再生の炎、終焉の炭と最後の対抗戦
ベル・ドゥーロの人々にカーラの主張はなかなか届かなかった。しかし、パン・シール教団の活動のせいで町にあることないことの非難がましいメールが日常的になっている今、中傷されるがままになるのは町に住む誰もが許しがたいことなのは確かだ。
「君が言ってることは分かるんだけどね。でも、奴らはここに来てありのままを見ようとしないんだよ。魔物がかわいいなんてあり得るか? 人を食べる魔物がかわいいわけない! 奴ら自身が食べられてからかわいいと言ってみろって話だ!」
そう言った老人は怒りもあらわにそう口走ったが、それは町に住む誰もが思っていることを口にしただけだ。たとえそれを魔物擁護派に語ったとしても彼らは魔物が人間に危害を加えるなどと認めはしない。つまり、話しは平行線をたどるだけになる。
彼らに非を認めさせるのは無理だとしてもパン・シール教団を弱体化させることはできるはず。カーラはそこを強調することにした。
「私たちが結束すれば奴らに太刀打ちできるはず! 奴らは私たちの分断を望んでるから、互いを信用できなくても、まずはパン・シール教団を倒すという共通の目的で結び付くだけでいいから、私と協力してください! お願いです! 私たちの未来が協力するかしないかにかかってるんですっ」
一息にそう言った後、カーラのすぐそばにエイドリアンが詰め寄っていた。怒りも露にした表情だ。
「協力してどうなる? 奴らに歯向かえるだけの強力な魔法をお前は使えるのか? それもできないやつにただ協力するだけじゃ、ただ負けに行くだけじゃないのか? もし大量の魔物を仕掛けられたら一瞬で終わりだ!」
そう言われてカーラは口ごもった。確かに彼の言ったとおりカーラには魔力はない。金属を破壊する事が出きるだけでは無意味なのだ。
「言えないだろ。見た感じ強い魔道士ってわけでもなさそうだしな。俺たちの方には魔物を狩るだけの武器はある。パン・シール教団を潰せるかどうかは分からないけどな」
エイドリアンに追い払われたカーラは悔しそうにうつむいたがジョシュアはただこう言っただけだった。
「武器や勢いでパン・シール教団を壊滅させられるはずがない。奴らはそこが分かってない。敵側がどんな厄介な野郎か知りもしないで武器だけで勝てるはずがない。敵を知らない威勢だけがいい奴は滅びるだけだ」
それでも、カーラの必死のお願いはいつの間にか町中に広まった。それでも必死の懇願の報いはまだまだ先になりそうだ。
工房から逃げ出したパツィやミュリエルも窮地に陥っていた。逃亡したはいいが、どこもかしこも魔物だらけだったのだ。しかもどうやら逃げている内に知らない町に迷い込んでしまっていた。
「ここ、どこだか分かる?」
パツィが問いかけたがその顔は不安に満ちていた。見知らぬ町でしかも魔物に襲われるかも知れないとあって知らず知らずの内にパツィはミュリエルの手を握りしめていた。
「……さあ、こんな所一度も来たことがない」
見渡す限り金属でおおわれた町、メタロスタインに二人は知らぬ間にたどり着いていた。
「あまり、長居したくない場所かも」
今までとは違う町並み。歩いている人すら見かけない。引き返そうとミュリエルが振り向くとヒッと小さく声を洩らした。
無数の顔が無機質なビルの窓から彼女たちを見下ろしていた。それだけならまだましだったかもしれない。それもそのはず、ミュリエルたちを見下ろしている奴らは同じ顔で、しかも魔物化した人らしく目が血のように赤く染まっていた。どれもが彼女らを獲物と見なしているのは明らかだ。
「ここから出ようっ」
「どうしたの? 後ろなんか向いて……。あっ」
パツィも事の重大さに気づいたようだ。彼女らは敵地に飛び込んでいったのだと。
「補助魔法で限界まで走るよ!」
魔物対処用の魔法を二人とも習得していないため、ただひたすら逃げるしかない。魔物対策に棒を魔法で強化していたが、無数の魔物には力不足だということを二人は痛感した。逃げるが勝ちだ。
カーラを探していたルチアはタブレットで通信しようとして、はたと手を止めた。カーラの通う学校はそもそもタブレット持ち込みが禁止されている。学生の家族は学校に電話して連絡してもらうしかない。
それに魔物を崇拝するようになった学校にわざわざ連絡を入れるのは危険きわまりない。その上学生にルチアの顔を見られている。進退極まったルチアは迷った。
「……マップで学校周辺を見てみよう」
タブレットを出してカーラが通う学校の地図を出した。最近撮影した写真も載っていたので見てみた。普通の校舎が写っている。しかし、何か得たいの知れない強烈な違和感を感じた。なにかがおかしい。いったい何が?
「この学校、動物なんて飼っていたかな?」
校舎の端に飼育小屋らしきものが写っていたのだ。ルチアが学校に通っていた頃はそもそも生き物はウサギですら飼っていなかったはず。前に学校を訪れた時も小屋のようなものは見なかった。それなのにこの写真には動物を飼っている証として飼育小屋が写っていた。
ただそれだけのことが何故か不気味さを感じさせた。学生達が魔物を擁護したときに感じたものと同じ違和感。
「この小屋、まさか魔物を飼ってるんじゃ……」
胸を締め付けられるような思いで学校のサイトを開く。それを見たルチアは暗澹たる思いで膝をついた。
『魔物に優しい人を育成する未来ある学校。新たに魔物を造るパン・シール学部を開設しました!』
「……何が未来あるだよ。私の家族の未来を潰したくせに!」
ルチアのかつての学び舎は、嬉々として人間の未来を潰すことに加担し始めたようだ。
普通の花が消えた。普通の鳥がいなくなった。普通の虫がどこかへ消えた。普通のキツネやクマはもういない。見渡す限りの自然はもう魔物で埋め尽くされていた。生きるために逃亡しようとしても、逃げる場所はないに等しい。狂った自然。狂った人々。そのどれもが魔物の楽園を謳歌していた。
アールが煙になっていた影響は元の姿に戻った後でも続いていた。つまり、物を燃やす能力をアールは今度は再生のために使っていた。元は普通の生き物だった魔物を燃やすことにしたのだ。
「ごめんな、おれがこんなに駄目な奴じゃなかったらお前たちを元に戻してやれたのに。生まれ変わったら、普通の生き物になってくれ。……さようならっ」
震える手でアールは生まれ育ったサルーシャ山に火を放った。
雪は墨のように黒ずんでいた。浄化作用のある雨が時折降ったとしても、呪いの影響は完全には消え去らなかった。寒さに震えながらジェロニモは破壊した檻から脱出させたジェレミーと共に脱獄しようとしていた。
「くそっ。出口がどこだか分かればな。迷子にならなければいいが……」
建物の中だというのに寒さに凍えそうな二人はジェロニモが壊した檻の一部を武器に身構えていた。
「……なあ、あれ、なんだか分かるか?」
ジェレミーが指を差した先には、鳥の足が一本化だけ生えた毛玉がたくさん辺りを飛び回っていた。しかも、血走った赤い眼球が毛玉の中から二人を睨んでいた。
「逃げ出すなんて、いけない人達だなぁー?」
一斉に駆け出すと同時に毛玉達が飛びかかってきた。




