2話 魔導書
魔導書。
それは魔法を極めた者が、己の魔法の全てを書き記した書物だ。
それを読むことで、極められた魔法を知ることも可能だ。
しかし、それだけでは魔導書とは言えない。
魔導書は教科書としてだけでなく、『武器』としても使える。
というか、むしろ、こっちがメインだ。
魔法を使ったことがない生まれたての赤ちゃんであっても、魔導書を渡せば、強力な魔法が使えてしまう。
そのため、魔導書の有無が戦争を左右することさえある。
先代の魔王が死んだ理由も一冊の強力な魔導書によるものだ。
魔導書はそれほど強力な『武器』で、現在、いくつかの魔導書がアルヴァートに存在する。
その魔導書の中で、より強力な魔導書を回収することが俺の目的だ。
俺の話を聞いたナナタはこくこくと頷いた。
「魔導書……ですか。
魔王として動いた方が集めやすいのでは?」
「全部欲しいんだ。俺の求める強力な魔導書を。
でも、さすがに他の魔物がそれを許すわけがない。
だから、勝手に集めようとしてるのさ」
「欲張りですね」
「って訳で、今の話を持って帰ってもらえるか?
そのために来たんだろ?」
一瞬、言葉を詰らせたナナタは視線を反らした。
「はぁ、わかってたんですか?
僕がユーシを監視するために送り込まれたって」
ナナタは後ろめたそうにうつむく。
「『ナタリエル』って名前でピンと来た。
アルヴァートに潜入させた魔物にそんな偽名のやつがいた」
「記憶力いいですね……」
アルヴァートに潜入させていた魔物が俺の試験官になるなんて、偶然ではないだろう。
そこで俺が『ナタリエル』を名乗る魔物に監視されているのはわかった。
と言うか、元魔王なのだから監視されることは予想していた。
だが、潜入させた魔物に異空間魔法の使い手はいなかったはず。
そこで、俺が送り込んだ魔物と別の魔物が入れ替わっていることがわかった。
異空間魔法を使えて、微妙に殺気を放ってくる剣の使い手。
殺気を放たれる心当たり。
と、ここまできて、直感的に鎧の中身が『ナナタ』に入れ替わっていると察した。
長年、側にいたから、動きや使用した魔法を見ただけでわかってしまった。
殺気を放ってきたのも、様々な案件が滞っているときに辞職したからだろう。
怒るのもわかる。
しかし、それが魔物の動きを遅らせることに繋がったはずだ。
………あとで謝ろう。
「ナナタは命令通り俺を監視して、報告すればいい。
魔王を辞職したときから、監視されるのは予想済みだったからな」
「そうだったんですね。
殺されたりしないか心配だったので、そう言って貰えると助かります」
しかし、さすがに監視の仕事をするのがナナタだとは予想していなかった。
当然、監視を殺すことも考えていたが、さすがにナナタを殺すのは気が引ける。
それに、一番親しい友人のナナタを殺すのは単純に痛手だ。
情報源が減ってしまう。
ナナタを送り込んだやつは、それが目的か?
俺と親しいナナタを魔王城から追い出しつつ、俺の動きを縛りながら監視し、ついでにナナタの様子も見ているのだろう。
最悪の場合、アルヴァートを攻める際に俺とナナタをまとめて殺すつもりかもしれない。
だが、こちらにもメリットはある。
ナナタが報告をする以上、魔王城の様子も少しぐらいはわかるはず。
次の魔王や、進軍の動き。
この辺りの最低限の情報がわかれば、動きやすい。
「そう言えば、ナナタは誰の命令で俺を監視してるんだ?
話すのがマズいなら言わなくてもいいぞ」
「命令したのは『メルヴィー』です。
現在、魔王代理をやられています」
「………あっそう…………メルヴィーか。
って魔王代理? まだ正式には決まってないのか」
「えぇ、ユーシの目論見通り揉めてますよ」
「あれ? バレてた?」
「長い付き合いですから、このぐらいは当然です」
次の魔王の決定を遅らせる作戦はナナタにバレていたようだ。
だが、『遅れている』という情報をくれたのは、ナナタが自分の置かれている状況を理解しているからだろう。
俺がアルヴァートに長く留まれば、戦争に巻き込まれるかもしれない。
だが、俺が用を済ませてアルヴァートを出れば、俺を監視するナナタもアルヴァートを出れる。
ギブ&テイクだ。
俺はナナタに監視させて、ナナタの立場を守る。
ナナタは俺に情報を流すことで俺が動きやすくして、アルヴァートから早期の脱出をはかる。
「まぁ、死なないように互いに上手くやろう」
「そんな疑いの目で僕を見ないでください。
魔王になる前からユーシについていったでしょ?
これからもユーシを支えますよ」
と、ナナタは言っている。
命令の内容が本当に監視だけなのか、背後から刺されたりしないか考慮する必要はある。
親しい仲と言えども、魔法で操られていれば、そんな物は関係なく襲ってくるだろう。
どこまで信用していいのか分からないが、とりあえずはナナタの立場を利用する。
覚えている通りなら、『ナタリエル』はギルド内でそれなりの役職だった。
それなら、俺の任務を魔導書に関連したものにできるだろう。
「そう言えば、ナナタって呼ぶのはマズいよな?
これからは、ナタリエルか」
「いえ、ナナタって呼んでも大丈夫だと思いますよ?
ナタリエルの愛称ってことにしましょう」
結論から言うと、ナナタの役職を利用する作戦はあまり上手くいかなかった。
雑用や見回りをやらされるばかりで、魔導書と関わる任務はなし。
しかし、ナナタは頑張って任務を取ろうとしているようなので、しばらく様子見とした。
* * * * *
数日後の深夜。
アルヴァートは暗く、外出する人間はほとんどいなかった。
しかし、暗がりをかける傭兵が数名。
数秒後、ギルドから十数キロほど離れた場所で、闇夜を赤く染める大爆発が起こった。