を張って、防御陣を整えた。

 


「にしても、左手の魔導書は偽物じゃったか。

 いやぁ、騙されてしもぉた」



 アルクタは楽しそうに笑いながら言う。


 隔絶の魔導書がなければ、アルクタはすき放題に動ける。

 それに加えて、俺の回復力がわからないことを踏まえ、隔絶の魔導書を取りに来たのだろう。


 だが、隔絶の魔導書の重要性は俺も理解している。

 だから、設置のときだけ出しておいて、それが終わったら即座に異空間にしまい、表紙だけ似せた本を代わりに持っておいた。


 当然、偽物は複数作ってある。

 一個失った程度、問題にはならない。



「今のが最大のチャンスだったかもしれないぞ。

 攻撃しなくて良かったのか?」


「爆炎で視界を塞いで悪巧みしておる相手には、なかなか近づけんわ。

 それに近づかなくても攻撃はできる」


「………なに?」


「お主、炎と結界の2つ以外にも魔法を妨害する魔導書を使っておるな?

 攻撃の効きに違和感がある」


「攻撃? なんの………」



 左手に持つ偽の本からパラリと表紙が落ちた。

 偽と言えども、しっかりと防御魔法はかけてある。

 乱暴に扱った程度で壊れるはずがない。


 視線だけで落ちた表紙を見ると、何千年も前の書物のようにボロボロに朽ちていた。

 


「……遠距離でも時間を操作できるのかよ」


「出来ないと言った覚えはないのぉ」



 異空間を探り、偽の魔導書のストックを触って確かめたが、全滅していた。

 だが、本物の魔導書にかけられた防御魔法は別格だ。

 時の魔導書の攻撃にも耐えている。



「魔導書を気にするのも面倒じゃな。

 何冊持っておるかわからんせいで動きづらい。

 それに、どうやらお主は若い魔物のようじゃな。

 一つ前の魔王には早送りが効いたんじゃが、お主には巻き戻しが良さそうじゃ」


「何を言ってるんだ?」



 足元に落ちている表紙を見ると、ボロボロだったはずなのに、紙のシワが伸びていき、新品のように変わる。

 そして、表紙に記されていた文字が一文字ずつ消えていった。


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