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辞職した魔王は魔導書を集める  作者: 小骨武(こぼねぶ)
14/29

14話 摘出



 アルクタがセリアの安全を確保して王城に戻った頃には、王城はすっかり姿を変えていた。

 王城を知っている者は自身の目を疑い、何度も周囲を確認するが、そこはやはり王城だった。

 

 白い壁面が太陽をまぶしく反射していたはずが、緑の草木が王城を取り囲み、暗い影を地面に落とす。

 草木の隙間に目をやるとそこに壁面はなく、どこまで草木が続く。

 そこは、もはや密林だった。



「炎よッッ!! 沸き起これッッ!!」



 仰々しい動作で魔導書を開いたダニエルの頭上に火球が浮かんだ。

 魔導書から生成される炎が火球に混ざり、段々と火球の明るさと大きさが増大していく。



「ユーシ、心の準備は良いな?」


「いつでも」



 王城の扉の前で、アルクタと俺はすぐに走り出せるように構えていた。


 こんな場所でのんびりしている時間はない。

 炎の魔導書を使っているダニエルも決死の思いだ。

 

 そこかしこに咲く毒々しい花からはときおり酸性の液体が噴射され、既に数名の兵士がそれを浴びて死亡している。

 他にも、人と同じサイズの虫が噛み付いてきたり、巨大な鳥が分厚い草の間から顔を出してついばんできたりする。


 こんな場所に留まるのは危険だが、中はこれよりも酷いようだ。

 

 先に到着した兵士やギルドから派遣された傭兵がかなりの数で王城に入っていった。

 しかし、帰ってきた者はいない。

 数時間後、王城の扉を開くと、そこには突入した兵士と傭兵の体の一部が転がっていた。

 先に突入した兵士と傭兵は1階を突破することすら叶わなかったのだ。


 その時点で王城に突入しようとする者はいなくなった。


 アルクタを除いて。


 当初アルクタは1人で突入しようとしていたが、さすがにそれは無理だろうと周囲が止めた。

 それから数日、精鋭を募り、突入寸前のタイミングで俺は到着した。

 ギリギリではあったが、俺も参加することになり、今に至る。



「ワシはのぉ。お主がミレアを助けたいと言ったとき、心の底から嬉しかった」



 突入直前の緊張するような瞬間だというのに、アルクタは本当に嬉しそうにそう言い、朗らかな笑みを浮かべた。



「三姉妹を守るって、セリアと約束したからな。

 それに隔絶の魔導書も借りっぱなしだし」


「そうは言っても、この任務は危険すぎる。

 どんな理由があろうとも、進んで突入したがる者はほとんどおらんかった。

 今おる者は死ぬ覚悟じゃ。

 じゃが、お主は当たり前のように、この状況で人を救おうとした。

 誰にでも出来ることではない」


「俺は操られてるミレアの相手をするだけだ。

 アルクタと兵士が敵を引き付けてくれるから何とかなる。

 俺に言わせれば、そっちの方が心配だ。

 アルクタはホメイットとホメイットが作った生物を同時に相手にする必要があるからな」


「こんな老いぼれの心配か? 嬉しいのぉ」


「アルクタが死んだら、次に標的にされるのは俺かもしれない。

 生きててもらわないと困る」


「どうして、そう突き放した言い方をするのか。

 全く、最近の若者は……」



 下らない話をしている間に火球はすっかり大きくなり、ときどき抑え切れなくなった炎がフシューッと吹き出している。

 


「それじゃあ、突入じゃな」



 アルクタが足で王城の扉を蹴破ると同時、中にいた大量の虫が飛び出してきた。



「炎よッッ!! 焼き払えッッ!!」



 ダニエルの声と共に、火球が破裂し、抑えられていた炎の柱が王城の中に送り込まれる。

 飛び出してきた大量の虫は瞬時に黒焦げになり、赤い炎が王城の中を進んでいく。

 1秒後には王城の1階の窓全てから炎が吹き出した。

 中にいた残りの生物は燃えたまま火力で外に押し出され、待ち構えていたシモーヌがトドメを刺していく。


 ダニエルが生み出した炎の噴射は数秒で終わり、炎が収まった瞬間、アルクタは王城の中へ走っていった。

 置いていかれないようにと俺も後に続き、その更に後ろを精鋭の兵士がついてくる。

 アルクタが特攻し、俺がミレアの相手をして、精鋭の兵士が生物を殲滅していく流れだ。

 どんどんと後ろにいた兵士との距離は開くが、アルクタとの距離は全く縮まらない。

 

