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辞職した魔王は魔導書を集める  作者: 小骨武(こぼねぶ)
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11話 再びの護衛


 男が1人、朽ちた教会をよろめきながら歩いていた。

 外傷はないものの、腹を抑えて苦しそうなうめき声を漏らす。



「リーファイ、大丈夫ですか?」



 教会で1人たたずむ人物が、よろめいているリーファイに声をかけた。

 リーファイは苦々しい表情で首をふる。



「ホメイット様、作戦に失敗しました。

 新入りが予想と違い相当なやり手で」



 歩くのも辛そうなリーファイにホメイットは歩み寄る。

 反射的に膝を付き崇拝の構えを取るリーファイに、ホメイットは手をかざした。



「い、痛みが和らぎます………!! 

 これが、ホメイット様の力!!」


「ただの回復魔法です。

 潜入調査に加えて、得意ではない戦闘まで任せてしまったようですね。

 当然、これぐらいはしますよ」



 薄暗い教会の中で、ホメイットは柔和に微笑む。

 慈母のような優しさをたたえた笑みに、リーファイは心の中を太陽で照らされたような気分になった。

 しかし、ホメイットは一転、表情を曇らせてリーファイに告げる。

 


「敵が動き始めました。

 今日だけで信者が何人も殺されています」


「老いぼれ勇者のアルクタですね?」



 リーファイの問いに、ホメイットは深く頷く。



「昔はアルクタのことを友と思っていました。

 しかし、気が付けば私と彼は別れ、敵になってしまった。

 悲しいことです」


「友でありながら、ホメイット様に仇なすとは……なんと……!!」


「敵となってしまった今、過去は捨てねばなりません。

 いずれはアルクタを討ちます。

 しかし、優先すべきは革命」


「人類が勝利するための礎を築けば、自然とアルクタを抹殺する準備も整う算段ですね?」


「えぇ、そのためにあなたには最後の役目を授けます」


「最後の役目?」



 最後という言葉にリーファイは違和感を覚えた。

 言葉通りなら人類の勝利を見届けることはできない。

 それは自身の悲願を達成できないという意味。



「ホメイット様、それは……」



 どうにか断りの言葉を述べようとしたが、ホメイットが差し出した"卵"を見た途端、そんな気持ちは失せていた。

 ただの鶏卵に見えるそれは、リーファイには黄金に輝いて見えた。

 そして、吸い寄せられるように卵へと近づく。

 いつの間にか開いていた口の中に、ホメイットは卵を押し込んだ。


 息ができなくなり、苦しみに涙が漏れる。

 体は吐き出そうとしているのに、一度口に入った卵はそのまま奥へと突き進んでいく。

 ようやく喉を過ぎたところで、リーファイは生きかえったような心地で天を見上げる。


 それを遮るようにホメイットが微笑みかけた。


 その瞬間、リーファイはその笑みが作り物だと気付いた。

 そしてもう一つ、自分が以前にも同じ気付きをしたことを思い出した。


 正体不明の物を飲み込んだという事実に悪寒が込み上げる。

 喉の奥に指を突っ込み、胃に入った卵を吐き出そうとするが、吐きそうになるばかりで何も出てこない。


 そこで初めて、リーファイの頭にとある疑問が浮かんだ。

 出てくるはずのない疑問に、自分が取り返しのつかない状況だと理解する。

 体の震えが止まらず、未知への恐怖でホメイットと名乗る男を直視することも叶わない。

 それでも、リーファイは尋ねるしかなかった。



「………お前は……誰だ…?」



 その言葉を聞いて、ホメイットは笑みを深くした。

 影のかかった邪悪な笑みを。

 直後、リーファイの意識は途切れた。



  *  *  *  *  *  



 幹部を取り逃した一件の後、俺は一時的にアルクタのパーティーから外された。

 身内の裏切り者を処理するとのことで、その間、俺は護衛の任務を受けることに。



「ユーシ、これ持って」



 荷物をえいやっと俺に投げつけるその人物こそ護衛対象で、なんと…………フレアだった。

 とある町の祝典にフレアが出席するのだが、そこが革命軍に狙われる可能性が高いというのがアルクタの予想だ。


 今回の護衛はちゃんとした人選がされており、俺よりも大きな体で筋肉隆々の人物ばかりだ。

 そこにアルクタの命令で放り込まれたせいで、俺だけ明らかに浮いていた。

 扱いとしてはフレアの友達みたいな感じで、護衛仲間からは「勝手にしたら?」といった雑な対応をされている。

 


「ユーシ、これも」



 雑な扱いで言えば、フレアも負けてはいない。

 他の護衛が俺をフレアのお友達扱いする中、フレアは俺を荷物持ち扱いしていた。

 両手に握る荷物は段々と増えていて、フレアが購入した荷物で護衛どころではない。



「買い物はほどほどにしてくれないか?」


「うるさいわね。どうせ護衛は他がするんだから荷物ぐらい持ちなさいよ」



 そう言っては、近くの店で何か買って俺の荷物を増やす。

 絶対嫌がらせだ。



「もう少し危機感があってもいいんじゃないか?

