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辞職した魔王は魔導書を集める  作者: 小骨武(こぼねぶ)
18/29

18話 魔王



「………ぉ………ぉ……も…ぃ……」



 薄暗い視界の中を(ほこり)がゆったりと浮いている。

 空気が淀んでいて息苦しい。

 ようやく戻った意識ももう一度瞳を閉じれば、すぐに失いそうだった。


 周囲では砕けたガラスが薄く発光している。

 それを見ていると、体の節々がチクチクと痛むような気がした。

 立ち上がりたいところだが、瓦礫がずっしりと体を押さえていて、身動きが取れない。



「…………サ…………ヤ…………」



 悔しさが喉からこぼれた。

 あの時、自分が動いていれば、扉を閉められたかもしれない。

 サヤ姉を守れたかもしれない。



「……ぁぁ………ぁぁあああ…………」



 情けなくも、ただ呻くしかできない。

 しかし、効果はあったようで体の上にある重さが消えていく。

 埃が激しく宙を舞い、息苦しさで咳き込んだ。


 視界を覆う白い埃が晴れていくと、そこには真っ黒な髪に真っ白な肌の少女。



「ねぇ、返して?」



 突如、困った様子で少女が言う。

 『返して』………とは?



「あのね? ……泥棒ってやつだよ? 悪い事してるってわかる?」


「…………………………?」



 なんの話をしているのかさっぱりわからない。

 今はそんなことよりもサヤ姉の安否を。


 掠れた声で話そうとしたが、上手く喉から音が出ない。

 その間に少女は決心したようで、僕の頭をガシッと掴んだ。


 何をする気だ?


 そう思った瞬間、少女は片足で僕の肩を踏みつけると、両手で力いっぱいに頭を引っ張り始めた。

 首の肉が突っ張り、ミチミチと嫌な音を立てる。



「……ゃ………ゃめ………!!」

 


 制止の言葉は届かず、少女とは思えないような力で首の肉が断裂していく。



 バキバキ、ブチブチ、ベリッ……………。



 という音が脳内に響き、胴体からの開放感とともに意識を失った。



 目が覚めると、隣にあの少女がいた。

 体育座りで膝を抱えて、指先で僕の頭を突いてくる。



「ん? あれ? 生きてる?」



 頭と体の間にはちゃんと首がある。

 千切られた感覚があったが………。

 それに喉も治ってる。



「おや、ちょうど目覚めたようだね」



 頭上の遥か遠くから、天啓のように声が響いた。

 しかし、その姿は見当たらない。



「ねぇ、パパ。これ、どうするの?」

 


 僕のことを『これ』呼ばわりする少女は、天に向かって問いかける。



「その子は連れて帰ろう」


「えぇっ!! ヤダ!! ヤダ!!」


「僕がその子に触るとうっかり殺してしまうかもしれない。

 メルヴィー、頼んだよ」


「ぜっっっっったい!! 嫌ぁぁぁぁああ!!」



 メルヴィーという名の少女は床でジタバタと暴れて、父親に抗議する。

 しかし、再度父親に頼まれると不満そうに僕の首を掴んだ。



「まっ、待って!! あなた達は誰……ですか!!」



 姿の見えない虚空に向かって問う。

 すると、頭上に広がる影がごっそりと動いた。

 そこでようやく気付く。


 姿が見えない訳ではなかった。

 大き過ぎて、そこにいると認識出来なかったんだ。


 その巨体は腰を曲げて、上からこちらの顔を覗き込んでくる。

 やたらと暗いせいで、その顔を確認することはできない。

 しかし、暗い影の中にある顔が微笑んだように見えた。



「僕はねぇ。魔王だ」


「………魔王?」



 おとぎ話にしか聞かない、その名前。

 まさか自己紹介で聞かされるとは思わなかった。



「ま、魔王が僕に何の用だ……!!」



 恐怖で足は震えるものの、勇気を出して声を上げる。



「君に……と言うより、君の頭に用がある。

 んッ!! 待ちなさいッッ!! メルヴィーッッッ!!」



 後ろを振り向くと真後ろに少女が立っていた。

 その腕は僕の胴体を軽々と貫き、横に手を払われると胴体はあっさりと切断される。

 視界が傾き、上半身だけで床に倒れた。



「ふん、生意気」



 メルヴィーがボソリと呟く。

 僕の胴体からは大切な物がドバドバとこぼれだし、またも意識が遠のく。



「こら、悪い子だ」


「だってだって……」



 魔王とメルヴィーの口論が始まるが、その前に意識は飛んだ。

 次こそは幻覚や見間違いではない。

 確実に胴体を切断されて死んだ。


 ………と思ったが、あっさりと目が覚めた。

 近くでメルヴィーがぷくーっと頬を膨らまして、すねている。

 どうやら口論が終わったところのようだ。



「なんで、僕は生きてる……?」



 頭の上から声が降ってくる。



「ある意味で生まれ変わったんだよ。

 起きたようだし、それじゃあ、行こうか」



 魔王がそう言うと、メルヴィーに首を掴まれた。

 巨大な魔王は地上に向かって歩みを進め、メルヴィーは僕を引きずりながらその後ろを歩く。



「あっ、待って!! サヤ姉は!? サヤ姉も、もしかしたら!!」



 魔王への恐怖心で忘れていた。

 サヤ姉はどうなったのか!?

