表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/99

未来にかげる黒い影

 パン・シール教団が振りまいた熱狂は都という都に広がっていった。と同時に敵対心もはぐくんでいった。それは都会の人達から出たものではなかった。意外でもなんでもないかもしれないが農村の人達から噴出したのである。それはパン・シール教団のとある神父がディレル街の近くのサン・メール村に説教しにいったときのことである。


「何言ってやがるんだっ! お前はおれ達に死ねって言ってるのかっ! お前の言うとおりに暮らしてたら、おれ達餓死してしまうぞっ!」


「そうではありません。ただ、命を大切に、と言っているだけ……」


「おれらはいつも命に感謝して作物を作って、命に感謝してその命をいただいているんだっ! お前が生き物を殺さないような暮らしができるのはお前がぜいたくな暮らしができているからじゃないのかっ! 俺たちはちゃんと生き物に感謝してるんだっ! お前に教わらなくてもわかってらぁ! 帰れっ!」


「そうだそうだ!」


「こいつを村から追いだせっ!」


 いつの間にか大声を張り上げている農夫とその農夫をなだめている神父の周りにはクワやスキを持った他の農夫たちが集まってきていた。今にもクワを振り上げて神父に攻撃しかねない雰囲気になってきていたので神父は説教する暇もなくサン・メール村を後にせざるを得なくなったのだ。





 点々と滴り落ちる血。一体どれくらい歩いただろうか。銀髪の少年を引き留めさえしなければこんなことにはならなかったはずだったが、後の祭りだった。これではもう物を盗めない。


 盗賊のスカイは物乞いをして哀れを買おうかとも思ったが、それは自分の気性に合わないということも十分わかっていた。もう十分すぎるほど物を盗んだではないか? 


 足がしびれてきたので休もうかとそばにあった壁によりかかった。すると……。


「まぁ、ひどいケガではないですかっ! ケガの治療をしますから、中に入ってくださいっ!」


 彼がたどり着いたのは、しくもディレル街から出てしばらく歩いた先にあるパルアベルゼの森の中にある、エルフのエリアの診療所の前だった。





「ほら、ルッチさんも遠慮しないで一緒に食べようよ!」


「え、えーと……」


「そうだぞ。肉が食えない以外はマダムの食事はうめぇからなっ!」


 山のふもとにあるマダム・マーラの家では夕食の準備が行われていた。いつの間にか居座っている巨人と獣人族の少女の存在にどうしても慣れないルッツィはしどろもどろしていた。とはいっても、アールとミラはそんなことをまったくおかまいなしにルッツィに話しかけてくるのだった。


「気にしないでくださいな。この子たちは決して悪い方ではありませんわ。ほら、この子たちまっすぐな目をしているじゃありませんか」


 そう言うなりマダムはミラを抱えてルッツィに見せてきた。マダムと言う人はどんな生き物に対しても偏見の目を持っていないのだ、ということをルッツィはこの時学んだのだった。


「えぇ、まぁ……」


 犬耳娘のミラをこの子と言うならまだしも、マダムの何倍も大きい巨人のアールに対してもこの子と言うのはどうなんだろうか……、という思いを振り払ってルッツィは夕食のための食器を出すことにした。





 夕食も終わりなごやかな時間が過ぎる、と誰しもが思っていたときだった。マダムの家の扉を激しくノックする音が聞こえた。あまりにも荒々しくノックしているせいでミラは机の下に隠れてしまった。


「皆さんはここでいて下さいな。ちょっと誰か来たのか見に行ってまいりますわ」


 マダムはそう言うとさっさと玄関に行ってしまった。机の上にはまだ食べ終わったばかりの食器が残されているが、誰かが激しくドアを叩いているせいでガチャガチャ震えていた。と同時にミラも震えている。


