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辞職した魔王は魔導書を集める  作者: 小骨武(こぼねぶ)
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21話 別れ


 ホメイットを倒した後、アルクタの加勢もあり、残った生物の殲滅はスムーズに進んだ。

 突入した兵士に死傷者はおらず、ほとんどが軽症。

 燃えていた王城も外壁が焦げただけで、そこまでの被害はなし。

 作戦は大成功で終わり、明るいムードの中、日が沈んだ。



「うっおっほん。それじゃあ、堅苦しいのは抜きといこう。

 宴じゃ。今宵は飲み明かそう!!」



 アルクタがグラスを掲げ、祝勝会が始まった。



「あの………これ、私達が参加してもいいのでしょうか?」



 セリアが心配そうに尋ねてくる。

 その背後ではフレアとミレアが食い意地を張って静かに勝負をしていると言うのに。

 律儀なものだ。

 


「アルクタが良いって言ったんだし、気にしなくていいだろ」



 俺も肉や炭水化物を皿に回収して素早く口へ運びつつ、セリアに返答する。



「それよりも、早く取らないとなくなるぞ」


「そ、そうですね。私もいただきます……」



 どれを取ろうか悩むセリアの横からフレアとミレアが箸を伸ばし、セリアの選択肢はどんどん狭められていくのだった。



「前から思ってましたけど、ユーシってあの姉妹にやたらと肩入れしますよね」



 祝勝会でも相変わらず鎧に身を包んでいるナナタ。

 もはや作戦に参加すらしていないのだが、俺繋がりで祝勝会に紛れ込んでいる。



「まぁな。なんだろうな……。

 セリアがどことなく似てるんだよ………」


「誰に?」



 サヤ姉に、という言葉は飲み込み、知り合いだとごまかす。

 「そんな知り合い、いましたっけ?」と首を傾げるナナタを適当にあしらいつつ、箸を伸ばそうとしたとき。

 ふと、ナナタの足元に目が止まった。


 太陽は既に沈み、焚き火の付近以外は薄暗い。

 だが、ナナタの足元だけは他と比較にならないほど真っ黒で、まるでそこだけ巨大な穴が開いているかのようだった。



「呼びに来たのか……」


「ご飯食べてからでいいそうですよ」



 そうは言うが、影から見られているような気がして、箸の動きは鈍くなる。

 待たせるのも悪いし、と皿に乗った料理をかっ喰らい、ナナタを手招きした。

 ナナタも素早く食事を済ませたらしく、二人でトイレに行くフリをして会を抜ける。

 暗い路地裏は月明かりと遠くからの焚き火の反射光ぐらいしかない。

 だが、ナナタの影が膨らんでいき、少女の姿に変わるのはよく見える。



「そんなにジロジロ見ないでよ。えっち」


「毎回裸で出てくるなよ。メルヴィー」



 白い肌に月明かりを反射させたメルヴィーは目の前でくるりとターンをして見せる。

 足元から舞い上がった影がメルヴィーの体に絡みつき、黒いワンピースを形作った。



「半年、経ったよ」



 期限が来たことを告げるメルヴィーの一言。

 すぐにでも魔物の侵攻が始まる。

 いや、もう始まっているかもしれない。



「大丈夫だ。ちゃんと準備できてる。あとは調整だけ」


「それって何日かかるの? もたせた方がいい?」



 血気盛んな魔物はもはやコントロールできる状態ではないだろう。

 俺も魔王をやっていたから分かる。

 統制なんてものは力で押さえつけているだけ。

 出せる指示なんて『止まれ』か『行け』ぐらいで、この半年『止まれ』をされた魔物はもはや勝手に『行く』だろう。

 それを、たった一人で止めてみせるとメルヴィーは暗にいうのだ。

 思わず苦笑した。



「いや、始めてくれ。

 ただ、侵攻してきた魔物を調整に使わせてもらおうと思ってる」


「わかった。予定通り進める。

 魔物の方は全滅させない程度なら好きにしていいよ」


「ほどほどにするから安心してくれ」



 業務的な会話は終わり、メルヴィーは楽しそうに踊る。

 月夜の美少女はまるで絵画から飛び出したかのようだ。

 だが、俺を見るたびにメルヴィーの瞳は揺れていた。



「ねぇ、会えなくなるの?」


「おそらく」


「後悔は………ないの?」


「……………ない」


「……嘘つき」



 メルヴィー相手に闇夜では全てがお見通しのようだ。



「それでも、もう止まる訳にはいかないんだ」



 何十年もの間、このときのために準備をしてきた。

 今更、立ち止まる訳にはいかない。

 

 俺の決意を聞いたメルヴィーは、そっぽを向きながらも優しい口調で告げる。



「止めないよ。でもね? 

