心の明かりが曇る時、街は瓦解する
魔法の裁ちバサミを携えたテレージアは、勇者さながら迫り来る魔物を斬っていった。側ではミラが魔物を引き裂いている。
呪いの人形がいなくなったと一安心したのもつかの間で、瞬時にグロテスクな見た目の魔物が襲いかかってきたのだ。理性を失ったミュリエルを探す間もなく次々に襲いかかる魔物を倒していったが、三人は確かに疲労が蓄積していた。そこでエリアはとっておきの秘技を使うことにした。
「時間凍結!」
牙を剥いた蜘蛛のような八足の魔物が、ピクリとも動かなくなった。身体中に生えている黒い毛も微動だにしない。ミラとテレージアは恐る恐るその魔物をつついたが動く気配はない。
「すごーい! 全然動かないよ!」
感心しているミラだったが、テレージアはミラの喜びに付き合いきれないといった面持ちでエリアを見た。
「こんなことができるなら最初からしてくれても良かったじゃないのっ」
その口調には非難めいたものがあった。が、エリアは努めて冷静に言った。
「この魔法は魔力をかなり消費するし、体力も使うからなるべく使いたくないの。……それにやっぱりミュリエルを放っておけない。彼女を探し出したい」
「……っ。ミュリエルを追いかけようにもこの建物にまだいるからどうかなんて分からないし、しかもここ迷路みたいになってるじゃない! どうやって探すのよ!」
テレージアが声を上ずらせながら叫んだ。今まで一緒にいた相棒だからか表には出さずとも心配しているのが、エリアにも感じ取れた。
テレージアが指摘した通りだった。確かに建物内は迷路のように通路が曲がりくねっていた。今ではどこから入ったのか、エリアにもテレージアにもわからなくなっていた。一旦外に出ようとエリアはワープをしようとしたが瞬間移動の魔法は魔方陣を書く必要があることを今更ながら思い出した。
「地道に歩いていくしか、……ないわ」
「そんなっ。ミュリエルが見つからなかったらどうするの!」
絶望的になりかけた時だった。今まで黙っていたミラが大声を出した。
「あたしが匂いをたどっていけばいいんだよ! ムニエル姉ちゃんの匂いはちゃんと覚えているよ!」
「ムニエルじゃなくてミュリエルなんだけど……」
「ムニエルを探すぞー! えいえいオー!」
魚料理じゃないんだから、とエリアが言おうとした時にはミラは駆け出していた。
「ちょっと、待って!」
固まったままの蜘蛛の魔物を、尻目に駆けて行きながらエリアはミラを追った。慌ててテレージアもミラの後を追う。が、ミラは走る速度が速くいつの間にか見失ってしまった。四方八方どこを見ても果てのない迷路が続いていた。
「どこに行ったの……」
いつの間にかテレージアの姿も見当たらなくなっていた。心細くなるのをこらえながらエリアは魔力のこもった水晶で失せ物探しのおまじないをした。
「獣人族のミラと人形のテレージア、そして人の子のミュリエルの居場所を教えてください」
そう問いかけると、水晶から三つの光が出てきた。淡い黄色の光はミラの形になりすぐに東の方角を指差した。薄紫の光はちいさな人形の形になり西を指差した。光の回りにはミラとテレージアがいると思われる風景も写し出されていた。二人とも近くにいるようだ。離れ離れになったせいかミラの光は不安そうにキョロキョロしている。
しかし、肝心のミュリエルと思われる人の形をした水色の光は微動だにせず、指を指すことすらしなかった。周囲の光景も見えてこない。
「どうして……」
どうやら、光はミラとテレージアの所在は解っても、ミュリエルの存在は解らなかったようだ。エリアはもう一度問いかけたが、ミュリエルの光は全く動かなかった。しかし次の瞬間エリアにとって思いもよらないことがミュリエルの光に起きた。水色の光がどす黒く変色したのだ。
「そ、そんなっ」
