埋もれた真実
妹を欲しがる一人娘のために父親は人形工房にとある特別な人形を購入した。それは、成長するマリオネットだ。成長魔法をかけた人形は人の言葉を覚え人間と同じように生活をした。
父親は息子が欲しかったため、中性的な見た目の人形にカールと名付け男として育てようとした。しかし、妹が欲しかった娘は父親がいない間にカーラと呼ぶことにした。
「あなたの名前はカーラよ。これからよろしくね」
毎日魔法をかけ直さないと動かなくなってしまうカーラは毎日の食事で魔法を補うことにした。しかし、ある時人形工房からある致命的な欠点を知らされることになる。
「この人形に一定以上の魔法をかけたり、教えたりすると二度と魔法を扱えなくなり、ただの人形に戻ってしまいます。あまり、魔法を教えるのは得策とは言えません」
その頃駆け出しだったザカリーにとって、成長する人形を制作できたことは大成功の類いだった。が、どうしても取り消すことの出来ない致命的なミスを伝えるのを嫌がり、助手だったミュリエルにその役を押し付けた。
女性として人形工房で働き始めたミュリエルことマイクにとっても初めて雑用を押し付けられたわだかまりのある初日となった。
「尾黒さん、……その人形、大事になさってくださいね」
人形を購入した尾黒と言う男性にルチアという一人娘がいることを知らないマイクは言いかけた言葉を飲み込んだ。誰しもが誰にも言いたくない秘密があるのだから。
それが、カーラが魔法を使うことができなくなった主な理由の一つである。呪いのせいでも何でもなかった。カーラは人形なのだから呪いにかかって魔物化する謂われなど初めからなかったのだ。
その後、パン・シール教団は跡形もなく消え去った。最初からなかったかのように。歴史書からもその記述は消え、人々の記憶から教団と魔物の記憶は消え失せた。しかし、魔物が破壊した痕跡はそのままだったため、国家の建て直しが図られた。最初の内は窃盗が横行したが、自衛団体が目を光らせたため秩序が徐々に取り戻された。
魔物化した人々は失踪したものとして片付けられようとした。それに反対したのがエリアとルチアだった。パン・シール教団の記憶を保持した者として記憶を形骸化させてはいけないと、パン・シール教団の悪行を伝えることにしたのだ。もちろんそこにはアールも手伝った。破壊された自然を再生させるための活動を始めたのだ。体は空から降ってきた聖水の雨により元に戻ったが、まだ万全の状態とは言い難く日の光に目が眩む事が多かった。
それでも、ルチア、エリア、アールとミラはそれぞれの長所を生かして活動をした。
ジョシュアとトミーはその活動には加わらず、それぞれの生活を始めた。カリドゥス国に飛ばされたジェレミーとジェロニモは北方の民のミュゼッタに見つけられ、その地で生きていく決意をした。ミュリエルとパツィ改めマイクとパトリックも、それぞれの道を歩んだ。
カーラはどうなっただろうか? 人形工房の助手だったミュリエルの言葉が本当ならば今ごろ普通の人形に戻っている頃合いだ。
結論から言うとカーラは人形には戻らなかった。それどころか、二度も捨てられたランコアと暮らすことになった。ドクター・ハイネや友人であるダニエラをころしてしまった心の傷は容易には癒すことは出来なかった。が、除け者同士として惹かれあったのか、ウィルと名乗り始めたランコアと暮らすことには何の蟠りもなかった。
聖水の雨のおかげで普通の人間に戻ったウィルは、町の再建活動を始めたカーラに焼きもちしていた。
「そんなに僕と一緒にいるのが嫌なの?」
「そうじゃないって。何かしてないとついダラダラしてしまうから町のために何かしたくって。だからマイクって人の活動に参加することにしたの。夕方には帰ってくるんだし、食料も貰えるんだから、あの人にとっても私たちにとってもウィンウィンでしょ」
「僕は退屈なんだけどなぁー。遊ぶところが魔物に壊されちゃってないんだよねー。ねぇ、遊び場を造って! お願いだからさー」
