15話 雷光のミレア
目覚めたばかりのミレアは目付きを鋭くさせて、剣先をこちらに向けてきた。
「待ってくれ。勘違いしてないか?
俺はお前を捕まえた男とは別だ。
今、お前が操られていたのを俺が解除したところだ」
話が通じるかはわからないが、説得を試みる。
「ふん。私はもう騙されない」
振りかぶった剣から黄緑の雷が放たれる。
直撃すれば黒焦げになるだろうが、雷は眼前に張った結界に当たり霧散した。
「………そ、それはッッ!? セリア姉様の隔絶の魔導書ッッッッ!?
なぜお前のような男が姉様の魔導書をッッ!!」
頭髪から先程よりも激しく雷が放電した。
いつでも攻撃できるようだが、二撃目の雷は飛んでこない。
話を聞く気になったようだ。
「落ち着いてくれ。魔導書はセリアに借りただけだ」
「セリア姉様の名前を馴れ馴れしく呼ぶな!!
セリア姉様は魔導書で王城を守ってるから、お前のような男に貸すはずがない!!
その程度の嘘が通じると思うな!!」
「借りたんだよ。お前を助けるために。
それに、ここ王城だし」
ミレアは一瞬、キョロキョロと周囲を確認したが、表情は変わらなかった。
「こんな黒くて狭い部屋は王城にはない!!
私を馬鹿にしているな!!」
「部屋じゃなくて廊下だ。
隔絶の魔導書で廊下に結界を張ったんだよ。
俺とお前は今、その中にいる」
「……け、結界が黒いわけない!!」
「結界をよく見ろ」
視界から俺を外さないようにしながら、ミレアは黒い結界をじっと見つめた。
ただ黒いだけに見えたそれは、焦点が合うにつれて、モゾモゾと動いていることがわかる。
「ひぃぃぃっっ!! 虫だぁぁ!!」
情けない声を出して、ミレアは飛び上がった。
「そうだ。操られていたミレアと戦っている間に、虫が寄ってきたみたいだ。
もちろん普通の虫じゃない。
ホメイットが生み出した虫だ」
ミレアは結界の外にいるのが虫だとわかった途端、血相を変えて、結界の中心にいる俺の元に駆け寄ってきた。
「お、おい、なんで引っ付くんだ」
「悪かったから!! お願いだから!! 虫は勘弁してぇぇ!!」
「俺に言われてもな」
ミレアはへたり込み、震えながら俺の足にしがみついた。
お漏らしでもしそうなのか、やたらと股を押さえて。
ついには「中に入って来ないでぇぇ」と喚きながら暴れ出した。
何かあったらしい。
だが、今はそんなことを気にしてる場合じゃない。
「勘弁してくれって言われても、今から出るとこだぞ」
「出る!? なんで!?」
「このまま待ってたら、生物が集まってくるし、その中に結界を破壊できる生物がいるかもしれないだろ?」
「でも!! 無理なものは無理!!」
「俺の背中で目をつむってればいい。外に連れ出してやる」
「虫は?」
「強行突破」
「無理ッッッ!!」
さっきまでの強気がどこへやら、ポカポカと膝を殴るミレア。
フレアよりも若干小さい背丈だが、最初だけはフレアよりも大人ぶった振る舞いに見えた。
でも、虫は苦手なようでこの有様だ。
「まぁ、我慢してくれ。すぐに王城から出るから」
「ちょっ!! ちょっと、待って!!」
結界を解除しようとした俺を制止すると、ミレアは剣を振り上げた。
俺を殺して魔導書を奪う気かと思ったが、そうではないようだ。
剣に雷が宿り、鮮烈に輝く。
「結界を解除した瞬間に虫を倒すから、頭を低くしてて」
「わかった。はい、解除だ」
大人しく頭を低くすると、雷が四方に放たれ、黒い虫を次々と焼いていった。
元から黒いので分かりづらいが、しっかりと効果があるようで、雷が直撃した付近の虫はどんどん墜落していく。
しかし、それでも殺しきれなかった虫がミレアに迫る。
「いやぁぁぁッッッ!! 虫はやめてぇぇぇッッ!!」
ミレアはその場にうずくまり、瞳から涙がこぼれ落ちた。
しかし、虫はいつまで経ってもミレアには届かない。
「これは………結界?」
「雷で焼き払った後に、ミレアだけを覆う結界を作った。
これで安心だろ」
そう言いながら、俺は残った虫を踏み潰したり、結界で押し潰したりして始末した。
ほとんどの虫を始末したところで、結界を解除する。
「あの、なんてお礼を言ったらいいか……」
気恥ずかしそうにミレアが赤面した。
「礼はいいから、さっさと出るぞ。急がないと」
「何か用事があるんですか?」
「いや……その……味方の応援にだな」
会話する時間も惜しいので、ミレアの手を掴んだ。
さっさと引っ張って外に出ようと思ったが、ミレアの体が硬直した。
見開かれた目には恐怖が見える。
全身が強張り、泣き出す寸前のように目が潤んでいる。
「あ、あいつ、あいつが私に……」
ミレアの震える手が指差す先に、フードを被った男がいた。
「そこのお前、誰だ?」
ミレアを背後に隠し、その男に問いかける。
男からの応答はなかったものの、男の右手が正体を告げていた。
「なんだ? その右手は?