エリアは昔エルフの長老に言われたことを思い出していた。人の持つ個性や癖はなかなか変わらないこと、性格は表面は変えることができても嫌な癖は自覚しない限り直らないこと。それが人探しの時の光の色となって出てくるということ。だからこそ光の急激な変化は誰か悪意を持つものによって無理やり変化させられたと見なせた。
「黒い光は、悪意の色……」
ミュリエルを表す水色の光はその後も一向に出てこなかった。
いつの間にか雨は上がっていた。それと同時に周囲がやけに騒々しくなっていた。皆一様に空を見上げている。
「おい、あれ見てみろよ。雲にしちゃ変な動きをしているぞ」
いがみあっているヨエルと小さな龍の横の道を隔てた先にいる男が上を見ながら大きめの声で言ったため、龍を除いて皆が一斉に空を見上げた。
それはなぜかはっきりと見えた。暗い空にやけに大きい灰色の人の形のような雲らしきものが、城壁の上を燃やしていた。というのも、雲が動くと火の手が上がったからだ。
よくよく見ると兵士が城壁の火から必死に逃げようとしてそのうちの一人が遂に落下してしてしまった。
「大変だ! 火を消さないと!」
ゼルがそう叫ぶと龍がこっそりとゼルの足に魔法をかけて動けなくしてしまった。
「な、何で脚が動かないんだ?」
見かねたパツィが自身の腕を補助魔法で強化した後、ゼルの脚を引っ張った。
「痛い! 手を離せ! 骨が折れるだろ!」
「ご、ごめんなさいっ」
パツィが手を離すとゼルが痛そうに脚を擦った。ヨエルが手当てをしようとしたがゼルは手で制した。
「ちょっと脚が赤くなっただけだ。それより、俺を動けなくしたのはお前か?」
「なぜ私がそのような浅ましいことをしなくてはいけない?
意味がないだろうが」
ツンとすましてヨエルは答える。見た目は女性だが、やはりこの口調はヨエルそのものだ。ゼルは殴りたいのを必死で堪えながら手を下ろした。険悪な空気が流れてきたので慌てて龍が口を挟んだ。
「お主の脚を動けなくしたのは我だ。すまぬことをした」
それを聞くとゼルの顔が紅潮した。唇は怒りで震えている。
「何でそんなことをした! 火を消さないといけない時に引き留める奴があるか!」
「落ち着け。あの炎は黒魔法でできたものだ。普通に水で消すのは意味がない」
「それじゃ、どうすれば良いのよ! ただ見てるだけ? そんなこと出きるわけないでしょ!」
言い合っている内に炎が燃え広がっているのか、回りにいた人たちが落ち着きを失くしつつあった。その時一人の女性が杯を持って声を上げた。
「この黒い水をかぶって飲み干しなさい。そうすれば炎に焼かれない体を手に入れることができます」
それを聞いた街の人たちは我先にとその女性に群がった。側にいたスカイもそわそわしだした。黒い水を飲もうか悩んでいる顔だ。
「それを飲むでない! 狂気に飲まれるぞ!」
しかし街の人たちは小さな龍の警告など耳に貸さず、黒い水を飲もうとした。
「駄目だ! 飲むな!」
スカイの頬をゼルが思いきり殴ったため、スカイは脳震盪を起こして気絶してしまった。
それでも周囲の人たちは必死に止めようとするゼルや龍の言動を無視した。やむなく龍は事の発端である黒い水を飲ませようとした女性に体当たりし失神させた。すると街の人たちは目が覚めたかのように持っていた黒い水が入った杯を忌々しそうに捨てた。
が、それで終わりではなかった。燃え盛る火が城壁を越えて行く。灰色の人の形をした雲はそれを楽しむように眺めている。パツィが止める間もなくゼルは火に向かっていった。
「危ないから戻ってきて!」
ディレル街の繁華街は石でできている。しかし、それ以外の建物の多くは木造家屋が大半を占めていた。火が木材を一つ、また一つと燃え上がらせていく……。
「雨が、降らぬだと?」
さっきまで降っていた浄化の雨をまた降らせようとした龍は愕然とした。大量の水を魔法で出そうとしたヨエルでさえ同じ結果だった。
火を消し止める術がない。折悪しく、突風が火を煽った。街は避難する人々で溢れかえった。街はさながら地獄のようだった。