「だ、大丈夫?」


 かなり怖がっているミラの姿を見たルッツィは思わずミラに尋ねていたが、ミラは怖がっているせいで首を横に振るだけだった。


「おれも見てこようか……」


 なかなか戻ってこないマダムを心配したアールが立ち上がったときだった。


「おい! アール! そこにいるのは分かってるんだぞ! 戻って来い!」


「ちょっと困りますわよ! ドアが壊れてしまう!」


 マダムの懸命に止める声を上回る響き渡る声を聞いてアールの足はハタ、と止まった。そしてミラと同じようにアールの足も震え出してきた。


「ど、どうしたんです? 誰が……」


「おい! アール! そこにいるんだろ! 出て来い!」


 ルッツィがアールに聞こうとした瞬間にも轟く声が聞こえる。それに伴いアールの震えも激しくなった。


「……父さんだ」


「……え?」


「父さんがおれを連れ戻しに来たんだ!」






 重苦しい空気が流れている。やつれ切っているマダムの前に巨大な黒い影が遮っている。大きいアールよりもさらに大きいアールの父親がマダムの家の前に立っているのだ。マダムは帰ってもらおうとしたが無駄だった。父親はアールが出てくるまで帰るつもりはさらさらないようだった。


「すみませんが、アールというものはここには……」


「嘘をつくな! ここにいるのは分かっている! アールを出さないとこの家を壊す!」


 すごい剣幕でまくし立てるので気持ちを落ち着かせる呪文を唱えるどころか、マダム自身の気力がそがれていった。いったいどうしたら帰ってもらえるのだろうか。それどころじゃない、マダムの家を壊されそうになっている今、何か突破口を見つける必要があった。







 ディレル王国の隣に位置するギョドルム公国に、マダム・マーラの生家があった。とはいってもそこにあるのは残骸だ。マダムはどの国でもその目の黒さと髪の黒さから変なものを見る目で扱われてきていた。普通の職に就くのも難しく、呪い師といういかがわしい職で生計を成り立たせてきたのだ。


 さまざまな地を転々と移り住み、ようやくディレル王国の南に位置するディネポサ山の麓に安住の地を見つけたのだが今、その家はアールの父親に破壊されようとしていた。




「父さん! おれはにいる! だからこの家を壊すのはやめにして!」


 アールは家の中でしばらく震えていたが、自分は騎士になるという夢があることを思いだした。騎士になりたいやつが臆病者でどうする? アールはミラが止めるのにもかかわらず外に出た。


「……っ! アール! あなたは出てきてはダメなのにっ!」


 マダムの戸惑う声を聞き流してアールは父親の前に進み出た。それと同時に父親は満足そうにアールの腕を引っ掴み連れ帰ろうとした。


「兄ちゃん! 行かないで! ここにいてよ!」


 家の奥からミラが転がり出て叫んだ。ミラの後を追いかけたルッツィは泣き叫ぶミラを何とか外に出すまいと抱きかかえた。そんなさなかにもアールは後ろを振り返ることしかできず、マダムの家を後にした。




 日も沈み暗くなるころのこと。ミラは未だに泣き続けルッツィはそれをなだめようとしていた。マダムは物思いにふけっているらしくぼんやりとしていた。ルッツィは何か引っかかることがあり、マダムにそれを聞くことにした。


「あの少しお伺いしたいんですが……」


「……ええ、何かしら?」


 ハッとしたように振り返ったところを見ると心ここにあらず、といった状態だったらしい。ルッツィがそこにいるに気が付かなかったようだ。


「どうしてあの巨人をここに住まわさせていたんですか? この子はすごく懐いてるみたいでしたけど」


 この子、とはミラのことだ。まだ泣いてはいるが先ほどよりはだいぶ落ち着いてきているようだ。マダムは少し考えこんだ後、こう言った。


「……あなたは信じないでしょうけど、アールはとても良い子だからよ。でも今の時代、人間の住むところが急速に増えていってるでしょ? このままいけば、きっとアールやミラのような亜人の住むようなところはなくなるに違いないですわ。わたくしは、それを食い止めたいのよ。アールの父親にはそれがわからない。アールが父親のところで暮らしていたら、人間の思うつぼですわ」


「人間の思うつぼ、ですか……。それはどういう意味ですか?」


 聞いた瞬間にマダムは笑みを漏らした。どうにもならないとわかっている時に漏らす、諦観ていかんの笑みのようだった。


「あなたが復讐したい人物、ジェイル父長なんでしょう?」


「ど、どうして、それを……」


「人は正しいと思ったことを他人に振りかざしている時、最も卑劣になるのですわ」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