破滅の歯車
様々な魔道器具が足の踏み場もないくらいに部屋に散らかっている。マダム・マーラは慎重にそれらの道具を足で押し退けながら部屋の真ん中に魔方陣を描いていた。魔方陣の周囲に奇妙な文字を杖で書き加え、さらに燭台をその文字にそって置いた。
呪文を詠唱した後、魔方陣の上に映像が写し出された。そこにはカーラが通学していた学校が写し出されていた。しかし今は魔物に破壊され廃墟と化している。
「誰でもいいから生きている人はいないの?」
不安な思いが声について出た。だが、見かける生き物はすべて魔物だった。人間らしき人を見かけても、もう息をしている素振りは見られなかった。
「お願いだから、誰かっ」
校舎をくまなく調べていると動いている者がいた。魔物だろうか? 解像度をあげて動いている者を調べてみた。
「見つけた……」
校舎の側からユラユラとあるいている何かは二人連れだ。一人は男性でこの緊急事態という時に和やかにとなりにいる人に話しかけている。男性に話しかけられた方はこの学校の女学生のようで男性の言葉を逐一熱心に聞いていた。
マーラは生きた人間を見つけた。けれども、喜びの声は出なかった。なぜなら、その映像に写し出された二人というのは、一人はカーラの友達、ダニエラ・カークだったのだが、その話している男性というのがパン・シール教団の父長、ジェイルだったからだ。
いなくなったヨエルだけでなく普通の人間を探しだす、というマーラの藁にもすがるような目論みは音を立てて瓦解した。
「私、絶対にカーラを説得して見せます! 魔物が素晴らしい生き物だと信じさせれば良いんですよね?」
「君は実に素晴らしい。私の崇高なる理念に賛同してくれるとは。早速だが、君にはベル・ドゥーロという町にいってもらいたい。そこには私に歯向かう者が大勢いる。その中に君の友達のカーラがいるはずだ。君が説得してくれればあの町も陥落し、魔物の町になるだろう」
「任せてください! 私はあなたの忠実な僕ですから!」
アールが放った火によって魔物がまた燃やされた。普通の生き物に戻せないもどかしさからか、アールは死がいから目をそらした。そんな時動く気配がしたのでそちらに目をやると人間の少女がいた。しかも魔物ではない、至って普通の人間だ。少女は山に放たれた火に一心不乱に水をかけている。アールは身を隠そうとしたがあまりにも体が大きいので木の後ろに隠れていても体のあちこちがはみ出していた。
水をかけ終わり顔を上げた少女は顔をひきつらせた。
「ヒッ、な、何なの? もしかして、魔物じゃないでしょうね!」
少女はバールのようなものをアールに向かって振りかざした。
「ち、ちょっと待ってくれ! おれは、ただの巨人だ! 魔物じゃない! 信じてくれ!」
「嘘つき! あんたみたいなのがいるからみんな、怯えてるのが分からないの?!」
バールを思い切り振りかざした少女はアールに向かって殴り付けてきた。アールは間一髪のところでかわしたが、バールがあたった木は根本から折れてしまった。しかも折れた木がアールに向かって倒れてきたのでアールはまたもや身をかわさなければならなくなった。
バールを振り上げた少女はカーラだった。ベル・ドゥーロの人々の説得に失敗した彼女は近くの山で火災が起きていることに気付きジョシュアが止める間もなく消火活動に向かったのだ。火災が魔物の仕業だと思ったカーラは初対面であるアールの言うことを信用できなかった。アールは遠目で見ると今は数少なくなった巨人に違いないのだが、体を覆う炭のようなもののせいで魔物の風貌に近しいものになっていた。その事がカーラの恐怖心を煽ったのだった。
「せめて、話だけでも聞いてくれ! おれは確かに、一度魔物になったことがある。けど、今は……」
