燃え残った希望の欠片、騎士道の復活へ
三人そろった時にエリアの笑顔は戻らなかった。人形のテレージアでさえまるで冴えない表情を浮かべているようだ。見渡す限りの迷宮は消え失せ屋敷でさえも消え失せていた。あの浄化をもたらす雨が黒魔法のかかった屋敷を消失させていたからだ。けれど喜ばしいことばかりだけではなかった。
「……森が無くなってる。どうして、こんな……」
正確には木々はまだまばらに残っていた。しかし、その残された木々のどれもが生命力が尽きかけていた。
「こんな事って……」
エルフにとって命綱である森が消え失せたことは存在意義を消されたのと同義だ。エリアは屋敷が消えたときに薄々感づいていた。あの雨は呪いがかかった物を消滅させることがあるかもしれないという事を。理想としては呪いがかかっても元の状態に戻れるかもしれない。が、呪いが生き物の生命力を損なっていたとしたら?
浄化の雨により元に戻ったとしても、消える他ないということになってしまう。建物でさえ消え失せてしまっているのなら、呪いにかかった者は誰であれ安全ではない。その事実に思い当たったエリアは浄化の雨に当たって残っているものはどのくらいかという空しい思いに囚われそうになった。
「……皆、消えてしまうの?」
「消えてないよ! あたしたちここにいるよ!」
「勝手に消さないでちょうだいよ。失礼ね!」
そうだ。少なくともここにいるミラとテレージアは消えてなどいない。消えてしまったものより、まだ消えてないものを探そう。もしかしたら、ミュリエルは無事かもしれないのだから。気持ちを奮い立たせたエリアはそっと涙を拭いた。希望をまだ絶やしてはいけない。
どうして逃げなくてはいけないのか。自身に浴びせられた非難がましい視線を避けるかのように思わず逃げ出したアールは今更ながら彼自身が立たされた立場を痛感した。助けたはずのルッツィことルチアはアールに付いてきてはいない。それもそのはず、ルッツィはアールの狂った姿を見てしまったのだから今更信用してくれなんて言えるはずがなかったのだ。だからか、焼けた建物に身を隠すようにアールは息をころしていた。
「あいつが憎い?」
唐突な問いかけにビクッとしたアールはそばにあの銀髪の少年がいることに気づいた。崩れかけた障壁から助け出したあの少年だと分かったアールは安心しながらも質問の意味が分からず戸惑った。
「あいつって? 誰の事だよ?」
「父長だよ! パン・シール教団の! 君は言わば犠牲者なんだ。……分かってるはずでしょ?」
「どうして、それを……」
「そう言えば、この姿で君に会うのは初めてだったね。僕はランコア。君になついているあの犬耳の子から、ラン子って呼ばれたこともあるよ」
そう言われてもなかなか合点のいかないアールは腑に落ちない顔をした。
「うーん」
「じゃあ、これでどう?」
いまいち要領を得ないアールに少しいらっとしたランコアはあの毛玉の姿に変身した。と、同時にアールはピンと来たようだった。
「ああ、あの時の毛玉君は君だったのか!」
「これで分かった? ……話がそれちゃったから、さっきの質問をするけど、あの父長のこと、憎くないの? このままじゃ、君みたいな人沢山出ちゃうよ?」
「おれみたいなって、奴のせいでおれみたいに煙になってしまうってこと?」
焦れったそうに毛玉、ではなくランコアは体を震わせた。
「違うよ! 君はただの煙なんかじゃない。……魔物だよ。君は魔物にされてしまったんだよ。それでも父長のこと、恨まないの?」
「それは……」
答えようとしたときだった。いつの間にか市民に囲まれてしまったようだ。皆、アールを敵を見るような目で見ていた。
「俺らの家燃やしたつけ、たっぷり払ってもらうからな!」
街の中心部では、ゼルが中心となって瓦礫に埋もれた人達を助け出していた。火事が思いの外早く雨により消し止めれたお陰で炎が広範囲を焼き尽くさなかったのが不幸中の幸いだった。