 僕が生きているなら、サヤ姉も……!!



「サヤ姉って………アレ?」



 メルヴィーが指差す先にサヤ姉はいた。

 おそらく僕と同じようにメルヴィーが助け出したのだろう。

 瓦礫にもたれるようにサヤ姉は座っている。


 しかし、その姿を見て、言葉を失った。


 サヤ姉の全身は刺さったガラス片でキラキラと輝き、そこから流れ出した血は既に固まっている。

 顔は灰色になり、俯くように下を向いているが、顔からは丸い物が飛び出し、胴体からも内臓がドバっと飛び出ていた。



「そ、そんな………嘘だ……」



 メルヴィーは踵を返し、またもや僕を引きずる。

 僕の視界は涙で埋まっていく。

 それでも遠ざかっていくサヤ姉の死体は、僕の目に焼き付いていた。


 地下から出ると建物はなくなっていた。

 あんなに大きかった建物は消えて、地下への入口だけがぽっかりと開いている。

 周囲の建物があった場所にはどこまでも砂の大地が広がっていた。



「見てみて!! あの雲!!」



 突然、メルヴィーがはしゃぎ出した。

 魔王は呆れたように、「また、その話か」と呟く。



「あの雲、おっきいでしょ!! 

 あれね? 遠くから見るとキノコみたいなんだよ」



 魔王は咳払いをすると、こちらを振り返った。



「そう言えば、君の名前を聞いていなかったね。

 なんて言うのかな?」


「……………ユーシ」


「ユーシ、君は僕の屋敷にいてもらう。

 そうだ。新しい名前をつけてあげよう。

 そうだね………元の名前を残して、……ユーシモアだ!!

 魔物っぽいだろう?」



 どうやら名前が決まったらしい。

 だが、そんなことよりも、サヤ姉のことで頭がいっぱいだった。

 魔王の言葉に反応しなかったせいでメルヴィーに蹴り殺されたが、そんなことはどうでもよかった。



「サヤ姉………僕は必ず、いつか、きっと!!

 サヤ姉を……………取り戻してみせる………!!」



 これから先は長い道のりだ。

 色々なことがあったが、それらは全てサヤ姉のため。

 サヤ姉との日々に比べれば、それらは少し物足りない。



「だから、いい加減、記憶を覗かれるのは終わりだ。

 俺の気を反らそうとしても、もうその手はくわない」



 天を睨めば、そこに太陽のような丸い眼球が浮かんでいる。

 届くはずのないそれに手を伸ばすと、眼球は遠ざかっていき、世界が歪んだ。



  *  *  *  *  *  



「卵をいただけますか?」



 ホメイットが手を出すと、鶏に似た生物が無精卵を産み落とす。

 それに魔法をかけ、横たわるミレアの口に押し当てた。

 無意識下でモゾモゾと抵抗するミレアを力で押さえつける。



「さぁ、人類の進化を見ましょう」



 あと一息で卵が体内に入る。

 その時、背後で生物が悲鳴を上げた。



「偵察は反応していない……?」

 


 背後を振り向くと、腹部に巨大な眼球を持つ生物を中心に、複数の生物が吸い寄せられていた。

 べチャリ……べチャリ……と引っ付いていき、生物の操作が無効化されていく。



「冗談ですよね? ()()()()生物ばかり。まさか……」



 ホメイットの嫌な予感は的中した。

 巨大な眼球は内側から破裂し、中から男が出てくる。

 その男は今、殺したばかりの。



「あなた、何者──────」



 身体機能を最大化・効率化しているはずなのに、その男の挙動を目視することは叶わなかった。

 消えたと思った瞬間に拳がめり込む。

 凄まじい威力の拳は簡単にホメイットの頭部を破壊し、衝撃で吹っ飛んだ。



「危うく死ぬところだった」



 生物から出てきた男は自身の肉体を確認しながら平然と言い放った。



「危うく? 四肢をバラバラにして頭部も噛み砕かせた。

 それで死なない人間がいますか?」



 最大限の皮肉を言うと、男はニヤリと笑う。



「それを言うなら、脳ミソが溢れてるのに元気そうに喋ってるお前もだろ?」



 互いに人間からかけ離れた存在。

 ホメイットが生物を爆発的に生み出すよりも速く、男の右手が虚空に消えた。


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