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辞職した魔王は魔導書を集める  作者: 小骨武(こぼねぶ)
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17話 緊急事態



「ナダさーん!! まだですかー!!」


「すまんすまん。忙しくてな」



 ナダさんは頭をポリポリ掻きながら、封書を受け取った。

 さっさと次の目的地に向かおうとしたが、封書の返事を書くらしく、呼び止められた。



「ナダさん、忙しいのはわかりますけど、僕も時間ないですから。

 受け取るのもう少し早くならないですか?」


「しょうがないだろ? この街は魔物の領土に突き出た形なんだから。防衛が忙し過ぎるんだよ」



 ナダさんは封書に目線を落とし、手を動かしたまま応える。

 書かれているのは暗号のようで内容はわからない。



「だが、人類の発展のためには魔物との戦争は避けられない。

 奴らの土地にある資源が発展の鍵だからな」


「それで? 結局、受け取るのは早くなるんですか?」


「『忙しいから早くならない』が答えだ!!

 さぁ、出来たぞ!! 行ってこい!!」



 封書をバシッと手渡され、渋々走り出した。

 

 その日も一日中走り回り、暗くなってから家に着く。

 あの日からサヤ姉と一緒に寝ることが当たり前になっていて、毎日美味しい思いをしている。

 だが、気がついたら朝になっているため、休めている気はしない。

 それでも疲労を感じないのは不思議だ。


 ピーチクパーチクと小鳥が騒ぎ始め、新しいいつもの今日が始まった。



「うーん!! 涼しくて気持ちいいね」



 サヤ姉の伸びに合わせて、大きな胸が上下する。

 思わずマジマジと見つめていたが、サヤ姉の視線が飛んでくる瞬間に目をそらし、「そうだね」と返事をした。

 サヤ姉はイタズラっぽい笑みを浮かべ、こちらに手を伸ばそうとする。


 だが、その瞬間。

 街中に、普通は鳴るはずのない鐘の音が響いた。

 重々しい振動が体の奥底で揺れる。


 一瞬、小鳥のさえずりさえも息を潜めた。

 ざわざわと風が吹き始め、小鳥が飛び立つのと同時、足音が一斉に動き出す。



「さ、サヤ姉!!」


「緊急事態の鐘ね。ユーシ、逃げるよ!!」



 サヤ姉に力強く手を引かれて、家を飛び出す。

 しかし、突如、足がガクガクと震え始め、動けなくなった。

 


「ユ、ユーシ!? どうしたの!?」


「………これ………知ってる」



 この先の光景を見たことがある。

 胃の中身が逆流しそうになり、思わず口を押さえた。



「ちょっと!! ぼうっとしてる場合じゃないよ!! しっかりして!!」


「………ここで………いい……」

 


 諦めにも似た気持ちが心を埋め尽くす。


 あんな事になるぐらいなら、いっそ………。


 バチンとサヤ姉の平手が頬に直撃した。

 脳ミソが揺れて、意識が混濁する。



「しっかりして!! さぁ、立って!!」


「う、うん」



 サヤ姉に引っ張られて立ち上がった。

 体に力が入らないが、ギリギリ足は動く。

 まるでマネキンのように、サヤ姉に導かれるまま、他の人と同じ方向にふらふらと走った。


 目指す先は普段ナダさんがいる大きな建物だ。

 ナダさんはこの街に詳しい。

 適切な指示がもらえるはず。



「な、なに!? アレ!?」



 驚愕するサヤ姉の視線につられて後ろを見た。

 大きな街に相応しい荘厳な建造物や軍事施設が巨大な"影"に沈んでいた。

 真っ黒で底のない影にずぶずぶと沈んでいく建物と人々。

 彼らはどこに行くのだろうか?


 遠目ではゆっくり動いているように見える影だが、実際には地面や坂や建物を物凄い速さで滑るように飲み込んでいた。



「……あんなの!! 走っても逃げきれない………!!」



 サヤ姉は悲鳴に似た声をあげながらも、冷静にナダさんのいる建物に入っていく。



「ナダさんなら、何とかしてくれるはず!! 

