とある未来の話 -カーラ・ハルトナーの特別課題-
歴史の授業は退屈だ。せっかく縁があって魔導学校に通えたのに、魔法とは無関係の歴史を習う意味なんてあるのだろうか。私、カーラ・ハルトナーは、せっかく親に入れさせてもらえた学校で早くも劣等生になりつつあった。
(……まったく、年号を覚えるだけの暗記授業に意味なんてないじゃない……)
しかし、退屈そうにしている私の態度が先生の目に折悪しくも入ってしまったらしい。先生は横に来るなりこう言ったからだ。
「どうやら私の授業よりも大切なものがあなたの頭の中にはあるようですね、ハルトナーさん? あなたには罰として、特別課題を出すことにいたしましょうか」
周りからくすくすと笑い声が聞こえる。どうやら話を聞いていなかったのは私だけらしい。あまりの居たたまれなさに顔が火照るのを感じたが、歴史の講師はとても厳しいので有名なので張りあって自分の立場を余計悪化させるのは控えた。
放課後、私は校内の図書室にいた。さっそく出された課題をこなすためだった。夕方の図書室には誰もいなく、特別課題を出されたのはどうやら私だけらしい。司書係の人が図書室は利用できる時間は夜9時までです、と言うのを聞き流しながら私は図書室の中に入った。
街の中にある図書館とは違い、魔導学校が有する図書室は魔法関連のものが多く利用しているのは優等生を除いて皆無に等しかった。
広い図書室の中で歴史コーナーを探しだし、やっとのことで絶滅した種族のことが書いてあるらしいコーナーへとたどり着いたころには、6時を回っていた。いずれにせよ私は寮住まいなんだし、暗い帰り道を通らなくて済むのはありがたかった。人狼に襲われなくてもスリはわんさかといるからだ。
「昔繁栄していた種族であるエルフや獣人族や巨人がなぜいなくなったかを1000文字でまとめよ、なんて考えなくてもわかりそうなものじゃない。絶対、人間が増えたせいで環境悪化したからよ。1000文字でまとめる意味ないって……」
「本当にそう思う? 人間が増えただけでエルフや巨人が絶滅したって、単純化しすぎじゃない?」
銀色の髪をしたその少年は明らかに私に話しかけていた。魔導学校の制服である赤いブレザーを着ておらず、年も10歳前後に見えることから校内に勝手に入ってきたのは火を見るよりも明らかだった。私はあっけに取られていたが、気を取り直してその少年に問いかけた。
「君、この学校の生徒じゃないでしょ? 勝手に入って来たらダメなんだから。ほら、勝手に入ってきたことは大目に見てあげるから早く出て行ったほうがいいと思うよ?」
けれど、その少年は出ていくそぶりは見せず私のいる歴史コーナーに近づき本棚を見上げただけだった。
「あのねっ。ここは、遊園地じゃないのよ? 学校関係者以外立ち入り禁止なのっ。君話し聞いてる?」
「特別課題をこなすためにここに来たんでしょ? 歴史の授業を聞いてなかったから罰として出されたわけだ」
「……へっ? な、どういう……」
とっさのことで思考が回らなかった。どうして見ず知らずの少年が私にだけ出された特別課題のことを知ってるのだろうか。しかも出された理由まで知ってるなんて……。思わず口を噤んでしまったが、それをいいことに少年は私にたたみかけてきた。
「ねえ、僕が人間以外の種族が滅びた理由、教えてあげようか? ここで探してもカーラさんじゃうまくまとめられないでしょ?」
一気に顔が青ざめた。私の名前まで知っているなんて、どういうことなんだろうか。私が黙ったままでいると、少年はどこに持っていたのか隠してたらしい本を出してきた。かなりボロボロでどうやら昔の本らしい。学校の校章が張られていないのを見る限り、学校の本でないのは明らかだった。
「これはね、とある巨人のことが書かれている本なんだけどね。ここにエルフや巨人たちが絶滅してしまった理由が書かれているよ。カーラさんはこれを見て課題をまとめるといいよ」
思わず本を受け取ってしまってしまった、と思ったが遅かった。その少年は私に本を渡すなり行方をくらまそうとしたのだ。
「ちょ、ちょっとっ! 君は何がしたいわけ? 私になんかしてほしいことでもあるわけ?」
少年は立ち止まると、フッと微笑んだ。その笑顔を見た瞬間私は何か得も言われぬような人ならざるようなものを見たような気がした。
「悪魔の取引じゃないんだからさ。カーラさんに取引してほしいことなんてないよ。ただ、カーラさんが困ってそうだったからその本を渡しただけだよ。あ、その本は返さなくってもいいからね。じゃっ」
そう言うとその少年はその場を離れていってしまった。
(それにしても、どうやって忍び込めたのかな……。校内には部外者は勝手には入れ込めないようになってるはずなんだけど……、……考えないようにしよう。これ以上他の本を探してたら課題に取り組めなくなっちゃう)
中を開いてみると、それは歴史書と言うよりも冒険小説のような物だった。しかも巨人が主人公だ。他の神話や伝説ならば、巨人は主人公になることはまずない。それよりも悪役としてでてきて主人公である勇者に狩られるのがオチだ。
そして銀髪の見ず知らずのあの子と同じように、この本も普通ではなかった。この小説の主人公である巨人はあろうことか騎士を目指していたのだった。
こうして、私はこの本を参考に特別課題をこなすことになった。けれど、この課題が闇に葬り去られた歴史の真実を暴くことになるとは今の私には知る由もなかった。