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小さき虫に宿る小さき霊魂

 妹のカーラが北東にあるベル・ドゥーロにいると知ることができたのは偶然だった。学校は望み薄だと見きりをつけ道路に出た後、ルチアが持っているタブレットからいきなりニュース動画の音声が流れてきたからだ。


『沢山の魔物をころした罪に問われているカーラ・ハルトナー容疑者はベル・ドゥーロという北東にある田舎町に潜伏している模様です。魔物の皆様におかれましては、極悪非道な人間であるこの女を今すぐ殺処分しに行きましょう。なお、この町にはまだ沢山の人間がいますので、魔物化させるための呪いの水を持参してくださいますようお願いします』


 考えただけでも恐ろしい言葉が耳につく。聞いた瞬間にルチアは何をすべきか決めていた。カーラがいるかもしれないベル・ドゥーロに行くということは沢山の魔物に出くわしてしまうということを意味する。しかし家族に危険が差し迫っている以上、ルチアに一刻の猶予もなかった。


 今ごろになって製薬会社に勤めていることをありがたく思う日が来るとは思っても見なかったルチアはカバンに呪い対策用の薬の試作品を沢山詰め込んだ。試験段階なので副作用がでないとも限らない。


 しかし、高山に少数生える猛毒キノコであるマッシュリーヴァの成分が入っていることをルチアは知る(よし)もなかった。





 雪がちらつく中、雪原の真ん中に魔法の灯りが灯されている。その辺りは結界が張っているらしく雪は結界の中にいるエリア達を避けて降っていた。エリアと縄で縛られているヨエルの回りでミラとテレージアが走り回っている。恐ろしいくらい無言を貫く大人二人に対し、ミラとテレージアは追いかけっこに夢中のようだ。


 気まずい沈黙が流れる中、突然ミラが大声を上げた。


「知ってる人の匂いがするっ。何だか鉄臭い……。誰かこっちに来てるみたいだよ! おーい!」






「ここ、診療所じゃないことくらい知ってるでしょ?」


 エリアは雪を振り払いながら言った。アールを入れるために一度結界を解除したために雪が舞い込んだのだ。


「魔物に襲われたんだ。薬草だけでも塗ってあげられないか?」


「私はもう住む場所がないし、診療所の中の物はほとんど持ってきていないの。それに、今ごろあそこに戻ったところで魔物の巣穴になっているでしょうね」


 血まみれの人間を抱えたアールがうなだれる。ミラとテレージアは興味津々で人間を見ていたが、ヨエルは我関せず、といった調子だ。


「何とかならないの? エリアってヒーラーなんでしょ?」


 ミラが尋ねたときエリアは神妙な顔つきになった。


「確かに私は治癒魔法を使える。けどね、この人の傷には呪いがかかってる。呪いを解くには聖水が必要なのよ」


「今すぐその聖水は作れないのか?」


 アールが尋ねている間も人間は呪いのせいで苦悶の表情を浮かべていた。


「雪で作ることはできるかもしれない。けどこの雪は……」


 薄ら赤い雪が舞っている。浄化作用を持つ竜の血液がまじっているかもしれないし、そうでないかもしれない。けれど、悩んでいる間にも人間の命は刻一刻と削られていた。


「あれ? この人の服に何かついてるよ」


 エリアが止めるよりも早くミラが人間に近づき何かを服からもぎ取った。ミラが手に持っているそれは、エイドリアンが先ほどまで採取していた毒キノコ、マッシュリーヴァだった。実はこのキノコから粘液が出てベタベタしており強力な粘着力で服に張り付いていたのだ。人間についていた魔物リスの黄色い唾液が流れてキノコの粘液に触れて透明になっている。