 革命軍に狙われてるかもしれないんだぞ」


「来たら殺せばいいでしょ。そのための護衛じゃない」


「殺すって……ほら、勇者アルクタの指示で来てるんだぞ。

 護衛じゃ足りないって意味だと思うけどな」


「知らないわよ。そんなジジイ」


「ジジイって知ってるじゃねぇか」



 フレアはプイッとそっぽを向いた。

 俺の指示には意地でも従いたくないらしい。


 その後、なんとか執事に荷物を預けることに成功し、嫌そうな表情のフレアの斜め後ろを手ぶらでついていった。

 相変わらずフレアは不満そうだが、何かを思い出したように俺の顔色を伺い始めた。



「セリアから聞いたわよ」


「聞いた?」


「私たち三姉妹を守ってくれるそうね」


「う~ん、……まぁな」



 セリアの行動は魔導書で封じているため、具体的な内容は話せないはず。

 だから、おそらく、ざっくりとした話をしたのだろう。

 俺が三姉妹の護衛をする、みたいな。



「それで、あなたはミレアに会ったの?」



 ミレアは三姉妹の一番下の娘だ。

 セリアに聞いた話だとフレアよりも年齢は少し下だが、その割にはしっかり者らしい。

 


「いや、会ってないな。ミレアは家出の最中って聞いたが?

 ってか、王女様が家出ってできるんだな」


「できる訳ないでしょ。普通。

 でも、ミレアはどこかに行っちゃったのよ。

 しっかりしてる子だから、脱出も上手いことやって逃げたのね」



 思いの外、フレアはミレアの心配をしていないように見える。

 


「心配じゃないのか? 酷い目にあってるかもしれないぞ?」



 俺の軽い脅し文句をフレアは横目で笑う。

 


「ミレアはしっかり者だから心配ないわ。

 それにちゃんと戦えるもの。

 心配なのは無理して倒れてないかぐらいよ」



 ミレアへの評価は意外と高いようで、俺を小馬鹿にしながら、ミレアのことを得意げに語る。

 セリアも同じように、ミレアはしっかり者だと言っていた。

 俺もそこまで心配しなくてもいいのかもしれない。

 一応、セリアとの約束で三姉妹を守ると言った以上、ミレアのことも気にしていたが、ほどほどにしておこう。



「俺は会ったことないけど、ミレアはどんな奴なんだ?」


翡翠(ひすい)色の綺麗な髪の子よ。

 戦闘も私が仕込んだからけっこうやるわ。

 でも、一番下の癖に私とセリアを守るって生意気なこと言ってた」



 ふと、気になったことを尋ねた。



「フレアはミレアと会いたくないのか?」



 もしかしたら仲が悪いとか? と気になったのだ。

 しかし、言った瞬間、フレアにギロッと睨まれた。

 殺意のこもった視線が怖いが、フレアは淡々と話を続ける。



「もちろん会いたいわよ。でも、王女なんていいことないわ。

 どこかで元気にしてくれてるのが一番ってだけ」


「じゃあ、妹思いってことか」


「なんかその私を試す感じ、嫌い。

 うっとうしい。近寄らないで」



 俺の怪我が治って王城を出るくらいの頃は、フレアとの関係は可もなく不可もなくって感じだった。

 それが久しぶりに会ってみると、俺にだけやたらとツンツン尖った性格に変わっていた。

 


「まぁ、そう言うなって」



 ちっこいフレアの頭を撫でてやると、びっくりしたフレアは直後、顔を真っ赤にして怒り、犬歯をむき出しにして威嚇してきた。

 もちろん、俺の膝を蹴ることも忘れない。

 接触時には熱を注ぎ込まれたが、熱魔法への耐性を獲得した俺には効かない。

 平気な顔をしてみせると、フレアはショックを受けたようで悔しそうにぷるぷると震えて、追加の蹴りを数発。

 見かねた護衛が止めに入るまでそれは続いた。


 だが、俺はほぼ無傷。

 熱魔法への耐性があれば、お子様のキックなど怖くない。



「な、なんで効かないのよッッ!?」



 涙目になったフレアが悔しそうにポカポカと俺の腕を殴る。

 あぁ、軽い軽い。

 だが、他の護衛からの「コイツ、何しに来たんだ……?」って視線が痛い。


 その後、近くの店でお菓子を買ってフレアに渡し、どうにか機嫌を取ることに成功した。

 とは言っても、口をきいてくれなくなったが。


 その日は特に問題なく、任務を終えた。

 祝典は明日のため、護衛の本番はまだだ。


 だが、正直なところ、俺はあまり心配していなかった。

 フレアの実力が本物だと言うことは知ってるし、護衛も本当に強いことはわかる。



「逆にどんな相手ならピンチになるのか、知りたいぐらいだ」



 余裕の欠伸を天井に放ち、床に就いた。


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