踏みつけられ続けた雑草はしぶとく生きる
急に目が開けられないくらいの眩しさにエリアは目を細めた。どうやら、あの青い光はディレル街から放たれた魔法の光のようだ。エリアは至るところに充満していた邪気が消えていくのを感じ取っていた。
「あそこにアール兄ちゃんがいる!」
ミラが唐突に叫んだ。しかしいくら目を凝らしてみて見ても何もみえない。エリアはミラの気のせいだと言おうとした。が、見えない何かに向かってミラは駆け出した。
走り出したミラを止めきることができずにエリアはその後を追いかけた。
「ちょっと待って!」
「良いじゃないの。ミラの大切な人の匂いがしたんでしょ」
人形のテレージアは事も無げにそう言った。ずっと歩き回っていたせいか、人形のドレスはヨレヨレになっていた。
「でも……」
「気になるなら、確かめてみる? あの子が走った先に何があるのか。少なくとも悪霊じゃないことは確かね」
「どうしてそれを……」
「あれを見てよ」
人形が指を指したその先は走っていったミラしか見えない。その先にはディレル街があるだけだ。しかし、何かが揺れ動いたような気がした。
野外病院はルチアが持ってきた薬により何とか危機を脱した。雪もいつの間にか止んでいた。
「ひゃっ、眩しいっ」
目を覚ましたミュリエルを含め、外にいた人たちは久しぶりの太陽光に目を細めていた。今まで空が暗かったせいか、目を手で覆いながらしばらくぶりの青空を感じ取っていた。
重苦しい空気も感じない。今までの事が全部嘘のように空は澄みきっていた。まるで全ての魔物が消え失せたかのようだ。
それを感じ取ったのか、街の人々は憑き物が落ちたかのように晴れやかな表情を次々と取り戻していた。さすがに怪我人はそこまで穏やかにはなれなかったが。
「お姉ちゃん、本当に大丈夫?」
「何かすごく長い間寝ていたような気がするんだけど、大丈夫だから。心配しないで。パツィも元気そうで良かった」
パツィとミュリエルのすぐそばではルチアがスカイを責めている。どうやら他の女性になびいたのが気にくわないらしい。
「違うって! ちょっと良いかなーって思っただけ! 一番はお前だけだから!」
「嘘言わないでよ! この人可愛いって思ってたじゃないの!」
「おい、ゼルっ。お前から言ってくれよ! オレは浮気したことないって! ……あ、あいつどこかへ逃げやがったな!」
ゼルは痴話喧嘩に巻き込まれないように別の怪我人の様子を見に行っていた。その時一人の女性が頭を抱えていることに気づいた。その人の隣には白い小さな竜がいるし、地面には微かに青く光る五芒星が描かれていた。ゼルはその人に異様なものを感じたが、しばらく注意深く観察してみることにした。
「……まだ、終わりなんかじゃない。終わってなんかないっ」
「これでお主の呪いが解ける訳ではない。その事はお主がよく分かっておるはずだ、ヨエル。お主は様々なものを犠牲にしすぎた。その自覚はできておるな?」
「……」
「あの城壁が見えるか?」
小さな竜が見る先には崩れた城壁があった。しかし遠くにあるせいでヨエルには見えない。遠方が見える魔法はつい先ほど効果が切れたのだ。
「先ほどあの城壁を壊していた者がおってな。我の分身に止めに行かせた」
「それが今の話と何の関係がある? 関係ない話は聞きたくないっ」
しかし、その後竜が言った言葉でヨエルは愕然とした。
「そんな……、まさか」
「信じがたい話だが、信じてもらうしかあるまい」
ランコアは実は二人いる。ヨエルの魔法実験により分裂したらしい。その後二人はパン・シール教団に拾われた後ヨエルへの復讐としてジェイルを手伝うようになった。一人はジェイルの側で魔物を造り、もう一人は街に出向いて街の人々を勧誘した。全てはヨエルを陥れるために。
「お主は周囲で起きた出来事を軽視している上に、魔物退治ばかりに集中しすぎた。……あと、あれが見えるか?」
そう言うと竜は上を向いた。久しぶりの日差しが目に痛い。
「……何も見えないが?」
「よく見ろ。先ほど魔法で視力を上げたではないか」
ヨエルは渋々竜の言う通りにした。そしてまた空を見上げると女性が宙に浮かんでいた。いや、それだけではなかった。女性の周りに何か人の形をしたモヤのようなものが漂っていて、まるで彼女を支えているかのようだ。徐々に降下していって城壁の向こう側に降りたらしくついに見えなくなった。
「あれは……まさか空で戦っていた?」
「さよう。しかし、あの人は一人きりではなかった。目に見えぬ助っ人がそのマーラと言う人を手助けしていたようだ」
「それでそのマーラと言う人は勝ったのか? 負けたのか?」
「悪霊はお主が描いた魔方陣によって祓われた。しかし、ジェイルの行方は我にも分からぬ」
平穏が舞い戻るには、ジェイルの不在が不穏な空気をばらまいていた。しかし、パン・シール教団の活動が鳴りを潜めたこともあり、魔物保護団体の肩身が狭くなったことは確かだ。
村人たちが仕掛けた罠に魔物がかかる。エリアが精製した聖水を魔物にかけると魔物は元の動物に戻った。
「呪いの湧き水を食い止める方法はまだ見つからないの。ごめんなさい」
怯えるように見上げた鹿にエリアが告げた。もしもジェイルを捕縛することができていたなら、ここまで不安にかられることはなかったのに、とエリアは思った。
「エリアが謝ることはないよ。悪いのはジェイルだ。それに、おれも悪いんだ」
微かなモヤになったアールがエリアに言った。アールは今はもう騎士になることを夢見ていないようだった。声に呑気さのカケラもなかったからだ。
「……どう言うことです」
「おれは一度悪い感情に飲まれた。人をころす事を楽しんでしまった。そんなおれが騎士になるなんて、いけないことだったんだ」
風が冷たい上に雪が降り始めていた。暖かい服装をしているとはいえ、エルフであるエリアには小氷期というべき寒さが続いたのには堪えた。今はもう住めるような森もない。春が来たら暖かい地域に移り住もうとエリアは思った。が、あまりにも残した問題が多すぎた。エリアはため息を漏らした。
「それはあなたのせいではありません。誰も最初から完璧な者はいません。大事なのは間違いを自覚して直す事。あなた自身が正しいと確信しないことです。人は、いえ私たち亜人も間違いを自覚しやり直そうと思えばできるのです。一番恐ろしいのは間違いに気づけないで自身の正しさを確信してしまい周囲にもそれを押し付けてしまうことなのですから」
「おれ、やり直せると思う?」
「あなたに悪意がないのはわかっています。でも覚えていてください。たとえ善意からした行いでも人によっては余計なお世話になってしまうことを。あなたが自分ならしてほしい事より、その人が何をしてほしいか考えることができるのなら、やり直すことができるでしょう」
「たぶん、わかったと思う」
アールなら絶対にやり直せる。エリアはあえてそう言わなかった。過度に期待を持たせたくはなかったからだ。けれども、どん底に落ちたならこれ以上落ちることもないのも事実だ。
黒い水で暗く染められていた地面が雪で白くなった。




