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えん罪の果てに

 学校を飛び出している間に私はいつの間にか追われている身になっていた。様々な犯罪をでっちあげられていたのだ。それを知ったのはジョシュアがやたらと路地裏を通ろうとしたからだ。あまりにも薄暗く陰気なところを何度も通りたくなかったので私が引き留めた時だ。彼はイライラしながらタブレットを取り出しニュース動画を私に見せた。


「見ろよ、この動画。これを見たら大通りを歩こうなんて考えは甘いと分かるはずだ」


 それは一人の女性が死んだ魔物の横に立って涙ながらに語っている動画だった。


「……何、これ」


『カーラ・ハルトナーという人は本当にひどい人です。私たちの親友である魔物をあんなふうにころすなんて、彼女は人でなしです。彼女を一刻も早く逮捕してください! かわいそうな魔物たちのために皆も彼女が速く捕まることを祈ってください!』


 動画に出ている女性は私が魔物をうれしそうに殺害しているところを見たと涙ながらに話していた。もちろん私は魔物をうれしそうに射殺なんてしていない。確かに私は魔物を何匹もころしている。しかしそこに喜びなどなかった。ただ、こんな状況に私を追いやったジェイルがひどく憎らしかった。


「こんなの名誉毀損(めいよきそん)じゃない! どうしてこんなことを……」


「落ち着け。今の市民は普通じゃないんだ。まともに話し合うことすらままならない。お前が訴えたところでお前が嘘ついたと思われるだけだ。コメントをよく見てみろ。この動画は好評なだけでなくこの彼女は同情さえ買っている。非難するコメントを出しただけでお前は頭がおかしいと思われるのがオチだ」


「そんな……」


 倫理観が狂っている狂人に仕立て上げられた私はコメント欄で様々な誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)を浴びせられていた。


『頭がイカれた奇人は牢獄送りにしてしまえ』


『魔物がかわいそう。あの女には思いやりがないに決まってる!』


『ころされた魔物に黙祷(もくとう)を捧げよう。そしてアイツが地獄に行くことを祈ろう』


 これ以上読みたくなかった。しかしそれ以上にショックだったのは私の知っている人達、それも理性を失わなかった人達が名指しで非難されていたことだった。私とジョシュア、そしてドクター・ハイネ、私の姉のルチア。しかしそれだけではなかった。巨人物語に出ていた人達まで非難されていた。マダム・マーラ、スカイ改めトミー、パツィ、ミュリエル、そしてジェロニモやジェレミーという知らない人があからさまに罵詈雑言(ばりぞうごん)を投げ掛けられていた。


「あの巨人の物語、作り物だったはずじゃ……。どうして?」


 物語の登場人物であるルッツィがいつの間にかルチアという名前に切り替わっていたことが脳裏をよぎった。でも、そんなことあり得ない。単なる偶然にすぎない。私はひとまずそう思うことにした。……が。


「あのどうしようもなくくだらない小説のことか? 俺一度だけ読んだことあるけど、あれは実在している人を(おとし)めるために書かれている。それにヨエルってやつ、きっと俺たちの知っている人だ」


「あの呪いで女性化したって人のこと? どうしてそう思うわけ?」


「ヨエルの性格、ドクター・ハイネに瓜二つじゃないか。あの物語に書いてあることを全て鵜呑みには出来ないが、それでもあのハイネって奴にも注意しないといけないな。奴の正体が何であれ、あの呪いにかかってるならもうすでに正気を失ってるかもしれないからな」


 薄々勘づいていた。あの物語は最初から嘘と現実をまぜこぜにしていたことを。しかし物語の人物が実際に存在するとは思いもよらないことだった。もしそれが本当ならば、私の姉のルチアはとんでもないことに巻き込まれたことを認めなければならなくなる。そしてジョシュアが言うことが真実なら、私は呪いの過小評価を改めなければならない。


「それじゃ、いったい何を信じれば良いっていうの? テレビも本に書いてることもネットも信用できない。目の前のあなただって……」


「信じたくないなら、俺の言う言葉を疑ってもいい。俺も呪われてるからな」


「あなたって、……皮肉屋なんだね」


「周りが言いふらしている綺麗事にうんざりしているだけだ。あの本だって綺麗事の固まりだったじゃないか。俺たちができることは奴らの振りかざす幻想と嘘に振り回されないようにする事だ」


