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辞職した魔王は魔導書を集める  作者: 小骨武(こぼねぶ)
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1話 辞職


 魔王城の一室。

 俺はそこで机に足を乗っけて、天井を眺めていた。


 ………あぁ、暇だな〜。


 なんて思いながら。全然暇じゃないけど。


 近くでは側近のナナタが忙しそうに書類を処理している。

 俺が頑張って積み上げた書類仕事の山を一人で切り崩そうと言うのだ。

 『俺の努力を返せ!!』なんて言おうものなら、拳が飛んでくるだろう。

 ()()()()積んだのだが、それをナナタが理解するはずもなく。


 ……この後、予定あるんだよなぁ。

 ナナタ、帰ってくれないかなぁ。


 何度目かの思考を繰り返し、ため息が漏れた。

 

 ………もういっか。適当で行こう。



「……辞めるわ」



 書類から険しい顔を上げたナナタは、イケメン顔を怪訝そうに歪め、問いかけてくる。



「辞める? 何を?」


「魔王を」


「頭ぶつけました? 

 それとも、何か嫌なことありました?

 相談ぐらいなら聞きますよ」


「なにもないって。辞めるだけ」



 ぶっきらぼうに言うと、ナナタの額に青筋が浮かんだ。



「何もない訳ないでしょッッ!?

 状況わかってますよねッ!?

 あとちょっとで魔物の完全勝利ですよ?

 攻めれば勝てる状況まで来たんですよッ!!

 なんで今、勝負を降りるんですかッッ!?」


「降りるわけじゃない。

 俺が魔王を辞めれば、誰かが次の魔王になる。

 そいつが俺の代わりに最後の一手を決めてくれるさ」


「自分でやればいいでしょッッッ!!」



 速攻でツッコまれた。

 あまりの正論に返す言葉がない。

 しかし、これは長年の計画。

 ここは強引に。



「あとは……任せたぁぁぁッッ!!」



 ナナタに物理的に止められる前に、俺は文字通り魔王城を飛び出した。

 本を一冊開きながら空中を飛び、いくつもの魔物の国を飛び越え、目指すは彼の地。


 人の国アルヴァート。


 アルヴァートに潜入するため、周辺で細々と生き残っている村の住民に偽の記憶を仕込んだ。

 俺がそこで育ち、アルヴァートの生活に憧れている武闘家という記憶を。

 

 外見だが、俺は人に近い種族で、違いといえば額に小さな角が生えていることぐらいだ。

 体の強靭さは人と比較にはならないが、そこは体を鍛えたという設定でごまかす。


 あとは魔法で角を軽く偽装して、小さなコブみたいにすれば、魔物だとバレることはない。

 誰がどう見ても、武闘派の青年って見た目だ。


 ちなみに、名前は『ユーシ』にした。

 ユーシモアという魔王の名前をそのまま使う訳にはいかない。



「さぁて、急がないとな」



 入国には1週間ぐらいかかったが、その間、魔物の動きはなかった。

 確実にアルヴァートを滅ぼせる状況を作ったことが効いている。

 勝利の栄光を求めて、魔物は仲間割れを起こしているのだろう。


 その時間が、俺がアルヴァートで活動できる時間となる。


 潜入に成功した俺は、次の日には傭兵の試験を受けに来ていた。

 王城から近い場所にある、傭兵の仕事を斡旋している"ギルド"。

 国からの依頼を受けることもある立派なギルドだ。



「この辺りか」



 試験場所の空き地へと入る。

 戦闘訓練に使っている場所のようで、傭兵の見物人が多い。

 そして、その中心で試験官ナタリエルが待っていた。


 他の傭兵が半裸に近い楽な格好をしている中、こいつだけは鎧で全身を覆っている。

 事前の情報がなければ、こいつが男だというのも分からないほどのガッチリとした鎧だ。

 ……俺は拳で戦うって伝えたはずだけど。



「………始めよう」

 

 

 試験官の男は重厚な見た目のわりに、かすれたような小さな声で告げた。



「ま、いっか。戦えるってことを見せるだけだ」



 俺は拳を握り、戦闘態勢をとる。


 周囲の傭兵は黙り込み、2秒ほど静寂が訪れた。

 試験官の動く気配がないので、俺から仕掛ける。


 

「フンッッッッッッ!!」



 予備動作を最低限に、試験官が見失ってしまうほどの速さで素早く懐に飛び込んだ。


 試験官が身につけている兜の隙間は細く、ちゃんと見えているとは思えない。

 見えていないなら、俊敏な動きには対応できないはず。


 左足でブレーキをかけるように強く踏み込み、右拳を握り込む。

 姿勢を低く保ち、腰を回転させて、渾身の正拳突きを放った。


 バコッッッ!!


