真実の化粧をしたでまかせ
今や、普通の日常は破壊しつくされていた。私が部屋を破壊したにも関わらず、私は退学処分にはならなかった。誰もが私の存在を無視しているため私が何をしでかそうが関係ないと言った感じだった。
嬉しいことに、いや、本当に嬉しいことだろうか。友達のダニエラは私の事を無視しなかった。が、明らかに会話の内容が破綻していた。例えば新しく出来たケーキ屋の話をしていたかと思えば、魔物のエサには人の血液が欠かせないという、おぞましい話になりかけた事が度々あった。
「そうだ! 私卒業したら、パティシエになろう! 沢山のケーキに魔の水をふんだんに使うの。魔物になりたい人が山ほど買いに来るはずよ! ね、いいアイデアでしょ? カーラ?」
「……うーん」
正直会話を終わらせたかった私は忙しいふりをすることにした。巨人の絶滅に関する本をこれ見よがしに鞄から出し、来週に控えた課題提出のための勉強をしている風を装った。
「ちょっと、何で急に本を取り出すの? 会話の途中じゃないの!」
「そうなんだけど、課題の勉強が全然進んでないから……。ごめんね」
そう言って明らかに不満たらたらなダニエラの不服そうな声を遮ってページを開くと、予想外の内容に私は目を見開いた。巨人の絶滅に私の祖先が関わっているという内容が扇情的に書かれていたのだ。
『忌まわしいカーラ・ハルトナーの先祖であるミュリエルとパツィ姉妹が当時魔女として有名だったマーラの手を借りて巨人を殲滅した。魔物の血が流れる巨人を滅ぼしたこの姉妹と魔女とその一味であるゼル・ミドルーラの子孫は根絶やしにするべきである』
私は一気に血の気が失せていくのを感じた。
「そんな……。あり得ないっ。こんなのあり得ないっ」
都合のいい嘘に納得出来るはずがない。残念ながら私の祖先に有名な人はいないし、両親も無名な(魔法はそこそこ得意だけど)一般人だ。親戚ですらテレビに出るような有名人はいない。それなのに、歴史の本は少なからず巨人を滅ぼしたのが私が全然知らない祖先だということになっていた。
いや、全く知らないというのは嘘だ。あの銀髪の性悪少年からもらったあの本には確かにパツィやミュリエル、マダム・マーラやゼルが出てきていたからだ。しかし、それでも私はあの本の登場人物は創作だと信じて疑わなかった。
間違っているのは本の方だ。声を大にして主張したかったけれど、あいにく周囲の人たちはダニエラも含めてテレビや本が声高に叫ぶおかしな真実とも呼べない代物を揺るがしがたい真理として受け入れていたのだった。
私は数少ない理性を保った人の一人であるジョシュアを探すことにした。ドクター・ハイネは相変わらずどこにいるのか分からないから自ずと足は上級生が住む寮に向いた。
そこで私は意外な人に出くわした。ドクター・ハイネが上級生の寮から出てきたのだ。どういうわけか顔が真っ青だ。私は思わず彼女に向かって駆け出していた。
「……話しは後にしてくれないか。急用が出来たのでね」
足早に立ち去ろうとする彼女に駆け足で付いていきながら私は尋ねた。
「少しだけでも無理ですか?」
おもむろに足を止めたかと思うと彼女は一息ついてこう言った。
「呪いを解くための聖水を作るために真水が必要なのだが、どの水にも微量ながら怨素が含まれていたっ」
まくし立てる口が青く震えている。それでも私は聞いたことのない言葉が気になり聞いた。
「え、えんそって、何のことですか?」
「そうか、君は黒魔法防御術を習ってなかったんだったな。怨素は、呪いの水に含まれている成分だ。どんなに無色透明な水でも怨素が含まれている限り、聖水を作ることが出来ないし、魔法薬にすら使えない。そんな危ない代物が、水道から検出されたのだよ」
「え……」
「聖水を作ることが出来れば他の人等が抱いている幻想を打ち砕くことが出来たんだか……、この校舎全ての水道から怨素が含まれていた……」
その後の説明はろくに覚えていない。わずかに覚えているのは、水を出す魔法ですら当てに出来ないということだけだ。
書きかけの文章を読み直す。徹夜が続き誤ってメール送信ボタンを押した事もあり、マリー・ハイネは慎重に指を動かした。まだ正気を保っているであろう人にあてて世の中の惨状を変えようと呼びかける内容のメールを送ろうとしているところだ。
「近頃のニュースはどれもあてにならないな。この国の人々の生活状況すら分からないようじゃ、誰に送れば良いかも検討がつかない……。高等教育機関の教授にでも送ろうか? カリドゥス国では私は少し名は知れているが、ディレル国ではどうだかな。……少し休憩しよう」
席を外したマリーは貯蔵しておいた聖水でお茶を沸かした。貯めてある数には限りがあるためあまり沢山飲むことは出来ない。あのマーラと名乗る女性と一緒に暮らすようになってから、聖水を切らして理性が吹っ飛ぶことはなくなったが、まだ呪いを解く方法が見つかったわけではなかった。
あの本に書いてある通りに聖水を飲めばすぐ元の体に戻れる訳ではない。マリーは自身が様々な本に大悪党として書かれていることに気がついてないわけではなかった。あの忌まわしい本は今現在の人を歴史上の人物にしながらあることないことを書きたてている。そしてそれをばらまいているのが自身の息子であることも知っていた。その原因が自身にあることも。
「ただいまー。夕食買ってきましたわよー。……あら、またなの?」
帰ってきたマーラが怪訝そうに部屋全体を見回した。部屋は物が散乱して足の踏み場がない。
「またとは何だ。またとは。これでも実験の頻度を落とした方だ。物を破壊しないだけありがたいと思え」
「本当に言葉遣いがなってないですわね。わたくしが一から教えて差し上げましょうか?」
「断る。実験の妨げになる。私は今魔物を一斉浄化する実験で忙しい」
「お茶を飲んでいるのにどこが忙しいのやら……。あら、メールを書いてるんですの?」
メールの内容を見ようとしたマーラは床に散乱したとある本に視線が移った。内心ホッとしたマリーだったがそれはつかの間だけだった。マーラが何かを見つけたらしくそれを取り上げたからだ。
「……これ、何ですの?」
「それはっ」
何故か巨人に関するあの本がマリーの足元に落ちていた。
「どうしてこれがここに……」
それは確かカーラが持っているはずの本に間違いない。捏造された偽の歴史小説のため、一冊しかないはずだった。考えられるのは、いつの間にかマリーのカバンに入っていたかそれとも……。
「この本、増殖する魔法がかけられてますわ。きっと、誰もが目につくような場所にも何冊かあるはずですわね」
恐ろしい嘘がばらまかれている。マリーは知っているはずだった。が、知っているのと本当に分かっているのとでは、天と地程も違うものだとようやく身に染みた。
「嘘が真実になってしまう時、貴方ならどうしますか?」