広場は臨時の野外病院の状態となり、怪我人が運ばれていった。
「これじゃまずいな。手当てをするための布が足りないな。どうしよう……」
ゼルが足に火傷を負った人の足を見てうめいた。血がにじんでいてかなりの重傷だ。それだけでなく骨折した人がいたり今所持している包帯だけでは心もとないのは火を見るより明らかだった。
「私、治癒魔法なんて覚えてない」
表情を固くしながらパツィが答える。いまだに目を覚まさない姉のミュリエルのことが気になっているようだ。
「薬とか持ってたりしないか?」
「牢獄に入れられたときに持っていたもの全部奪われたから、ないに決まってるじゃない」
「そうか……」
重苦しい空気が流れ出しそうなときだった。人混みの中からフードを被った人が進み出た。青い顔をしながら薬の入った瓶をゼルに差し出している。
「……! お前はたしか!」
パン・シール教団のばらまいた指名手配のビラに書いてあった顔にそっくりの顔がそこにあった。薬を差し出したのがルチアだったからだ。
「あの、薬なら持ってます。足りるかどうか分からないけど、使ってください!」
正体不明の薬を使うなんてどうかしてる、とパツィは言いたげだったが、ゼルはありがたくそれを使わせてもらうことにした。
「ありがとう、恩に着る。この借りは必ず返す」
「お返しなんて必要ありません。ただ……」
そこで、ルチアは言いよどんだ。誰かに盗み聞きされるのを警戒しているようだ。
「……パン・シール教団からお前を守る、というのはどうだ?」
「……え」
ルチアはキョトンとしている。一体どうやってあいつらから、守るというのだろうか。
「お前は無実の罪を着せられて奴らに追われてるんだろう。俺は奴に騎士の存在を否定されたものだ。だから、騎士がなくなっても騎士道精神まで踏みにじられたくない。そのためにお前を守らせてくれ」
「無理です! あなたは、奴の恐ろしさが分かってません! 今、私は奴から逃げてきたところですが、いつ追い付くとも限らないんですよ!」
「少なくても可能性があるなら、それを信じたい」
「ふーん。ゼルって、かっこいいこと言えるんだ」
冷やかすようにパツィが言ったが表情が緩んでいる。ようやくゼルの口から騎士らしいことを聞けたからだろう。
「うるさい」
ヨロヨロと立ち上がる。人生が終わったわけではない。それなのにヨエルは空しさに囚われていた。側で気絶しているスカイと魔物化した幽霊をそっちのけにして歩き出した。
「どこに行くつもりだ」
小さな竜が問いかける。まさか逃げるんじゃないだろうな? そう言われたような気がしたヨエルは立ちすくんだ。
「魔物を消滅させる研究は、結局己のエゴだ。……初めの魔物を造ったのは私なのだから。しかもその研究内容を私利私欲のためジェイルに売り渡した。まさか奴に危険な魔物を造れるはずがないとたかをくくっていた。まさか、こんなことになるとは予想なんてしなかった……」
「だから、カリドゥス国に逃げたと言うわけか。お前の変身術はなかなかのものだからな。得意の語学でカリドゥスの人になりきって、逃げきったつもりでいたが罪悪感から研究を開始した。それとも今ごろになって、責任放棄するつもりか?」
「そんなつもりは、ない。ただ……」
ふと空を見上げる。漆黒の空に何かが飛んでいる姿が見えた。ヨエルは空に見えるものが小さくてよく見えなかったので視力を上げる魔法を自身にかけた。そこで見えたのは空を飛ぶマダム・マーラとジェイルだった。ジェイルがマダムを追いかけ回し、さらには攻撃魔法を立て続けにマダムに向かって発射していた。しかも最悪なものがマダムを追跡しているのをヨエルは見てしまった。
「……っ。悪霊の集団だとっ」
ついにジェイルは悪霊までも味方につけてしまったようだ。