「魔物じゃないって証拠はないでしょ! 私の回りの人たちはみんな狂ってしまった! まともに見える人たちだって、皆魔物に怯えて他の人を人の姿をした魔物じゃないかって疑ってる! 私がどれだけパン・シール教団を倒すために一致団結しようって言っても、誰も聞きやしない! それが今の常識になってしまってるのが巨人のあなたには分からないでしょ!? 私が心のそこから信用できる人がいたらってどんなに願ってるか、あんたに分かるはずがない!」
しばらく喚きに喚いたカーラは怒鳴りながら涙をこぼしていた。倒さなければいけない敵がいる時に仲間割れなどしたくなかったカーラはジョシュアの態度には本当のところは怒っていた。それでもそれを初対面の巨人にぶつけてしまった気恥ずかしさがカーラの気持ちを静めた。
「……怒鳴ってしまってごめんなさい。だけど、今のあなたを信じることは出来ない」
「ここの魔物はおれが全部燃やした。これが、おれが燃やした魔物の死がいだ」
そう言って焼け焦げたディスバニーをカーラの前に差し出した。
「信じてもらえなくても、おれはおれがやるべきことをするまでだ」
信じてくれ、と言ったのはあなたの方じゃない。そう言いかけたカーラはアールの普通じゃない気迫にのまれ黙り込んだ。生々しく焼けたウサギの頭に角が生えている。カーラは直視するのをためらったが、目の端でとらえたそれは明らかに魔物の死がいだった。魔物が魔物をころすはずがない、これは何かの間違いだ。そう思おうとしたが、巨人が嘘をついたようには見えなかった。
「あなたが言いたいことはわかった。でも、絶対に町に近づかないで」
「……おれが魔物に見えるからか」
「そう。だから、魔物を駆除したいならあなただけが勝手にやって。町の人たちに迷惑をかけないで」
巨人を駆除しようとする人が増えた。まではカーラは言わなかった。カーラ自身がアールのことを信用しきれなかったからだ。もしこの巨人が魔物だとしたら、カーラを油断させておいて後で襲いかかるかもしれない。そんな不安がカーラに忍び寄っていた。
「……わかった。町には行かない。けど、魔物が町に行っても助けられないからな」
「町は魔物対策をしっかりしてる。あなたの助けは必要ない」
嘘だ。確かに魔物討伐隊が結成されたことをカーラは知っている。しかし、それが果たしてどこまで有効かは決めかねた。火気ばかりが集まっても、魔物は湧いて出てくるのだ。ジョシュアが批判したように武器だけでは根本的な解決には至らない。
パン・シール教団を壊滅させなければならない。悪い幻想は打ち砕かないと、夢を見るだけでは物事は良くならない。カーラは、せめてダニエラの魔物崇拝を止めさせることが出来ればと痛切に感じていた。
「……奴には気を付けろ」
「言われなくてもっ」
誰のことかまでは聞かなかった。カーラは散々奴に悩まされたのだから。
家出同然に飛び出して行ったことは後悔していない。ただ、優しく声をかけてくれた人についていったことだけはウィルにとって悩みの種となった。
一人で町中を歩きに歩いた。財布を持ってこなかったせいで店でお菓子すら買えないことに気づいたときには家に戻ろうかとさえ思ったほどだ。
「……実験中毒のあんな奴、親でも何でもないっ」
思い返せば父親は実験に夢中で遊んでもらった記憶がない。魔物を元に戻す実験など失敗してしまえ、と何度願ったことか。その矢先の爆発事故。父親も息子のウィルも、劇薬を浴びてしまった。呪いの水を希釈し抗呪薬を製薬していた矢先の出来事だ。そのせいで父親は女性になり、ウィルは毛玉の怪物になってしまっていた。後で人間に変身できることに気づかなければウィルは気が狂っていただろう。
公園で泣き叫んでいたウィルを見つけたのがパン・シール教団の父長と名乗る見た目は優しそうな男性だった。
「親が付けた名など捨てると良い。これから君はランコアだ」
その後は覚えていない。睡眠薬を飲まされ人体実験を施され目覚めた後には、ウィルにはすでに人間に対する憎悪をみなぎらせていた。そして魔物に対する愛着を感じた。
「やった。これで僕は自由だっ」
破滅の歯車が回りだしたと分かった頃には後戻りできない状態だった。ズブズブの沼にウィル改めランコアは、はまってしまった。