「……そう、だね」


 頭では分かっていた。けれども、私の胸の内ではダニエラもいつか間違いに気づいてくれるはずと淡い期待を抱いていた。呪いに打ち勝って真実を受け入れてくれるはずだと。


 けれど、私の思う以上にジェイルの仕掛けた罠が強力だということに後で思い知ることになる。





 毒の雪はほどなくして止んだ。毒の胞子を含んだ雲はあまり遠くまで飛ばずベル・ドゥーロ周辺の魔物を倒しただけにすぎない。しかし、雪に含んだ毒は山に染み入り湧水に混じることになった。ベル・ドゥーロの近くの山、かつてマダム・マーラの屋敷があったディネポサ山は新たに毒キノコのマッシュリーヴァの毒成分を含んだ水が涌き出る山として、後にパン・シール教団がその毒を消そうと躍起(やっき)になることになる。


 実はこの毒キノコの毒成分は水だけでなく油にも混じりやすく体内に入ると脂肪に蓄積される。そのことを突き止めた教団は魔物を守るため取り除くことが難しい毒を取り除こうと無駄な努力を続けることになった。


 毒キノコ栽培をしているジェレミーの生活は相変わらず魔物保護団体とのひと悶着が絶えなかった。が、それは呪いの水の影響を受けなかった人達全般に言えることだ。その内の一人であるルチアは自身が勤める製薬会社が出した気配を消す薬を常時服用する事で胃が荒れ気味になり、パツィと合流したミュリエルはトミーに製作依頼された義手作りを放り出して二人して逃避行をすることになった。森の民であるエリアとミラ、そしてテレージアは安住の地を求め住んでいた森を去ることになった。マダム・マーラは姿をくらましたドクター・ハイネことヨエルを探すため住み慣れた家を後にした。


 良心有るものにとって安全な場所はないに等しい。カーラは今、ジョシュアと共に行動しているがいつまで正気を保てるだろうか? この事態の行く末がどうなるか未来予測の魔法が得意なマダム・マーラでさえ預かり知らぬところだ。ミリア湖の主だった我でさえ人の悪意を消すことはできぬ。我ができることは呪いの水や瘴気を消していくことだけ。


 しかしあの教団は日々呪いの水や瘴気を使って魔物を造り出してしまっている。自然の中に住んでいることを忘れた人々には魔物を駆除することさえ嘆かわしい事になってしまった。自然と共に生きる事を忘れた人々には自然と共に暮らす難しさを知ることもない。しかしながら、自然と共に生きる人々は魔物と共存出来ないことを肌身を持って知っている。


 自然と共に暮らすことは自然が人の都合で動かないことを知ることだ。




 この時間帯ならもうすでに日が昇りきっているはずだった。けれど雪を降らせた雲がどこかへ流れていったにも関わらず空は相変わらず墨汁(ぼくじゅう)を垂れ流したかのように真っ暗だった。日が照らない。別の場所では空は禍々しい赤色をしていた。それなのに日が照っている様子はない。正気を保っていたわずかな人達でさえ空の尋常ならざる様子に気を狂わせそうになっていた。


 現実がカーラの持っていた巨人物語に似た様相をかもし出した頃には、ジェイルの操り人形になったアールがディレル街を破壊しようと向かいだした頃だった。


 街が魔物の巣窟になろうとした頃、魔物をころす致命的な毒を含んだディネポサ山の湧水は山に含まれたミネラルと結合し新たなる聖水を産み出していた。その水は山から流れる川に静かに染み込んだ。




 

「……もうこの会社の方針には従えない。もう、辞めよう」


 物語中でゼルと呼ばれていたジェロニモは退職願いを書いていた。これを提出したら営業先の製薬会社のルチアにもう会えなくなる。それを知ったら彼女は悲しむだろうか。けれども、タブレットにある機能がついていることを知ったジェロニモは自分自身に嘘はつけなかった。


 手元に置いてあるタブレットには、針の先よりも小さい穴が空いていた。これこそがジェロニモが気づいた機能だった。

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