「ちょっと待って、そのキノコもしかして……」


「どうかした? このキノコ美味しくなさそうだけど?」


 アールが怪訝な顔をしてエリアに尋ねる。押し黙ったままのエリアに代わってヨエルが一言つぶやいた。


「このキノコから出る粘液、解呪に役立つかもしれないな」





 乗船して間もない頃、何とか一定数の聖水を作り出すことに成功していた。海水には呪いがかかっており使えず、代わりに雨水をバケツにくんでミュリエルがなけなしの知恵で作った聖水だった。


「雨水が赤っぽいなんて、やっぱり飲むの止めた方がいいんじゃない?」


「雨が降ってきた時、飛んできた魔物の鳥に当たって普通の鳥になったのを見たの。……一瞬だけだったけど」


 一瞬だけじゃ意味がない、とパツィは言おうとしたが尾黒提督と名乗るカモメと視線がぶつかりハッとした。


「それは本当に聖水なのか? ちゃんと成功したんだろうな?」


 疑いながらも人間に戻りたいという切実な思いが声からにじみ出ていた。


「そうだといいんだけど……」


「一口だけ、飲んで見ろ。本当に聖水か色々と確かめる必要がある」


 このカモメは遠回しに毒味をしろと言っていることが分かり、パツィは立ち上がった。


「何てことを言う……」


「パツィは黙ってて。毒じゃないことを証明すれば良いだけなんだから」


 そう言うとミュリエルはお手製の聖水を一口だけ味見した。


「……まずっ。鉄の味がするんだけど! 錆びた釘を口の中にぶちこまれたみたい!」


 口に広がる味は間違えようがなかった。鉄特有の匂いが口一杯に広がり、それ以上は飲みたくない代物だ。


「それで、毒じゃないの? これはただ不味いだけ?」


 パツィが赤っぽい水を覗き込みながら尋ねる。側ではカモメが今か今かとヤキモキしていた。


「そう言えば、検査キットがカバンにあったはずっ。それを使えば呪いや毒の有無が分かるんだった!」


 カバンから取り出したそれは、一見してただの白い箱に見える。ミュリエルが学生時代、黒魔法対策の授業で使っていたものだが、また使うかもしれないとカバンの中に長年入れてあった物だ。


「それ、使い方分かる? 私覚えてないんだけど」


 パツィに言われてハッとする。説明書がないかとカバンの中を探ってみたがそれらしいものは見当たらない。長い間使っていないせいで、パツィはおろかミュリエルでさえ検査キットの使い方を忘れていたのだった。


「つ、使ってみれば思い出せるはず! まずは水をかけてみようっ」


 しかし、いくら水をかけてみても白い箱に何の変化も見られなかった。パツィの白い目がとてつもなく痛い。


「使い方、思い出す必要があるみたいだね」






 押し寄せてくる魔物。銃弾で倒しても沸いて出てくる魔物。あまりの魔物の多さにベル・ドゥーロの人々は疲弊していた。それは仲間作りを半ば諦めていたカーラも同じだった。ジョシュアとの仲はこじれるばかりで、魔物討伐隊の人たちにさえ見向きもされていなかったのだから。


 しかし、ジェレミーの幼馴染みであるエイドリアンがキノコ狩りに出掛けたまま戻ってこないことに魔物狩りの仲間達は気づいたらしく、言い争いになりかけていた。もしかすると、魔物狩りを諦めて逃げたのかもしれない、と。山火事を消化しに行っていたカーラは町に戻ってきた際にちょうどこの喧嘩しそうな雰囲気の魔物討伐隊に出くわしたのだった。


「おい、そこのお前、エイドリアンって奴を見なかったか? 茶髪でソバカスだらけのやつなんだけど。黄色くてダサいパーカー着てるんだ」


 討伐隊の一人がカーラに尋ねる。あまりにもピリピリした雰囲気だったので答えるのに躊躇(ちゅうちょ)していたが、黙っていても仕方がないとカーラはおもむろに口を開きかけた、その時。


 轟音が町中に響いた。それはパツィ達が乗船しているフェリーがベル・ドゥーロに近い距離にある港に着岸した時に大量の魔物を蹴散らした音だった。

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