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逃げる場所がなくとも、守るべきもののために抵抗する者たちの行く末

 パン・シール教団内部の牢獄での出来事。頭突きを食らわせ延びきった看守達を尻目にジェロニモは辺りを警戒しながら脱獄のきっかけをうかがっていた。呪いのお陰で丈夫になった彼の体が看守の持っていた魔法銃から放たれたネバネバ弾丸を何故か跳ね返し看守達を包み込んだのだ。


 奪い取った魔法銃が嫌に冷たい。身を守るためとはいえ、今まで銃を所持したことがなかったため、知らぬ内に手に冷や汗をかいていた。


(大丈夫……。奴らと同じように粘着弾丸を撃てば良いだけだ)


 頭の中で言い聞かせても銃の重みが彼の平常心を奪っていた。鉄製のそれは明らかに非日常的だった。


 だからこそ、彼は常に緊張感を保ち、ついに別の受刑者がいる牢屋の前に来られたのだった。


 



 ジェレミーは激しい厳しい寒さの中で重労働をさせられていた後だった。だからか、檻の前に見知らぬ誰かが来てもすぐに反応することは出来なかった。


「なあ、聞こえてるか? 話したいことがある」


 ほとんど(ささや)きに近い声でジェロニモは牢獄に閉じ込められた男に話しかけた。別の看守が彼を捕まえに来ないという保証はどこにもないからだ。しかし、つぶやきに近い声で話しかけたせいもあって、男はほとんど聞き取ることが出来なかった。


「誰だ? その服装、看守じゃないな」


 こうして毒キノコ栽培のジェレミーは真面目ゆえに解雇されたジェロニモと相対(あいたい)したのだった。






 瘴気の影響が少ない農村地帯や郊外では、パン・シール教団に対抗するための組織が続々と秘密裏に結成された。都会はすでに魔物の巣窟と化しておりもはや都市としての機能を果たしていないため、正気を保つことが出来た人々の最後の隠れ場所としていなか町が選ばれた。


 しかしそこで一悶着が起きた。一気にIターン移住者の数が増加したベル・ドゥーロは住む家が無さすぎるせいで寒い中テント生活を強いられる人が相次いだ。


 都市から逃れてきた人々はわずかながら瘴気の影響もみられたため、元からベル・ドゥーロに住んでいた人々は積極的に関わろうとしなかった。すぐそばにジェレミーが栽培した毒キノコの胞子が染み込んだ湧水が流れていたが、その存在を知っているのは皆無で幼馴染みのエイドリアンですら知らなかった。


 その水さえ飲めば瘴気の影響を絶てるかもしれない。が、毒キノコの効能を知っているジェレミーは捕まってしまってもういない。互いにそっぽを向き合った膠着(こうちゃく)状態が続いた中それを打ち破った人物がいた。カーラだ。


 実はジョシュアの忠告を無視しジェレミーに話しかけたカーラは一度無残にも追い払われた。しかし、パン・シール教団を倒す仲間が欲しかった仲間が欲しかったカーラはしつこくジェレミーに一緒に教団を倒してほしいとせがんだ。


「このままじゃ、この国だけじゃなく全世界が魔物に乗っ取られてしまうの! 方法は必ず見つけて見せるから、だから、力を貸してください!」


「どこの誰とも知らない奴と手を組めると思ってるのか? もしかしたらお前だってそのパン・シール教団の手先かもしれないじゃないか。分かったら帰れ」


「……帰る所なんて、あるわけない。魔物に壊されたんだからあるはずない! 私には帰る場所がないっ。だから、こうしてお願いしてるんです!」


 はったりだった。確かに学校は魔物に破壊されたが、家まで破壊されたのかカーラには知る手だてがなかったのだから。しかし、住む場所を奪われたという発言は確かに聞いた人達を動揺させたようだった。


 これは国の存続だけでなく、居場所を奪われる大問題だ。安心できる場所を奪われ、文化というアイデンティティーまで否定されて、開き直れる人が一体どのくらいいるだろうか? カーラはそのどれにも許容することはできない相談だった。