 ……好きなときに、戻ってきていいからね」



 コクリと、ただ黙って頷いた。



  *  *  *  *  *  



 早朝、酒が抜けきらないアルクタは王城の近くをふらふらとさまよっていた。



「どうかしたのか?」



 それを見かねて尋ねると、



「ん〜、それがのぉ。ボロっちい本を失くしてしまってな」


「ゴミは片付けをした兵士が持っていったぞ。一緒に探そうか?」



 アルクタは目線をさまよわせ、首を振った。



「いや、別に捨てる予定の物じゃったからな。探さんでいいわ。

 それよりも、お主にも情報が届いておるかの?」


「あぁ、魔物の侵攻が始まったってな」


「気持ちよく会を終えた次の日になんじゃが、皆を集めてくれんか?」



 アルクタの呼びかけに応じ、昼には見知った面々が集まった。

 魔物の侵攻の話は全員が知っているようで、四方八方からその話が聞こえてくる。



「全員、昨日の今日で申し訳ない」



 アルクタが酒に焼けた喉で咳き込みながら大声を出す。



「既に話は聞いておるな? 集まってもらったのはそれが理由じゃ。

 最初に言っておく。

 ワシは魔物と戦う気はない。敵は強大じゃ。今さら抵抗する意味もない」



 これまで戦い続けたアルクタの発言に、一部から野次が飛んだ。

 「負けるのがわかっていても、最後まで戦うべきだ!!」

 という勇ましい声が上がるが、アルクタはそれを右手で制止する。



「これまでワシは最後の一時を守るために戦ってきたつもりじゃ。

 じゃが、それももう終わり。

 戦う意味もない。

 なら、最後の瞬間は各々好きなように過ごしてほしい。

 戦いたい者は備えよ。

 最後の一時を楽しみたい者はこんな場所で時間を浪費せず、家に帰るといい」



 アルクタの指示を受けて、各々が動き出した。

 最後まで戦うと決めている者は集まり、武器を手に旅立った。

 


「シモーヌとダニエルは行かないのか?」



 てっきり、二人は戦闘を好むと思っていた。

 しかし、



「いや、最後の瞬間はのんびり過ごすッス」



 とシモーヌ。

 ダニエルも頷きながら、



「シモーヌが『死ぬときぐらい、ゆっくりしていたい』って言い出して。

 俺も賛同しました。

 振り返ってみると、俺ら忙しく戦ってばかりだったなって」


「こんなのでも家族なんで。一緒に過ごしてやろうって思ったッス」



 なんだかんだ仲が良いんだな、と思いつつ、朗らかに微笑む二人を見送った。



「お主はどうするんじゃ?」



 背後からアルクタが尋ねてくる。



「俺は村に帰ろうと思ってる」


「うむ。それがいい」


「アルクタはどうする?」


「ワシか? そうじゃな。家で休ませてもらおうかの」



 短く会話を終わらせ、帰路についた。



  *  *  *  *  *  



 翌朝。

 いつも通りに目覚めたアルクタは顔を洗っていた。

 シワだらけの顔をゴシゴシと念入りに拭くと、一日かけて研いだ刀を携え、家を出る。

 街はひっそりとしていて、魔物がたどり着く前から降参しているのが空気でわかる。

 


「一人がええのぉ」



 自然と足が速くなり、数時間後、駆け出した勢いのまま閑散とした砂の大地に踏み入った。

 ここは作物が育ちにくい土地のため、人は全くおらず、聞こえてくるのは風の音ぐらい。

 よっこいしょと腰掛けて、地平線を眺める。

 


「……ワシの命はここで散らそう」



 戦わないと言ったのは嘘だった。

 最後まで戦って死ぬ。それは決めていた。

 勇者なのだから。

 しかし、それを言えば、全員が付いてきてしまう。

 それでは悔いのない死に方をできない者もいるだろうと思ったアルクタは、仲間と決別し、一人で戦うことを選んだ。


 砂を含んだサラサラとした風が体に吹き付ける中、ザクザクと足音が響いた。

 疑問に思いつつ、振り返った先にいたのは……



「アルクタ、話がある」


「………ユーシ、わざわざご苦労じゃな。

 こんな所までワシを尾行してする話とは、なにかの?」


「担当直入に言う。『時の魔導書』をくれないか?」



 ユーシの言葉を聞いたアルクタは、遂に来たか、と思いつつ、そっと刀に手を当てるのだった。


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