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形勢逆転の機会(改)

 パン・シール教団から命からがら逃げてきたジェロニモとジェレミーはこれで終わりではないことをはっきりと思い知らされていた。二人が隔離されていた場所はヨエルの故郷、カリドゥス国の中でも最北端の極寒の土地だったからだ。


 そこはディレル国よりさらに北東にあり、年間を通して冷涼な気候で冬ともなると豪雪が体温を奪っていく、そんな苛酷な場所だ。


「あいつは、ここがどういう場所か分かっていてわざと俺たちを逃したんだ。こんな所じゃ、簡単に生き残れないっ」


 生き別れた弟の残骸を見たジェロニモは希望を見失いかけていた。ここで生き延びていくなど、到底無理な相談だと。


「確かにそうかもな。けどな、お前は大切なことを見逃してるぞ」


 そう言うとジェレミーは先程捕まえたらしい毛玉をジェロニモに見せた。


「それが、なんだって言うんだ? ただの毛玉じゃないか!」


「よく見ろ。これはさっき俺たちを襲ってきた魔物だが、雪に触れたとたんただの毛玉になったんだ。それがどういう事か、分かるよな?」


 差し出された毛玉をよく見る限り、何の変哲もない毛玉だ。


「……目と足がない。消えたのか? でも、どうして?」


「まだ分からないか? 今降っている雪には、浄化作用があるんだよ! まだ、俺たちには絶望してる暇はない!」


 雪に浄化作用があるからと言って、勝機が見いだせたわけではない。それでも確かに自然は魔物を浄化しようとしていた。


「自然は人間の思うようには動かない。でも今はではそれが、いい方向に働いているんだよ」






 事態は思ったより悪くない。今がどん底なら、後は登るだけだ。ヨエルはいつも自身にそう言い聞かせていた。人形の持っている魔法の裁ちバサミがあれば、魔物を全滅させる大魔法を完成させる要になっていたかもしれないのだ、と。しかし、縄で縛られている以上、うかつな行動は取ることはできなかった。


 それは、魔法銃を巨人(?)に突き付けているカーラにしても同じことだった。あのエルフが言っている事ははたして信用して良いものか? しかも今ではめったに見かけなくなった獣人族の子供が巨人のことを「アール兄ちゃん」と親しげに呼んでいた。それは、はからずもカーラが物語の登場人物でしかないと思い込んでいた人物が目の前にいるという事を意味していた。


 カーラはドクター・ハイネが言っていたことを失念していた。物語りに出てくる大半の人物は実在しているということを。それだけカーラの精神は疲弊していたのだ。


「こんなの、デタラメに決まってる! あのランコアって奴が言った嘘に決まってる!」


「落ち着いてっ。……待って、何かが近づいてくる音がするっ」


 エルフがそう言った直後、大量の魔物がカーラ達を目掛けて全速力を上げていた。カーラが立ち上がろうとした時、怪我をしていたエイドリアンがカーラの腕をつかんだ。


「無茶、すんな。一人じゃ倒せないぞ!」


 これは一人だけの問題では、ない。






 楽園は楽園であるほど、速く崩壊する。増加した魔物はこれ以上増える事はない。増えた魔物は人間という獲物を取り合うため相手の魔物を倒そうとするからだ。魔物は体の構造上、人間以外を消化することはできないため、魔物を食べても飢えることになる。しかし、魔物の楽園計画により多数の人間が魔物化し、あるいはころされたため魔物のエサが圧倒的に不足することになった。そうなると魔物は食欲を消化することのできない別の魔物に向けられることになる。パン・シール教団は魔物の楽園を守るために、人間の命も守らなくてはいけないはめに陥った。むさぼり尽くせば飢えるより他はない。その認識を怠ったジェイルには、魔物の楽園の崩壊を指をくわえて見ていてもらうとしよう。


