10話 反乱分子
拳から立ち昇る熱気に怯んだように幹部の男は後ずさりした。
「大人しく捕まってくれるなら乱暴はしない」
俺の目的は捕獲して情報を引き出すこと。
幹部の男次第では戦闘を避けられる。
しかし、幹部の男は俺の提案に首を振った。
「こっちは幹部なんだよ。そうゆう訳にいくか」
幹部の男の体がまた半透明に変わる。
熱を叩き込んだ胴体部分は濁っているため視認できるが、手足はほぼ透明のため正確な間合いを掴めない。
それでも俺は素早く距離を詰めて攻撃を続ける。
「当たってないぞ? それじゃあ熱血も意味ないなぁ!!」
煽ってくるが、ここで手を止めるのは悪手だ。
距離を離されたら透明になって逃げられる。
不意打ちの熱で仕留める予定だったが、火力が全く足りていなかった。
「クソッッ!! フレアのようには行かないか!!」
俺は魔物の中でも特殊な肉体を持つ。
回復力や強靭さ、そして、ダメージを受けた後の耐性獲得。
フレアとの戦闘後、俺の体は熱への耐性を獲得していた。
そのおかげで、俺も自分の体に熱をこもらせて戦うことができる。
だが、フレアの熱血とは異なる。
幹部の男に言ったのは真っ赤な嘘だ。
フレアの強さは、熱血 ✕ 熱魔法への耐性 ✕ 身体能力 によって生み出されている。
一方の俺は熱魔法をただ使っているに過ぎない。
熱魔法 ✕ 熱魔法への耐性 + 身体能力 だ。
フレアのような身体能力向上は俺には無理だ。
だが、接触によって熱を送り込めるなら、攻め手を増やせる。
力の入っていない拳を伸ばすと、幹部の男はそれを避けようと余分に後退する。
しかし、咄嗟の反応のため、動きは緩慢で体は浮いていた。
そこを素早く踏み込み、本気の拳で撃ち抜く。
拳には肋骨を数本折った感触があった。
「そろそろ大人しく捕まったらどうだ!! 死ぬぞ?」
「その話はもう終わっている!!」
幹部の男が胸を抑えて屈んだと思った瞬間、足元から玉が転がってきた。
思い出すのは、屋敷でダニエルとシモーヌが襲った瞬間に噴射された煙。
「煙で逃げる気か!!」
見失わないようにと駆け寄った瞬間、玉が爆発した。
鋭い爆音と視界を白く染める閃光。
罠かッ!! と気付いた時点で目と耳をやられていた。
足の感触でギリギリ平行感覚を保てているが、かなりキツイ状況だ。
だが、足を踏ん張り、拳を構える。
視覚と聴覚がなくても、触覚は残っている。
やられるより早くやればいい。
攻撃された瞬間に反撃で仕留める。
緊張で時間感覚が伸びていくが、それでも10秒ほど経ったのはわかった。
白一色だった視界に色が付き始め、くぐもった音も少しずつ明瞭になっていく。
「………逃げられたか」
どの方向に逃げたかもわからず、相手は透明となれば諦めるしかない。
屋敷へ帰る頃には日は傾いていた。
そして、屋敷を囲むように人だかり。
銃の発砲音があったから、人が集まるのは自然だ。
だが、もう発砲音はなく、屋敷からその他の音は聞こえてこない。
戦闘は終わっているようだ。
背伸びして屋敷の入口を見ると、銃を持った死体が大量に転がっていた。
「そこの男を通してやってくれ」
すぐに俺を見つけたアルクタが、刀の手入れをしながら声をかけてきた。
人だかりを掻き分け、アルクタに幹部の男を逃したと伝えた。
「ん? なんじゃ追っておったのか!?
てっきり驚いて逃げたもんじゃと!!」
馬鹿にしてんのかと腹が立ったが、淡々と幹部の男との戦闘について報告した。
「ふむ、本当に追っておったようじゃな。
さっきのワシの言葉は忘れてくれ。
でもな? 心配しとったんじゃ」
「任務で来てるんだから、子供扱いはやめてくれ」
「いやいや、そうじゃなくてな?
今回の作戦、どうやら敵に筒抜けだったようなんじゃ」
確かに、銃を持った部隊がタイミングよく入ってくるなんて情報が漏れていたとしか考えられない。
それに、幹部の男はシモーヌに化けていた。
あれならいくらでも潜入できる。
情報が漏れていてもおかしくはない。
「ユーシとワシらは今回会うのが初めてじゃ。
敵からしたら一番殺しやすいと思われたはず」
「実際に俺は誘い出されたしな」
「そうなったら見分けなど付くはずもない。
背後からブスッとやられることじゃろう。
じゃから、死ぬぐらいなら逃げていて欲しかったんじゃ」
「まぁ、見抜いたけどな?」
俺の言葉にアルクタはニヤリと笑った。
「何故わかった?」
「なんとなく。
シモーヌなら兄のダニエルも連れて行くだろうと。
少なくとも俺を優先して逃がそうとはしないと思っただけだ」
「ホホ、もう少し信用してやれ」
「そのうちな」
アルクタはおほんと咳払いをして、話を続ける。
「さてと、今回の任務、どうじゃった?」
「どうも何も終わってないだろ?
逃げられて終われるか」
「戦闘してみた感想じゃよ。
『命の危険を感じた』とか、『こんな任務やってられるか!!』とか」
「いや、特に」
「肝が座っておるな。
ここまでは任務への仮参加として見とった。
じゃが、ユーシは十分に戦えるようじゃ。
正式にお主を認めよう」
「今までは認めてなかったのかよ」
「まぁな。それでユーシには教えてなかったことがある。
敵についてじゃ」
言われてみれば、何も知らずに戦っていた。
大したことないだろうと簡単に考えて。
だが、実際に相手にしてみると、銃や閃光手榴弾など古臭い武器と魔法を併用するかなり手練れの戦闘集団という印象。
「奴らは色々とあるのじゃが、端的に言えば、奴らは『革命軍』といったところじゃな」
「革命? 今か?」
「ユーシもそう思うじゃろう?
魔物との戦が負けと決まったような今、革命を起こす意味などない。
じゃが、奴らは人を殺し、残された幸せを奪い、叶わぬ夢に手を伸ばす。
止めねばならんのじゃ」
「理由はどうでもいい。敵を全員倒すだけだ」
「ホホ、そうじゃな。
じゃが、全員殺さなくても良いかもしれん」
「幹部と親玉を殺せば止まるのか?」
「そうじゃ。特に革命軍を率いる男、教祖ホメイットさえ倒せれば」
アルクタはどこか遠くを眺めながらそう言った。