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守るべき想い

 一歩づつ、例え地味な事だとしても大切なことは忘れないように。それが誰の目にも留まらなかったり無視されたり、正しいことをしているのに誹謗中傷されることがないように。






 ディレル国の魔物に日々悩まされた村民たちは年々増加している魔物を駆除するため自衛団体を設立した。猟師をしている人が中心となって罠を作ることにしたのだ。猟師が罠の作成方法を教え、魔物が出そうな場所に一個づつ罠を仕掛けた。


 それと同じように都市でも魔物の保護を訴える活動家が軒並み増えた。それはどれもが熱が入っていて煽動(せんどう)的だった。中には村にまで押し掛け村民に嫌な顔をされても全く引こうとしない人が続出した。


 かたや安心できる生活を望み、かたや生命の尊重を訴え話は平行線のまま一触即発の状況にまでなった。それが国の日常になりつつあった。


 平穏は破壊し尽くされてしまっていた。  





 一年、また一年が巡りディレル国全体が大寒波に飲まれた最中(さなか)での火災だった。焼けた箇所が少なかったとはいえ怪我人を治療するのに困難を極めた。ゼルやパツィの治療は信用できないと怪我をそのまま放置して帰る人もいたし、ゼル達の善意を胡散臭い目で眺める人もいた。そもそも麻酔すら昔にはなかったので医者の治療すら当てにされてなかったのだ。だから、パン・シール教団に指名手配されているルチアが差し出した薬など怪我人からしたら最も使ってほしくないものだった。野外病院は周囲の無理解により崩壊しつつあった。


 



 アールは逃げおおせていた。ランコアに魔法をかけられまた煙になったアールは空に舞い上がっていたのだ。そこでアールはマダムとジェイルの戦いに出くわした。悪霊を従えたジェイルによってマダムが劣勢に立たされていた。


「マダム! 大丈夫か!」


「ちょっと待ってよ! そのまま突っ込むつもり? いくら今の君が煙でも、攻撃魔法や悪霊の呪いに当たらない訳じゃないんだからね!」



 昼間でも日の光が届かない訳が空に飛び上がった事で明白になった。何千、何万というおびただしい数の悪霊が空を覆い尽くしていたのだ。そのどれもが黒く光を吸収してしまっているため、日中でも暗く時間感覚が狂わされた。うごめく悪霊は怨念をマダムに向けていたためアールは何事もなかったが、悪意を向けられたマダムはうめき苦しみ空を飛ぶのも一苦労と言った感じだ。彼女は聖水が入った瓶を握りしめていたが、手が震えていつ墜落してもおかしくなかった。


「マダム! 今助けるよ!」


 毛玉が止めようとしたがアールはマダムに向かって飛んでいった。ちょうどその時ジェイルが放った黒魔法がアールに直撃した。


「あ、アール?」


 驚きを隠せないマダムの前でアールは雲散霧消した。


「アール!」








 地上ではゼルとパツィが怪我人の手当をしている最中、小さな竜とヨエルは大きな魔方陣を描いていた。ようやく目が覚めたスカイはルッツィこと、ルチアにまた会えた喜びを隠しきれないでいたが、ゼルにたしなめられて渋々手伝いをすることになった。


「お前はこの人をみていてくれ。パツィのお姉さんだそうだ」


 ゼルが指を指した先には簡易ベッドに横たわったミュリエルがいた。静かに寝息を立てている。


「へー。かわいいじゃねえか。……ところで何であんたは医者みたいな真似事してるんだ? 良い人気取りも大概にしろよな」


「火事が起きて怪我人の手当をしているのがそんなに不思議か。騎士として、いや人として当然のことをしたまでだが」


 険悪な雰囲気が漂って来た時、ミュリエルが目を覚ました。


「んー。あれ、ここは……」


「お姉ちゃん! 大丈夫?」


 まだ頭が混乱しているミュリエルは、駆け寄ってきたパツィに困惑した。動悸が止まらない彼女はパツィにこう問いかけた。


「……ここ、どこ?」





 いまや漆黒の空はディレル街を覆い尽くし、隣街や周辺の村にまで広がっていった。危機感を覚えたエリアは咄嗟(とっさ)にミリア湖の主である竜に伝えようとして気づいた。


「主様はもういないんだった……」


 竜の血が含まれた浄化作用をもつ雨が降ったあとでさえ昼間さえも黒い空は一向に明るくならなかった。気を確かに持とうとしても、空が暗いままでは気が沈んでしまう。


「ねえ、あそこに家があるよ! 行ってみようよ!」


 ミラが大きな声を出して指を指した。その方向にはどこかで見覚えのある建物があった。


「診療所があるわ! エリア、行ってみましょう!」


 テレージアも今度ばかりはミラに同意しているし、前を見てみると確かにそうだった。周囲の森が消え失せたあとでも、エリアが診療所として使っていた建物は依然としてまだそこにあった。


「もう消えてしまったかと思ってたのに……」


 雨に打たれずぶ濡れになった診療所は消えることなくエリアの帰りを待っていたかのようだ。






 消えないものがある一方でアールの体は完全に消えてしまった。一部始終を見ていたマダムは呆然としてしまった。


「城壁から落ちたときにさっさとしんでいれば良かったものを。強運もこれで終わりだ」


 ジェイルが言うやいなや、回りにいた悪霊がマダムに一斉に襲いかかった。


 その時青い閃光が地上から鮮明に発せられた。あまりの明るさに思わず目をとじてしまったマダムだったが墜落することはなかった。薄く目を開けると、まばゆい光が悪霊を蹴散らしていた。それと同時に見えなくなっていたアールらしき輪郭がぼんやりと見えた。


「マダム! おれは大丈夫だから! 今から反撃開始だ!」






 黙々と青い光を発する線を描ききったヨエルと竜は完成した魔方陣の効果を確認していなかった。発せられた青い光はあまりにも眩しく目を開けていられなかったのだ。しかし、上空にいるマダムは薄く目を開けていてもはっきりと魔除けの五芒星(ごぼうせい)がディレル街の広場に描かれていることを目視した。


 白い雪がちらついた。あまりに寒く身を切るような冷たさの中あんなにも黒かった空は明るさを取り戻した。黒く覆われていたディレル街は白く染まった。徐々に青い光が消えた頃には悪霊たちの姿は消え失せていた。






 命運が尽きたかと思われたマダムだったが兎に角まだ生きていた。あれほど大量にいた悪霊の影一つすら見当たらない。ジェイルの姿さえ見えない。どこかへ逃げたのだろうか。取り敢えず困難は切り抜けたようだ。


 ホッとしたのも束の間だった。なぜならマダムは気が緩んだせいで落下し始めていたからだ。城壁から落ちた時は咄嗟に自身に落下を緩やかにする呪文をかけたことで地面への墜落の衝撃をやわらげることができた。が、マダムが今いる所は城壁よりもさらに高い空だ。体勢を立て直そうにも強風が体全体を直撃しまともに魔法をかけられる状態ではなかった。気が失いそうになる直前声が聞こえた。


「マダム! しっかりして!」


 その時宙に浮く感覚がしたことをマダムはぼんやりと感じ取った。


 

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