 ユーシも知り合いでしょ!?」


「…………ナダさんは……」



 心とは関係なく、体が重い。

 サヤ姉に引かれているときだけは、体がまるで風に流される種子のようにフワフワと移動できる。

 だが、自分で動こうとすると元から足がなかったかのように動けなくなる。

 運命は変えられないらしい。



「あっ!! ナダさん!!」



 ガランとした建物の中、サヤ姉の声が反響し、ナダさんは振り返る。



「ユーシとサヤちゃんか!!」


「ナダさん!! 状況はわかってますか!?」


「あぁ、謎の影に侵略されている」


「私たち、その影から逃げようとしてて!!

 でも、速すぎて逃げられない!!」



 サヤ姉が慌てた様子で叫ぶ。



「落ち着いて。この建物にいなさい。

 ここは防御魔法が何重にもかけられている。

 まぁ、ここの職員はそれを信用せず逃げたが……」



 ナダさんは苦々しそうに言った。

 建物の中に人がいないのは逃げてしまったかららしい。



「さぁ、来るぞ」



 ナダさんの言うとおり、太陽の光が薄くなり、周囲がだんだんと暗くなると、光をも飲み込む影の濁流が押し寄せた。


 近くにあった建物は沈んでいくが、今いる建物だけは飲み込まれなかった。

 影は建物の周囲を取り囲み、退路を塞ぐ。

 ナダさんは口に手を当てたまま固まっていたが、思い出したようにこちらを見た。



「ついて来い。外部と連絡を取って、救助要請をする」



 ナダさんが通信装置で会話しているのを、近くの椅子に座って眺めていた。

 どうやら揉めているようで、ナダさんの怒号が聞こえてくる。

 一方、隣にいるサヤ姉は神様に祈るように手を組み替えては瞳を閉じて、何かを呟いていた。


 それを横目で見ながら、聞こえないようにため息をつく。

 やはり体は動かず、椅子に縛り付けられたように硬直している。

 足掻くことすらできない。

 そのせいもあって、ただただ無感情にこの光景を見つめた。


 しばらくして、ナダさんは受話器を叩きつけた。



「クソ!! 軍の野郎!! 俺たちを!! この街を犠牲するつもりだ!!」


「……どうゆうことですか?」



 サヤ姉が声を震わせて訊ねる。

 


「軍はここに爆弾を落とすつもりだ。

 ここら一帯を、あの影と一緒に吹き飛ばそうって考えてやがる。

 ここにいる俺たちのことは頭にないらしい」


「……じゃあ、私たち、死ぬんですか……?」



 ナダさんはそれを否定するように、サヤ姉の肩を叩いた。



「諦めるな!! まだ手はある。

 ここには多数の魔導書が保管されていて、そこならこの建物よりも頑丈だ。

 防御魔法も別格でその部屋だけはやたらと守られている」


「じゃあ、その部屋の中にいれば!!」


「おそらくは爆弾でも耐えられるはずだ。急ごう!!」



 ナダさんがずんずんと建物の奥深くに進んでいき、サヤ姉は僕を引っ張りながら遅れないように早足で付いていく。


 建物の照明は消えて、ナダさんの魔法の光だけが足元を照らしていた。

 地下を進むと遠くにうっすらと紫色の光が見える。



「あれが魔導書の保管室だ」



 全方位をガラスで囲まれた、大きな図書館のような一室。

 ガラスには紫の光が糸のように張り巡らされていて、時折、強く発光している。


 部屋の前にあった台座に、ナダさんが手をかざすと、ガラスの扉は音も立てずに開いた。



「さぁ、中へ」



 ナダさんに促され、サヤ姉と中に入る。

 