 アルクタは焼け焦げた階段を駆け上がり、大量の生物の気配がする2階へと足を進めた。

 数秒遅れて俺が階段を上がると、既にバラバラになった生物の死骸が床を転がり、アルクタはスピードを落とすことなく、更に先へと進んでいた。



「……めちゃくちゃ速いな」



 アルクタの通った後と言えども、生物はうじゃうじゃ残っていて、その間を縫うように進んでいるので、俺のペースは少し落ちる。

 それなのに最も危険な先頭を行くアルクタは俺よりも速く、敵を斬り伏せながら廊下を進んでいた。



「ユーシ、いたぞ」



 一声の後、アルクタが飛び上がり、数秒前にいた場所を緑色の雷が走った。


 廊下の先には雷を帯びた剣を構えるミレア。


 一瞬で距離を詰め、アルクタの刀がミレアの剣とぶつかりそうになる。

 しかし、アルクタは直前で刀を引き、ミレアの剣を避けると、横を通る瞬間にがら空きの背中に回し蹴りを放った。

 背骨が折れたのではと思うほどの勢いでふっ飛ばされたミレアは床を転がるが、すぐに立ち上がり、アルクタを追いかけようとする。


 だが、透明の壁に激突し、尻もちをついた。



「アルクタに会いたかったら、先に俺を倒さないとな」



 隔絶の魔導書で廊下に俺とミレアを覆うように大きな結界を張った。


 ミレアは透明の壁を剣で斬りつけたが、突破が不可能なことを悟ると俺の方に向き直った。

 翡翠(ひすい)色の髪から緑色の雷がバチバチと音を立てて放電している。

 ミレアは剣を俺の方に突き立てて構えた。



「やる気なとこ悪いが、普通に戦うつもりはない」



 アルクタの話では、ホメイットは魔導書で作った生物を体内に入れることで、対象を操っているらしい。

 炎の魔導書のときに寄生体を操っていたのもホメイットで間違いない。

 操られたミレアを救うためには、体内に寄生している生物を殺す必要がある。


 アルクタには魔導書で捕まえた後に、体内の生物を殺すことでミレアを救うと言っておいた。

 だが、そんなことをしなくとも、もっと簡単に生物を引き剥がすことが可能だ。


 俺は空いてる右手で異空間を開き、そこから一冊の魔導書を手に取る。



「決闘の魔導書、発動!!」



 右手に持つ魔導書から大量の血が噴き出し、左手の隔絶の魔導書で作った結界の中に、更に結界を作り出す。

 血の濁流に飲まれたミレアが雷を四方に放ち、暴れ回る。

 しかし、血の結界が完成した後も、ミレアを拘束する血の濁流は収まらない。


 次に血の濁流はミレアの口から体内へと侵入した。

 ミレアは反射的に吐き出そうとするも、血の勢いが強く、血の入り込んだお腹が膨らんでいく。

 お腹がパンパンに膨れると血の勢いはピタリと止まり、直後に逆流を開始した。

 体内にある血が一塊になって食道を登り、暴れるミレアの体内から小さな卵を引きずり出す。



「ようやくお出ましだな」



 決闘の魔導書では一対一の戦闘しかできない。

 そして、俺が指定した相手はミレアの体内に潜む生物だ。

 一対一の状況を作る為に、決闘の魔導書はその生物を引きずり出した。

 アルクタの予想通り、ミレアは炎の魔導書を奪った犯人ほど深く寄生されていなかったようだ。


 生物が体外に出たミレアは糸が切れたように倒れ、そのまま血の海に沈んでいき、結界の外に出される。

 残った卵にはピキッとヒビが入り、中から何かが出ようとしていた。


 しかし、それを待つことなく、卵をグチャリと踏み潰す。

 念入りに踏み潰し、靴に死骸が引っ付き始めた頃、ようやく血の魔導書で作った結界が崩れた。



「今回のも雑魚だったな。寄生体は操るのが専門か」



 床に倒れたミレアの胸が上下していた。

 うぅ……と呻いており、そのうち目が覚めそうだ。


 さっさとミレアをここから運び出そうと、背負った瞬間、細い腕が俺の首を締め上げた。

 反射的にぶん投げると、雷が全身を走り、ビリビリと手足が痺れる。



「あなた、私をあんな目に合わせて生きて帰れると思ってる?」



 冷たい声音でそう言うと、ミレアは剣の切っ先をこちらに向けた。


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