「仕方ないなー。じゃ、マイクに頼んでおくね」
魔物を造ったのはウィルにも責任があるが、あまりその事を問い詰めたくないカーラはウィルの頼みに同意することにした。害がある頼みは別として。
「やったー! じゃあ、AI広場を作ってよ! 最新式でさ!」
「そんな技術は持ってませーん!」
「ケチー!」
カーラが部屋の中でゴロゴロしていたくないのには訳がある。忙しくしていないとあの時の事を考えてしまうからだ。ダニエラの事をついふとした時に考えてしまう。だからこそ、忙しくして考えないようにしているのだ。魔物化したとはいえ、友人をころしたという事実を。
人が住まなくなった廃墟に住むと何かと不便だ。電気やガスが通らないし暖房も使えない。半魔として暮らしていたウィルには普通の暮らしという概念がないのか、カーラが生活必需品を手に入れようとすればするほど、一緒にいたいと駄々をこねた。
「そんなに私と一緒にいたいなら、再建活動を手伝ってよ。手伝ってくれるとお菓子も貰えるから」
「えー。ヤダー」
お菓子には釣られないとばかりにそっぽを向く。けれども、部屋に一人だけでいるのは嫌なのは目に見えて態度に出ていた。
「じゃあ、お菓子はなしね」
「い、行くってば! さっきのは嘘だから! お菓子欲しい!」
「じゃあ、さっそく出かけよう!」
指定された通学していた学校があった場所に向かう。魔物騒動のせいで校舎の窓ガラスが割れ、壁にヒビが入っていた。
「あ、がらくた集めに来た人だよね? この袋になるべく多くかき集めてね。昼食は出すよ」
マイクはカーラとウィルに袋を渡した。頑丈な布で出来ているその袋は手にした瞬間に重みをずっしりと感じた。
「……この校舎、また使えそうですか?」
「もしかして、この学校の学生さん? それは当分の間厳しいかもね。生徒や先生、ほとんどいなくなってしまったようだしね」
その言葉を聞かなくても想像は出来ていた。パン・シール教団の悪行のせいで多くの人たちが魔物化したり、ころされたりしたのだ。
「ジェイルの奴、どこにいるんだろう……」
あのとき以来、ジェイルはおろか、魔物の姿は見かけなくなった。そして、魔物化した人たちが戻ってくることはなかった。まるで初めからいなかったかのように。
「そんなの聞かないに越したことないよ。どうせ別の時代で魔物を増やしてるんだから」
能天気にも聞こえるウィルの発言に胸が傷んだ。出来ることなら奴を捕まえて反省させたい。それが出来ないもどかしさにカーラは唇を噛んだ。
カーラの正義感はただのエゴかもしれない。それでも、カーラは魔物の保護活動のために人命を軽視していいなんて一つも思えなかった。
「あ、アール! 慎重に動いてよ! ただでさえ多い瓦礫が増えてしまう!」
マイクの大声でカーラは、ハッと顔を上げた。確かにそこにいたのはあの巨人だった。どうやら何か破壊しかけたらしい。巨人の皮膚の色はあの時の灰色ではなく土気色だったが、いくぶん不気味さは消え失せていた。
「ごめんってばー! 今度は気を付けるよ!」
そう言った矢先にアールはまたしても壁を破壊してしまった。校舎が半壊していたのは半分巨人のせいかもしれないとカーラは感じた。
「ご、ごめん! 次は慎重に動くよ!」
ガシャンッ。今度はいっそうひどくレンガが崩れた。見た感じ修復不可能だ。自分がしたことに決まりの悪さを感じたアールはうつむいた。
「アール兄ちゃん、あたしは兄ちゃんがキシになれなくても十分かっこいいって思ってるよ!」
「ミラ、ありがとう! おれ、心の中で騎士になるよ!」
どんなに落ち込んだとしても立ち直れる。カーラは魔道士になることを諦めた。アールは騎士にはなれなかった。必死に頑張っても叶わない夢があるかもしれない。思わぬ障害に阻まれるかもしれない。それでも、未来があるかぎり志が消えることはない。
埋もれた真実はいつか陽の目を見る日がくるのだから。
善意を装った悪事がいつか消えることを願いながら、カーラとアールは瓦礫を片付け続けた。




