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操り人形のしもべと迷路、出口はない

 朝日が昇ってくるはずだった。しかし、空はどこを見渡しても黒一色で星すら見えなかった。それにいち早く気づいたのは村人だった。というのも、黒い霧が空を覆い尽くす前は街以外ならどこでも星が瞬いていたからだった。変化のなくなった空に怯えた人たちはなんとか灯りを(とも)そうと枝をかき集め火をつけることで恐怖心をぬぐおうとした。が、(たきぎ)についた火は青黒い火だった。そして、燃え上がった炎は、村全体を焼き尽くした。 


 実は薪に使った枝は黒い水を吸い込んで魔物の植物になっていたのだが、暗い中では普通の植物のように見えた。魔物の植物は自身を燃やそうとした村人達に復讐を遂げた。こうしてまた、村が一つ壊滅した。明かりが欲しい、その一心で灯した明かりは破滅をもたらしてしまった。






 アールはパルアベルゼの森の奥に向かっていた。助けを呼ぶ声はそこから聞こえたものだと確信してのことだ。森はいやに静かだった。普通なら聞こえるはずの鳥のさえずりや狼の遠吠えでさえ聞こえなかった。まったくの無音だ。 


「おかしいな。ここら辺から聞こえたはずなんだけど、聞き間違いか?」 


 するとどこからか微かに声が聞こえてきた。それは悲鳴というより楽しげな声だった。気を引き締めて耳をそばだてると、今度は鮮明に聞こえてきた。 


「アハハハッ。やっぱり来ちゃったかぁー。でも、それが君だもんね。騎士になりたい巨人なんだもんねぇ?」 


白い毛玉がアールの眼前で浮いていた。まるでアールがここに来ることがわかっていたかのような口ぶりだ。


「お前確か……、誰だっけ?」 


「僕はランコア。前に会ったことあるはずだけど、もしかして、覚えてないとか? まじで傷ついたんですけどぉ」


 とはいえ、顔が見えないので本当にショックを受けたかは定かではない。むしろ声だけでいうなら、楽しんでいる方だ。


「おれはお前と話している暇はない。邪魔するなっ」


「そんなに邪険に扱ってもいいのかなぁ? 君、きっと後悔するよ」 


 ここで手間取る方がよっぽど後悔するとばかりにアールは毛玉のランコアを無視した。


「絶対後悔するよ!」


 森の中は真っ暗だ。しかしアールには真昼と同じように森の中を見渡すことができた。助けを呼ぶ声は森の奥深い場所から聞こえていた。


 しばらく歩いていると、誰かが倒れているのが見えてきた。近づいて確かめてみると外傷はない。息はしているようだ。森の中は魔物かいるかもしれないのでアールはその人を起こすことにした。


「起きてっ。ここは危険だから……。ん? この人、どこかで見たような?」 


 どこか見覚えのあるその人にアールは以前出会っていたような気がしていた。華やかな服装を着ているその人は気配に気付き上体を起こした。


「あなたが来るのを待っていました。来て欲しいところがあるのです。着いてきてください」


 有無を言わせない命令形だ。立ち上がってそのまま歩き出そうとするその人をアールは呼び止めた。


「ちょっと! 助けを呼んだのは君じゃないのか? どうしてここで倒れて……」


 二の句が継げなかった。というのも、歩き出したその人が振り返ったかと思うと目が赤く光ったからだ。あまりの眩しさに思わず目を閉じたアールは理性が揺らぐのを感じた。


「お、お前は誰……」


 自我を手放すまいと必死にくちびるを噛み締めながら問いかけた。


「私はミュリエルだった者。今は親愛なるパン・シール教団のジェイル父長にお仕えする忠実な人形。あなたの大切な人を守りたければ、ジェイル父長に逆らうのはやめて付き従いなさい」


「うっ! 何をすっ」


 抗いたかった。抵抗したかった。が、急激に薄れ行く理性の代わりに狂気がアールを(むしば)んでいくのを感じた。


「理性を手放し魔物の本能に従いなさい。そして……」


 それ以降は聞き取ることができなかった。ただ人間を襲いたくて仕方がなくなっていた。 





 黒い霧は一向に晴れる気配を見せなかった。今が朝なのか夜なのかすらもわからない日々が続いた。ランタンを灯しても無意味で中にはあまりの暗さに泣き叫ぶ人が続出した。そんな中、街の人達や村人達がまだ知らない計画が秘密裏に進められていた。パン・シール教団がついに瘴気をディレル国内にばらまき始めたのだ。  


 今までは魔物だけが吐いていた瘴気が、黒い霧とない()ぜになって人々を襲った。瘴気を吸った人々は理性を失いまだ正気を保っている人を襲い始めた。 


 エリアが赤い雨を定期的に降るように前もって竜の赤い血に魔法をかけていた。その雨が降るたびに魔物と化した動物や人は元に戻り、瘴気も消えた。が、裏をかくかのごとく瘴気がどこからともなく現れた。恐怖に怯えた人々は部屋から一歩も出なくなった。


 そんな時だ。人々の前にある女性が現れた。服装だけで言うならパツィのような服を着ていた。しかし何か様子がおかしい。誰もが無視しようとした時だった。女性が人々に向かい語りかけ始めた。


「私はレイラム。パン・シール教団の者です。今から街に巨人が襲ってきます。私の言う通りにすれば皆様の命は守られます」 


「巨人だって? なんでそんなものが……」


 誰もが疑問に思った。確かに以前巨人が街に来たこともあった。が、街の城壁は頑丈だしいつも兵士が守っている。それに最近は巨人の数が年々減少していることを街の誰もが知っていた。


「私に従いなさい。従わなければなりません」


 有無を言わさぬ声で彼女が言った後、彼女の目が赤く光った。 


「し、従います! 我々はパン・シール教団の信徒になります!」


「おい、何を言って……。僕も従います!」


「俺も従います!」


「私も従います!」


 目から放たれた赤い光りは人々の判断力を奪った。そして、ディレル街は完全に黒い霧と瘴気に覆われた。





 ゼルの屋敷は完全に監獄と化した。八方塞がりのパツィは半狂乱に壁を叩き続けた後虚無感に襲われ床に座り込んだ。宝探ししていたスカイはいつの間にか迷路に迷い来んで魔物に追いかけられていた。ゼルは父親の(まが)い物に惑わされ夢の世界に浸っていた。そしてヨエルはと言えば、女になったショックよりも、もうこの屋敷から出られないかもしれないという恐怖で打ちのめされていた。


 そして絶望をさらに深めようとするかのように魔物の大群がディレル街に押し寄せていた。街の人々は反抗の意を表明することもできず、鬱屈した日々を過ごすようになっていた。魔物に襲われた時も最初の内は兵士などか真摯(しんし)に対応していたが、聖水が入らなくなった今は兵士も手を出そうとしなくなっていた。目に見えない瘴気が人々の良心を蝕み、助けを求める声に耳を傾けなくなっていた。 


 その最悪とも言える結果をレイラムと名乗る女性がディレル街にもたらした。 


「巨人は魔物を襲いません。巨人にとって魔物は友だからです。この水を被れば魔物の匂いをまとうことになり、巨人に襲われなくなります」


 そう言って大衆の前でレイラムが掲げたのは黒い呪いの水だった。


「この水を頭から被り、飲み干しなさい。そうすればあなた方は楽園に至ることができるでしょう」

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