「これで一安心だ。後は爆発の振動を待つだけ」



 安心させるようにこちらへ微笑むナダさん。


 しかし、扉が閉まる直前、奥の影で何かが動いた。

 影から飛び出した人物は閉まる前に扉を蹴破り、扉を閉めようとしていたナダさんを突き飛ばす。


 ナダさんはそれに驚いて床に尻もちをついたが、即座に襲撃者に立ち向かおうとした。


 その瞬間、乾いた破裂音が3回。


 ナダさんは胸を押さえて苦しそうに倒れた。



「現役のナダ君は老人であるワシの尾行に気づかんかったようじゃな。

 いかんなぁ。気を抜いちゃあ」



 以前追い返したおじいさんは、床に倒れるナダさんを見て嘲り笑う。

 おじいさんの持っている道具からは煙が薄っすらと昇っていた。



「……アルクタぁ…!! …よくもやってくれたな!!」



 激昂したナダさんは目を血走らせた。

 だが、またもや破裂音が響く。


 おじいさんは胴体だけでなく、足にも念入りに弾を撃ち込んだ。

 そして、ナダさんから抵抗の様子が消えると満足そうに頷く。


 次に、おじいさんは刀を引き抜いた。

 後ずさりするナダさんの右手を踏みつけ、刀を振り下ろす。


 聞いたこともないようなナダさんの絶叫が部屋に響いた。

 サヤ姉はガクガクと震え、僕を守るように抱きしめて縮こまる。


 何度も絶叫が聞こえ、ようやく、その声は収まった。

 おじいさんは血だらけの切断された右手を持つと、部屋の中央にあるガラスのケースに近づいた。


 紫の光とは別に、そのケースだけは青の光も混ざっている。

 手前にある台座にナダさんの右手を無造作に置くとケースが開いた。

 おじいさんは手元のメモと本の背表紙を睨むように見比べると、口元を緩ませて一冊の本を慎重に引き抜いた。

 

 一瞬、おじいさんの体が硬直する。

 堪え切れない笑い声に合わせて体が震えていた。

 その本を大事そうに抱え、おじいさんはガラスの部屋から出ていった。



「サ、サヤ姉、あの人、いなくなったよ」



 喉の奥から掠れた声が出た。

 幸いサヤ姉には聞えたようで、涙と恐怖でいっぱいになった瞳を周囲に向けると、ようやく安心したように強く抱きしめてくる。


 サヤ姉に()()()を教えないといけないと思ったが、パクパクと口が開閉するばかりで音が出ない。

 サヤ姉はそれに気付かず、安心した様子で泣いていた。



「……………ぁぁ……………」



 少し離れた場所から小さな声が聞えた。

 きょとんとしたサヤ姉が振り返ると、そこには血の海に横たわるナダさんの姿が。

 サヤ姉の体が震え出したが、震える手を力強く握ると収まった。


 サヤ姉は勇気を出して血の海に踏み入る。

 ナダさんは力なく倒れていたが、まだ死んでいないようで口が動いていた。



「ナダさんが何か言ってる」



 ナダさんの口元に耳を近づける。



「……扉を………閉…めろ………」


「扉?」



 サヤ姉が不思議そうにつぶやくと、ナダさんは血を吐きながら説明した。



「扉が………開いてる間……は……防御魔法…が……働かない………」



 おじいさんが開け放った二つの扉は、その後閉められることはなく、両方とも開いていた。


 サヤ姉が立ち上がり、扉を閉めようと手を伸ばす。

 その時、床が揺れた。

 強い衝撃にサヤ姉はたまらず、床に手を付く。



「……爆弾……だ」



 ナダさんの一言に背中を押され、サヤ姉は立ち上がった。

 ガラスの扉をしっかりと抱え、床が揺れるのを物ともせず押した。

 あと少しで扉は閉まる。


 しかし、それよりも早く、衝撃波がガラスの扉を襲った。


 ガラスは粉々に砕け、サヤ姉の体が宙を舞った。

 僕は反射的にサヤ姉に手を伸ばす。


 だが、近くのガラスの壁が粉砕されて、僕の全身にガラス片が突き刺さった。

 遅れてやってきた衝撃波で体が飛び、真ん中のガラスケースに叩きつけられる。


 ぶつかった拍子にガラスケースは足元から崩れ、頭上から魔導書が降り注いだ。



「………サヤ……姉……」



 全身の激痛よりもサヤ姉のことが心配だった。

 降り注ぐ魔導書を掻き分けて、立ち上がろうとする。


 しかし、一冊の魔導書が頭に直撃し、意識を失った。


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