 守るべきものがある。そのためなら何だってする。誹謗中傷を食らっても、人非人と言われようが人間性を守るためならカーラは雪崩を食い止める防壁になろうとしていた。





 体の痛みと戦いながらアールは山から降りていた。雲になっていたアールは胸の痛みのお陰で正気を取り戻していた。それと同時にアールは体も元に戻ることができた。しかし、そのせいで空にいたアールは急降下し、かつての故郷であるサルーシャ山に激突した。


「何だ、ここ……。魔物だらけじゃないかっ」


 巨人の住みかだった山は魔物で埋め尽くされていた。普通の生き物はみる影もなくいなくなってしまっていた。コウモリの翼を生やした鳥、蟻酸をまき散らす小型犬くらいの大きさの蟻、八つ目で八本足の野犬、腐臭を放つ青黒い花。山にいるすべての生き物が魔物になっており、しかもその全てが血に飢えていた。


「……おれの、おれの故郷をメチャクチャにしやがって! ジェイルの野郎、ブッ倒してやる!」


 歯を食い縛ったせいで唇から血がにじんだ、その時。血の臭いを嗅ぎ付けた魔物がアールめがけて突進してきた。魔物はアールを見てよだれを滴らせた。


「こんな楽園、滅んでしまえ!」


 アールは襲いかかってきた魔物を殴りに殴った。骨が折れた乾いた音が鳴り響く。父親の嫌みを聞いていたあの頃が懐かしく思える日が来るなど思いもしなかった。


 幼かった頃、アールは友人であるエルフのエリアから騎士物語を聞いた時から騎士に憧れた。今の時代には騎士はいないと(さと)されても子供だったアールは本気で騎士になろうとした。


 その騎士には、もうなれない。なることもない。それでも、騎士道精神を持つことならできる。


 アールは騎士道精神にならって、崩れ行く故郷の山を精一杯守るため、拳を振り挙げた。





 森を出ていって何ヵ月も経つ。エリアはミラと動きがぎこちなくなったテレージアを連れて辺りに何もない草原で周囲に結界を張って焚き火をしていた。辺りに雪がちらついたが、冷たい雪は結界に触れるとまもなく溶けた。


「ミラも何か武器を持った方がいいよ。私みたいにハサミはどう? 魔物を斬り刻めるから」


 動きが鈍くなった手でテレージアは裁ち(ばさみ)を振りかざす。エリアの魔法供給薬は確かに効いたものの、テレージアは人形だからか効き目が鈍い。そろそろメンテナンスが必要だとエリアは思ったが、あいにく人形工房までの道のりは遠い。


 転送魔法で送ったとしても、魔物が街にまではびこるようになってしまった以上、うかつに転送魔法を使うわけにもいかなかった。


 エリアがうっかりため息をつきそうになると、勢いよくミラが喋り始めた。


「あたしにはキバがあるから、大丈夫だって言ったじゃん! あたしはそんなに弱くないよ!」


「それが危ないって言ってるの。相手はミラの何倍も危険な存在なんだから。ねえ、エリアもそう思うでしょ?」


「え、ええ。そうね。ミラにも何か持たせた方がいいかもしれない」


 上の空だったエリアはテレージアの問いかけを半分しか聞いていなかった。が、話の文脈で武器の話をしているのだと分かった。


「……ミラは武器を持たせるより、護符を持った方がいいんじゃない?」


「ごふって何? それご飯のこと? 美味しい?」  


「ミラを悪いものから守ってくれるものよ」


「それって魔物のこと?」


「……まあ、そうね」


「ふぅーん。でも、あたしにはエリアとテレちゃんがいるから大丈夫だよ!」


「何それ。嬉しいこといってくれるじゃない。ね? エリア。……ちょっと聞いてるの? マイナスな考え事はほどほどにしてよね」


 本当のことをミラは知らない。魔物以上に危険な存在がいることを。それでも、分かっていることもある。悪い状況はいつまでも続くわけではないということを。


 そのためにも、二人の前では明るくいよう。エリアはそう決心した。

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