まるで寄せ集めの生物で誤魔化してるみたいだな」
「『まるで』ではなく、その通りですよ。
どうやら私のことを知っているようですね」
「あぁ、ホメイットだな。
アルクタはどうした? 倒したのか?」
「倒してないことを確信しているかのような発言、癪に障ります」
「アルクタを倒した場合、次に狙うなら集団で生物を倒してる兵士だ。
わざわざ俺とミレアに時間を割く理由はない。
それなのにお前がここに来たのは、ミレアを人質にしてアルクタと戦うつもりだから、だろ?」
はぁ、とホメイットはため息をついて口を開く。
「………もし、ミレアさんを渡してもらえるなら、あなたの命は見逃してあげましょう。
これでどうです?」
「交渉が下手だな。お前の目、殺気を隠せてないぞ」
ホメイットの手から生物がこぼれ落ちた。
爆発的に膨張する生物が廊下を破壊しながら迫る。
「う、後ろが!!」
ミレアに服を引っ張られて背後を向くと、背後の廊下には生物の壁が出来ていた。
「どうやら時間稼ぎされてたみたいだな」
「ど、どうします!?」
袖をギュッと握るミレアの手が震えていた。
「大丈夫だ。何とかする」
ミレアを抱えあげ、壁を蹴り破った。
2階なのでさほど高さはなく、1人抱えた状態でも飛び降りることは可能だった。
しかし、壁に生えた草を踏んだ瞬間、大きなくちばしが現れた。
その奥からも続々と外にいる生物がやってくる。
「外の生物が多すぎるな。逃げるのも簡単じゃなさそうだ」
「上から何か来てます!!」
ミレアの言葉の直後、大きな影が視界を塞いだ。
「クソッッッ!!」
飛来した巨大な鳥が壁にぶつかり、衝撃で俺とミレアは王城の中に戻された。
廊下の生物に挟まれる前に、反対側の壁を蹴破り、王城の更に中へと転がり込む。
「もう一度結界を張りましょう!!
時間稼ぎが出来れば何とかなるはずです!!」
「そ、そうだな」
生物の猛攻でろくに考える時間もない。
結界で少しでも時間を稼げれば……!!
そんな思いで張られた結界に生物が四方から隙間なく押し寄せた。
上下左右の全方位から結界を叩く不気味な音が響く。
「こ、これ、もちますよね……?」
「たぶんな。最悪破られたときの為に、中にもう一個結界を張るか」
結界を更に張って守りを固めると、結界を叩く音も聞こえにくくなった。
ミレアも少しは落ち着いたようで、俺の手を離さないものの、震えは収まっている。
「この状況を突破する良い案はあるか?」
「……全くないです」
「そうだよな」
こちらからは身動きの取れない状況に追い込まれた。
しかし、ホメイットも結界を破れず、やきもきしているはず。
しばらくすれば、諦めてどこかに行くだろう。
そう甘く考えていた。
突然、張り付いて結界を叩いていた生物が押しのけられた。
その後ろから、胴体だけがやたらと大きく、太っているように見える生物が結界にもたれかかる。
ミシミシと結界の軋む音が聞こえた。
「本当に大丈夫!?」
「…………………」
フレアの護衛のときに戦った巨人でも結界を破ることはできなかった。
それをホメイットが知っているかはわからない。
だが、物理で破ることはできないはず。
大きな生物のお腹に一筋の線が横に入った。
重たそうな下の肉はずり落ち、上の肉は胴体から生えた両腕によって持ち上げられる。
まるで服の下にある太ったお腹の肉を丸出しにするような格好だが、そこにあったのは贅肉ではなかった。
巨大な瞳。
一つの大きすぎる眼球が俺とミレアの姿を反射している。
「まずいッ!! 魔導書だッ!! 視線を切れッッ!!」
そう言っている間にも体がグラついた。
意識を保てず、膝が折れる。
ミレアも既に意識がないようで、結界の床に突っ伏していた。
「クソッッッ!! 意識が……!! 結界を維持できない………」
最後の抵抗に、隔絶の魔導書を異空間に放り込んだ。
直後、抗えない睡魔が押し寄せ、まぶたが落ちる。