 しかし、やはりジェイルはこの尾黒仁士がショットガンで仕留めたかった。このカモメの体では奴の目玉をくちばしでほじくってやることしかできない。せめて俺が最後に開発した兵器を誰かに使ってもらうとしよう。相手の弱点は見えている。後はその弱点を突くだけだ。


 その機会は、逃してはならない。






 逃げ出したパツィとミュリエルは足が痛くなり路上にうずくまっていた。あの軍人らしき人が信用できるか分かったものではないのだから。それよりも、パツィはミュリエルに気になっていた事を率直に伝えた。


「ねえ、私たち、元の姿に戻ったみたい」


 口から出るハスキーボイスは女性のものではない。二人はフェリーで大量の聖水を浴びたため男性に戻っていたのだ。


 しかし、二人はヨエルのように呪われていた訳ではない。二人の選択で性別変化魔法で女性になっていたのだ。この魔法は毎日かけ直す必要がないくらい強くかけていたのだが、聖水の効果がそれを打ち消してしまったようだった。


「仕方がないよ。私たち十分女性でいることを楽しめたんだから。また、魔法で変身すればいいだけのことなんだし」


「そうだね。でも、さすがにこの格好じゃ変な人と思われちゃうかも」


「私たちパトリックとマイクは、パツィとミュリエルとして生きていくって決めたんでしょ。それに、魔物が私たちの格好のことなんて気にしないでしょ」


「それもそうだね。……ところで、ここどこか分かる?」


「……分からない」


 回りを見回せど知っている土地ではない。しかも持参していたタブレットは水を被って破損しており位置確認出きる状態にはなかった。


「町に行って情報収集するしかないみたいだね……」




 パツィとミュリエルが港に着いた頃魔物愛護団体を名乗る一見したところ普通の人たちがベル・ドゥーロの町にデモ活動をしに来ていた。その内の一人にカーラの友達、ダニエラがいた。皆一丸となって熱心に魔物がいかに無害かを訴えに来たのだ。しかし、魔物の被害で日々悩まされている町の人たちはその抗議を聞くやいなや怒りだした。中には魔物を捕獲するための罠をデモ隊に投げつける人がいた。皆一様に怒り狂った。


「魔物だって生きているんですよ! 野蛮だとは思わないんですか!?」


「その魔物に俺の息子が食われちまったんだよ! 魔物を駆除しなくちゃ、こっちがやられるんだよ!」


 怒鳴り散らした男性は目の回りが赤くなっていた。誰かが押さえてなければそのまま持っていたハンマーで相手の頭をかち割りそうな勢いだ。


「そう、そういうことなら、野蛮な人達はこれを食らうがいい」


 そう言って黒い水を辺りにばらまいたのはダニエラだった。薄ら赤い雪にどす黒い液体が混ざる。しかし、魔物愛護団体が期待していたようなことは起こらなかったようだ。なぜなら、積もっていた雪にはあの竜の血液が含まれており、黒い呪いの水を一気に浄化したからだ。黒い水は一気に透明になった。


「な、なんで……」


 動揺したダニエラを見た町の住民達はその隙を見て魔物愛護団体を一網打尽にした。ダニエラも例外ではなかった。


「人の皮を被った魔物にはこれがお似合いだ! これでも食らえ盲信野郎め!」


 一人の投げた黒い物体が縄で縛られたデモ隊にぶつかった。軽い爆発と共に中から異臭が発生した。デモ隊はくしゃみや咳が止まらない。赤茶色い粉がデモ隊の回りを覆った。実は投げ込まれたものは付近の山で採取された毒キノコ、マッシュリーヴァの胞子入りのお手製の爆弾だったのだ。単なる胞子だけだと人体に影響はないが、魔物にとっては致命的な毒となる。


「な、何これ、むせるっ、ケホッ」


 ダニエラだけでなく他のデモ隊の人たちも咳き込んだ。そして、ダニエラ以外が気を失った。ダニエラ以外の人は何らかの形で魔物化していたのだった。


「ど、どうしてっ、よくもこんなことを!」


 事態はわずかな希望の兆しを見せていた。

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