20話 アルクタとホメイット
久しぶりの外の景色。
焦げ臭い匂いがあるものの、どこか懐かしさを感じる。
パチパチと燃える城壁からは生物がずり落ちていく様が見え、戦闘の終わりを告げていた。
「あっ!! ユーシさん!! こっちッスゥ〜!!」
外で生物を殲滅していたシモーヌが駆け寄ってくる。
思ったよりも簡単に外に出られたのは、シモーヌやダニエルが城壁の生物を殲滅してくれたおかげだ。
感謝しつつ、俺の背中で寝息をたてているミレアをそおっと下ろす。
「ミレアを頼めるか? 体内の生物は除去してある」
「お疲れ様ッス。その子は任せてくださいッス。
その感じだと、ユーシさんはまだ戦闘するッスか?」
「あぁ、城内の殲滅を手伝おうと思ってる」
「気を付けてくださいッス〜」
特に疑われることはなく、ミレアという重荷を手放すことができた。
ようやく自由になった俺は足早に城内へと戻る。
おそらくはもう、アルクタの戦闘が始まってる頃合いだ。
* * * * *
王城の地下に存在する魔導書の保管室。
そこに逃げたホメイットを追って、アルクタは階段を降りていた。
前方から絶え間なく虫が襲いかかり、その処理に微細な魔力の消費を迫られる。
「しょうもない悪あがきじゃな」
虫の死骸を踏みつぶしながら、悠々と階段を降りた。
地下の部屋に到着すると、部屋の隅に密集する異形の生物。
その中心でホメイットが立っている。
「逃げ場はないぞ。観念する気になったかの?」
「逃げ場がないのはあなたの方ですよ」
薄暗い天井からカサカサと音がする。
羽を広げたその虫は一斉にアルクタへと飛びかかったが、アルクタの体に触れる直前。
軌道がグニャグニャと逸れていき、地面に激突して動かなくなった。
「ホメイット、お主もわかっとるじゃろ? お主ではワシに勝てん」
「もう勝った気ですか?」
ホメイットの手の平から肉の塊が飛び出した。
体積を爆発的に増加させ、地下を隙間なく埋め尽くしていく。
「ワシはのぉ。お主を殺すために技を磨いたんじゃ。この技をな」
ただ立ち尽くすアルクタへと迫る肉塊。
しかし、アルクタに接触する直前、体積の増加がピタリと止まる。
逆に肉塊はドンドンとしぼんでいき、遂にはホメイットの手の中に戻った。
「こ、これは!! 時間の逆行!?
習得していたのですか……」
「お主に逃げられてから何十年。
仕留めるためには必要じゃと思ってな」
「もはや『時の魔導書』を開いてすらいない……」
「慣れじゃよ、慣れ。それよりも、あまり大きな声を出さんでくれ。
この魔導書をワシが持っているのは秘密なんじゃ」
アルクタが一歩進むたびに、ホメイットは二歩下がり、地下の壁に追い詰められる。
「まだ手はあるんじゃろ? 出したらどうじゃ?」
「バレバレですか……」
ホメイットは懐から大量の魔導書を取り出し、アルクタの頭上に投げた。
空中で魔導書に付いた生物が成長し、魔導書を行使しようとする。
しかし、アルクタが刀を横に振るうと全ての生物が老化していき、魔導書だけがバサリと床に落ちた。
気付けばホメイットの周りにいた生物は全滅し、アルクタの刀が死刑宣告のように突きつけられている。
「お強いですね……」
「命乞いかの? お主を殺すのは決まっておる。
それにしても、この体たらくはなんじゃ?