 と確かな手応えがあったが、試験官はいつの間にか腕を十字に構え、正拳突きを受け止めていた。


 0.1秒の攻防。


 俺の正拳突きとそれに対応した試験官に、『やるじゃねぇか!!』と周囲から声があがる。


 キッチリとガードされたが、今ので実力は伝わっただろう。

 鎧はガッツリ凹んでいて、常人ならガードした腕も骨折するぐらいの威力だ。

 これ以上やれば、怪我の恐れもある。

 俺にはないが、試験官にな。

 

 しかし、試験官から合格の声は聞こえない。

 代わりに、カチャッと剣に手をかける音が聞こえた。

 さすがに周囲がザワザワと騒ぎ始めたが、試験官は構えを崩さない。



「待ってくれ!! まさか、素手の相手に剣を抜くつもりか!?」



 うろたえて見せたが返答はなく、試験官はジリジリと寄ってくる。

 ここで逃げても周囲の反応を見れば合格なのは分かる。

 安全策なら降参。


 だが、これは逆にチャンスだ。

 ここでこいつを倒せば、俺の実力を更に見せれる。

 いちいち実績を積む手間も省けるだろう。


 俺は後退をやめて、試験官の剣の間合いに入った。

 試験官は一呼吸を置いたのち、抜刀する。

 空気を切り裂く音すら聞こえず、目にも止まらない速さの薙ぎ払い。

 それを勘で後ろに下がって避けた。


 今の攻撃、周囲は剣が消えて見えるほどの速さだと思っただろう。

 しかし、一般人よりも圧倒的に動体視力の良い俺にも、"剣が消えて"見えた。

 剣の握る部分は手のひらに収まっていたのだが、その先にあるはずの刀身が消えていた。


 加えて、直感が言っている。

 もし剣の軌道上にいたら切られていた、と。


 試験官は無言で距離を詰めてくる。


 ……なんだろう。

 うっすらと殺気を感じる。

 何かがおかしい。

 だが、ここで勝つ以外の選択肢はない。


 試験官の剣が高速で動く。

 その瞬間の俺の動体視力は、時が止まったように試験官の動きを鮮明に捉えた。

 それでも刀身は見えない。


 だが、空間が歪んでいた。

 まるで水の中を何かが進むように、空間が歪みながら迫ってくる。


 ───なるほど。理解した。


 この試験官は刀身を異空間に潜らせている。

 そして、その異空間を切り開くようにして、剣を薙ぎ払っている。


 空間が開くから、その場所にいれば真っ二つだ。

 しかも、刀身がこちらの空間にないため、防御はできず、目視もできず、見えない攻撃を勘で回避するしかない。

 

 これほどの至上の技をアルヴァートで見れるとは思わなかった。

 剣と異空間を操る魔法の組み合わせ。

 洗練された戦闘技術だ。


 なんて、考えていたが、



 ……………うん???



 魔王をやめる前にアルヴァート内の戦力は調査させたはず。

 こんな人間いたか?

 ……待て………ナタリエルって名前、聞いた覚えがある。

 ……そうか。そうゆうことか。



 試験官の動きがピタッと止まった。

 周囲からは今の一瞬で俺が切られたように見えただろう。



「ほぉ……僕の剣を白刃取りですか」



 剣は根本から折れて、その刀身は俺の手のひらに収まっていた。

 俺とナタリエルは互いにそれ以上語らない。

 そして、その日、俺は傭兵として採用された。


 夜。

 ギルドの宿舎を利用することになった俺は、試験官の男ナタリエルの部屋を訪ねた。



「ユーシさん、さすがでした。

 まさか異空間に潜らせた刀身を、ユーシさんからも()()()()()()、手を突っ込んで勘で白刃取りされるとは」



 小さかった声は普通の声量に戻っていた。


 ナタリエルの言う通り、俺は対人での手加減をやめて、本気で対応した。

 幸い、速すぎて見物人は何もわかっていない様子だった。

 


「もう演技はやめろ。

 こんな所で何やってるんだよ、ナナタ」



 試験官の男ナタリエルが頭の鎧を取ると、そこからは見慣れた銀黒色の肌とイケメン顔が現れた。



「『何やってる』はこっちのセリフです。

 アルヴァートに潜入して何が目的です?

 いい加減教えてもらえますか?」



 ここにいるのは正真正銘、俺の元側近『ナナタ』だ。


 ナナタには計画を一切話していなかったが、状況が変わった。

 ナナタが『ナタリエル』として、ここにいるなら、隠すよりも話すほうがいい。



「わかった。教えるよ。

 俺がアルヴァートに来たのは……………。

 『魔導書』を収集するためだ」



 俺は長年の計画の一端をナナタに語った。 


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