それぞれの幸せの違い
魔法銃で撃っても次々と出没してくる魔物にカーラは疲弊していた。隣で魔物を殴っている巨人は全く疲れというものを知らないのだろうか。少しはなれた場所ではエルフが弓を射り、獣人族らしき娘が魔物に噛みついていた。
そんな中魔物と戦っていない二人、つまり縄で縛られているヨエルと負傷して動けないエイドリアンが二人きりになった。正確には魔法が切れて動かなくなった人形のテレージアがそばにいた。
「おい、そこのお前。動けるか?」
縛られながらも不遜な態度を崩していないヨエルが横になっているエイドリアンに話しかけた。
「何だよ。俺に用でもあるのか」
不躾な態度で話しかけられたせいで不機嫌になったエイドリアンはそっぽを向きながら言った。
「もし動けるならその人形の持っているハサミを取って欲しい。……縄を切りたいからな」
「そんなのお前が人形から取ればいいだけだろ。足は縛られてないんだろ。後ろ向きで取れないこともないだろ」
確かにヨエルの足は縛られていなかった。しかし、エイドリアンが見落としていたことが一つだけある。それは、ヨエルを縛った縄は隣の木にくくってあり、歩いていっても人形の所まで届かない事だ。
「俺は怪我人なんだ。動くのも辛いんだ。だから諦めろよ」
見ず知らずの赤の他人のために動きたくないエイドリアンは語気を強めて言った。いくら強気な女性でも強く突っぱねられたら諦めるはずという期待を込めてのことだった。
「お前はつい先程、あのエルフの治療によって怪我が良くなったはずだ」
「……。まだ怪我が疼くんだよ」
「あのエルフは全く傷痕も残さないほどに治したみたいだが? ついでに呪いも解いたみたいだな」
ヨエルは諦めの悪い性格なのか、必ずエイドリアンにハサミを取ってもらおうとしているのが言葉の端々から感じ取れた。おそらくエイドリアンが根を上げるまでハサミを取れと言い続けるだろう。
「ああっ! 取りに行けばいいんだろ! けどな、お前なんかじゃ魔物にあっという間にやられる……、うわっ」
人形のハサミを手にした瞬間、エイドリアンの手からハサミが飛び出した。宙を滑空したハサミはそのままヨエルを縛った縄を切った。
「危ないじゃないか!」
「やはり無言魔法は役に立つな。誰にも思考を読み取られないしな」
縄から解放されたヨエルは悪びれずにハサミを振り回しながら言い放った。
「こいつっ……」
「気を付けた方がいいぞ。このハサミは魔を斬るのに特化している。お前が悪意を抱いた瞬間にこのハサミがお前を切り裂くだろうな」
「なっ、出任せを言うな!」
立ち上がったエイドリアンはフラフラしながらもヨエルに怒りをぶつけた。怪我が治ったとは言え寒さで体がかじかんでいた。いくら結界内を照らし暖める魔法灯でも広範囲を暖めるのには適していないようだ。
「ハッタリに気づかないなんてよほど馬鹿にされたくないらしいな」
「うっ」
痛いところを突かれて言葉に詰まるエイドリアンは気を取り直そうとして空を見上げた……。
「! 何か落ちてくる!」
一人残されたカモメは空になった船を見上げた。現影魔法で元の姿を出して威厳を保とうとしたが一時間ともたず消えてしまっていた。
「国の要請で魔物を壊滅する予定だったのに、その国家が魔物にやられてしまった。国がなくなったら何のための作戦か分からなくなってしまうではないかっ。俺は何のために戦えばいいんだ……」
黒い海水が船を襲ってきた時には、かなわない敵を相手にしていたなんて思いもしなかった。仲間が魔物化してしまった時には心を鬼にして頭をショットガンで撃ち抜いた。
気づいた時には体がカモメになっていて銃を携えることもできなくなっていた。けれども負けることは考えなかった。首謀者さえころしてしまえば何もかも解決すると思っていた。
今思えばなんと浅はかだったことか。後悔は先には立たない。魔物が生存するには人間が一定数必要だと言うことが分かっていたとしても、魔物の楽園が一時間ともたずに壊滅するとは思えない。
やはりあの兵器を誰かに使ってもらうしかないようだ。
上空から降ってきた隕石の様なものは落下と同時に魔物の群れを壊滅させた。一瞬何が起きたか分からないカーラ達は腰を抜かしていたが、魔物がしんでいることに気付き胸が満たされる思いがした。
魔物との戦いから解放されて結界に戻ろうとした時だった。ミラが落下物をまじまじと見た後大きな声を張り上げた。
「ねえ、この氷の塊の中に誰かいるよ!」
確かに中には人が二人氷漬けになっていた。寒さから逃れるように二人ともうずくまったような姿勢で凍っていた。
「本当だ。おれが殴ってこの氷を砕いてやろうか?」
「やめろ。そんなことをしたら中の人が怪我をする。この程度の氷なら魔法灯で溶かせるぞ」
「縛ったはずなのに……、あの人形のハサミを奪ったんですかっ」
エリアがいつの間にかそばに来ていたヨエルを睨み付けながら言った。
「私はこの巨人に暴力的でない氷を溶かす方法を伝授しようとしたまでだ。いつまでも黒魔道士扱いされては困る」
「え、ドクター・ハイネは黒魔道士なんですか?」
「……違う! そんなことよりこの氷、速く溶かした方がいい」
なんだかかわされたような気がしたカーラだが、今はその事を聞いても教えてもらえないだろうと、無理に忘れることにした。そんなことよりまだやるべきことは山積しているのだ。
「その魔法灯って、あの明るいやつの事か?」
巨人のアールの問いかけにヨエルが思わず顔をしかめる。声に緊張感がないからかもしれない。
「……そうだ」
ヨエルが一言だけ呟くと勝手に魔法灯が結界から飛び出してきた。結界の中にいたエイドリアンは独りでに動き出した魔法灯にギョッとしたらしく顔がひきつっていた。
「私の許可なく結界にある物を盗らないで。それにそのハサミは返していただきます」
淡々とした声で言ったエリアの怒りは少し見ただけでは分からない。しかし、巨人がおどおどしているあたりあまり怒らせない方が良さそうだとカーラは判断した。
「……これはどう言うことなんだ?」
すっかり日が暮れて辺りが暗くなった頃のことだ。町にいたジョシュアはカーラに呼び出されて焚き火を囲んでいる。他にもエルフのエリアや獣人族のミラ、動かなくなった人形のテレージアや巨人のアール、すっかり怪我が治ったらしいエイドリアンや縄で縛られていたヨエルだけでなく氷漬けだった二人、ルチアとトミーがいた。
「だって私たち宿泊施設を見つけてないでしょ?」
「それはそうだけど……」
何か釈然としないジョシュアは渋々とエリアお手製の野菜スープを飲むことにした。結界の中にいるとは言え外にいることに違いはない。もし何かの拍子に結界が消えるとも限らない。それに、ジョシュアにとっては信用していいかどうかも分からないもの達がそろって焚き火を囲んでいるのだ。特にあの巨人にはジョシュアはゾッとした。煤まみれの灰色の肌がまるで魔物のようだからだ。
「ねえ、大丈夫? 食べてないようだけど?」
「大丈夫よ。お姉ちゃんこそ、さっきまで氷漬けだったんだから、お姉ちゃんがしっかり食べないと駄目でしょ」
ルチアは久しぶりに会った妹のカーラに会えて口調は嬉しそうだったが、心配そうな表情をしていた。
魔物が襲ってこない夜。しかし、問題の火種はまだくすぶり続けていた。