何十年も準備をしておったワシが馬鹿みたいじゃ」
「あなたのお仲間に手持ちの生物を使い過ぎただけですよ。
ミレアさんを連れ去った方には魔導書持ちを何体か殺されましたし」
「ユーシ………か……」
ふむ、と考え込むアルクタだったが、剣先はホメイットに向けられたまま。
ホメイットは苦笑いしながらも提案をした。
「少し、話を聞いてもらえませんか?」
「……………なんじゃ?」
自身の優位を確信しているアルクタはホメイットに話すよう促す。
「手を組みませんか? 昔みたいに」
「…………………………」
その瞬間、黙ったままホメイットを見下ろすアルクタの胸中には言いしれぬ思いが溢れていた。
「私の魔法は生物――――つまりは兵隊を無限に作れます。
依り代なんて、そこら辺の石でもいい。
数ですよ。数。たくさんいれば、それだけで戦力です。
本当に強い敵には、魔導書持ちの生物を使えばいい。
アルクタ、あなたの持つ『時の魔導書』ならそれができる。
生物を瞬時に成長させられる」
「……その話は何十年も前に終わったはずじゃ」
「いえ、終わるどころか始まってすらいません。
私の植卵の魔導書と時の魔導書は相性がいい。
植卵の魔導書に必要な膨大な時間。
それを時の魔導書を使えば、なくすことができる。
無尽蔵に兵隊を生み出せるんですよ!!
それを、あなたは恐れた。
私が強大な力を持つことを恐れ、私の手を払った」
ホメイットの目には死への恐怖など一切なく、ただ純粋にアルクタの心へ話しかけていた。
「今、この場には必要な物が揃っています。
植卵の魔導書、時の魔導書、その他の魔導書。
これだけあれば、兵隊を組織し、魔物を退かせることも可能だと思いませんか?
あなただって気付いているでしょ?
私が王城を占拠した理由。
それは複数の魔導書を手にして、あなたと共に人類の反撃を始めるためですよ。
この戦いで、私があなたの役に立つとわかったでしょう?
自立して複雑な判断を下す生物を作れるようになりました。
どうか!! 私を使ってください!!
そして、勝ちましょう!! 魔物に!!」
アルクタは目線を落とし、消えそうな声で呟く。
「………いや、足りておらんよ。時の魔導書がな」
一瞬、長い沈黙が流れた。
「…………はい? あるじゃないですか?
今、私に使ってみせたばかりですよ?」
「あぁ、魔導書はあるんじゃ」
そう言うと、アルクタは懐の奥深くから一冊の魔導書を取り出す。
時の魔導書。
禁忌と呼ばれるほど強力、かつ、扱いの難しい魔導書。
「魔導書はあるが、ワシには扱いきれん」
「何を………言ってるんですか?
時の早送りと巻き戻し。
その両方を使いこなしたじゃないですか!!」
「これ以上は体が負荷に耐えられんのじゃ。
今回、お主に使ったのも少々無理をしておる」
「そ、そんな………………いえ、手はあります。
それは――――――――」
ホメイットの言葉を遮るように、アルクタの刀がホメイットの胸元――――植卵の魔導書に突き刺さった。
「……………な、なぜ?」
動揺したホメイットが尋ねるも、アルクタの刀は更に深く刺さる。
「ありとあらゆる方策を考え尽くした。
お主に諭される程度の考えは思いついておる。
じゃが、その中にワシの納得の行くものはなかった」
「ある………はず……です。
人類を……勝利に導く…………手立てが」
「そうじゃな。それはあるかもな。
じゃが、もういいんじゃよ。その夢は」
時の魔導書から生み出された、時間を歪ませる魔法。
それは刀を伝って、植卵の魔導書にかけられた防御魔法の時間を歪め、破壊した。
ただの本になった魔導書に、再びアルクタは躊躇うことなく、刀を突き刺す。
すると、急激にホメイットの時間が戻り始めた。
教祖が真面目そうな好青年になり、アルクタの知る純真無垢な少年を経て、赤ん坊へと変わる。
アルクタの手が震えたが、もう一方の手で抑え、更に魔法をかける。
赤ん坊は小さくなっていき、遂には生まれる前の存在しない状態へと至り、ホメイットは完全に消滅した。
「ホメイット、ご苦労じゃったな。
ワシの野望に突き合わせてすまんかった……」
真ん中に傷の入った植卵の魔導書を拾い上げ、アルクタはそれを大事そうに抱える。
深くため息をついた後、緩んだ表情を引き締め、今だ戦闘を続ける味方の元に走った。




