過ちの波に抗う
魔法銃から放たれる魔法が群がる魔物を退治し尽くした。放心状態のミュリエルは助けてくれた人に目をくれず大量の魔物の死骸に目をやった。魔物を応援していた人たちは非難の眼差しをヨエルに向けた。
「魔物は人類の敵だ。パン・シール教団に付き従う奴も同じ目に遭いたくなければ考えを改めろ。さもなくば、痛い目だけではすまないぞ」
言うだけ無意味だということは解っていた。コイツらは皆魔物崇拝者なのだから。話し合いをしたところで平行線を辿るだけだ。しかし、悲鳴をあげたこの女性は話が通じる相手かもしれない。ヨエルはその人に近づこうとした、が。
「来ないで! 私のことは放っておいてよ!」
そう言うやいなやミュリエルは駆け出した。魔物だらけのこの町で一人にしておくことができないヨエルはその人を追いかけようとしたが、周囲の人達に行く手を遮られてしまった。
「魔物をころしておいて、そのまま逃げられるとでも思ったのか? 異端者さんよ」
人間同士の争いは避けたかったヨエルだったが喧嘩は避けがたいようだ。しかたなしにヨエルは相手を気絶させる魔法を発動させた。
「お姉ちゃん、待って! 逃げないで!」
力強くミュリエルの腕を引っ張ったのは遠い町に働きに行っていたはずの妹パツィだった。気が動転していたミュリエルは目の前の人物が妹だと気づくと涙が勝手に溢れだしてきた。
「パツィ……、本当に本物?」
「本物に決まってるじゃない。自動人形じゃないんだから」
「よ、良かった……、魔物に食われてなくて」
「勝手にころさないでよ! とりあえず私は無事だから、これからは一緒だからね」
バラバラになったロボットが無惨に足元に転がった。先程の音はロボットが出していた金属音だった。初めて見るものに嫌な感じを受けたアールは考える間もなくロボットをバラバラにしたのだった。
空から鳴り響くけたたましい音にビクッとする。赤黒い空を見上げると見たこともない鳥ともドラゴンともつかないものが飛んでいた。翼から雲が吐き出されている。そのような生き物を見た事がないアールはそれが飛行機とも知らずしばらく見上げた。
無機質な金属の町はアールの気分を容赦なく低下させた。緑がないことがこんなにも気を滅入らせることになるとは思いもよらなかったアールは当初の目的を忘れかけていた。そもそもどこに行こうとしていたのか? 確かエリアに会いに行くのだったか? それすらもあやふやになっていた。とぼとぼと歩いていた時何かが目についた。かなり大きな彫刻だ。誰かに似ている。
「……ジェイルだ」
彫像を見たことがないアールはいぶかしげに見ていたがそれに生命感がないことだけはわかった。
「なんであんなものがあるんだ?」
全く分からない。しかし、無機質な彫像を見るたび身震いしてしまうのは確かだ。像からは暖かみの欠片も感じられなかった。町全体が金属の冷たさに覆われているのと同様に。
ここから出よう。そう思ったと同時に誰かがアールを引き留めた。
「君から自ら来てくれるとは思っても見なかったよアール。ようこそ我が城、メタロスタインへ」
魔物の数が多すぎる。最初は手際よく倒していったが次第に疲労がたまりエリアとミラは息を切らしていた。人形のテレージアは疲れと無関係に見えたが、動きすぎたせいであちこちにヒビがはいっていた。このまま動き続ければ壊れてしまうだろう。
しかし、魔物の数は一向に減らなかった。エリアは戦いながら疑問が止めどなく溢れていた。第一にこの森は魔物避けの結界が張られていたこと。第二にこれだけの数の魔物がどこに隠れていたのかということ。そして最大の疑問は魔物に関する事だ。これだけの魔物を造り出すには呪いのの水が沢山なければならないはずだ。そしてそれを造り出したのは他でもなくパン・シール教団の父長のジェイルに違いないはずだ。
「これ以上、戦えない。結界をもう一度張るしかない……」
魔法でできた矢も魔力切れで尽きかけていた。薬草も無尽蔵にあるわけではない。このままではエリアもミラもテレージアも共倒れしてしまう。つかの間の休息のためエリアは結界を張ろうとした、が。
「……魔力補充の薬がない!」
「どうしたの? 何がないの?」
使い物にならなくなった枝を振り回していたミラが尋ねた。ミラは枝で魔物を殴り続けていたせいもあって肩を痛めていた。枝を握る手にはささくれのせいで細かい傷が付いていた。
「魔法薬がないんでしょ? 私、あれのおかげで動けるようなものだから」
テレージアが事も無げにそう言った。ミュリエルと一緒にいた時は補助魔法を定期的にかけてもらっていたのだが、別れた後はエリアの魔法薬の投与で動いていたのだ。
「……」
魔法補充薬がない。たったそれだけのことがエリア達を窮地のどん底に叩きのめした。にもかかわらず、魔物の大群は途切れることはなかった。この場から逃げなければならない、気づかれずに。しかし、魔物の群れの前では無理な注文に等しい。移動用魔法の魔方陣を描こうにも魔力が必要だから、魔方陣で逃げるのも駄目だ。エリアは自身が魔法に頼りきった生活をしてきたことを呪いたくなった。
現実は物語ほど上手くいくわけではない。そして自身が聖人のようでないことも。それでもそれがリアルなのだ。
町では魔物擁護派が幅を利かせていた。瘴気の影響がさほど出ていない郊外の町では魔物擁護派からの悪質な嫌がらせが続いた。魔物を元に戻すための研究をしているジェレミーの元にも悪質なメールが毎日届いた。毒キノコのマッシュリーヴァの栽培を慎重にしなければならなくなったことで精神的な疲労が溜まった。
「無視し続ければいいだけだろ。何が気にくわないんだ」
友人の慰めともとれない言葉はジェレミーには何の意味ももたらさなかった。他人に真意を理解されないのは了解していたことだが、親友に理解されないのはやるせなかった。
「奴らは自ら破滅の道を歩んでる。そんな奴らに説教されたくないだけだ」
「まあな。けどよ。奴らがお前の家に押し寄せてくる訳じゃないんだろ? お前の意見にケチつけたいだけつけさせとけよ。そいつら何も分かっちゃいないんだから」
お前もだ。そう言ってやりたかった。魔物の問題は死活問題だということをこの友人は微塵も分かっていないと、ジェレミーは勘づいた。
「お前も忙しいだろうから手伝わなくて良いからな。俺一人がキノコ栽培するから」
キノコの栽培を止めるわけにいかない。大量生産にはほど遠いが、収穫が多ければ多いほど魔物を減らせることができるだろう。
『本当に最悪なのは、信じてないものを信じ込まされてそれを幸せと思い込ませられること。自分らしく生きることが罪になってしまうのなら、私はあいつらから見た悪党に喜んでなってやる。私は自分自身に嘘をつきたくない。だから、私は最後の一人になろうとも抗い続ける』
「……こんな言葉をノートに書き残しておくなんて、不謹慎ね、ヨエル。あなただけがパン・シール教団に抵抗している訳じゃない。それに、敵がこのノートを見ると思わないのかしら? 自身を破滅に追い込むだけなのに」
マダム・マーラが部屋を掃除しているとき、一冊のノートを発見した。どうやらここ最近部屋に戻る気配のないヨエルの物のようだ。そこには魔物を浄化するためのありとあらゆる数式が記載されていた。難解な数式が羅列したノートの片隅に強い筆圧で残された走り書きの文章を見たマダムは、そのメモが書かれた部分を破り捨てた。
「……まあ、あの人はただで自滅しないことは確かね」




