とある未来の話? 現実と虚構が入り混じる
本の内容がどんどん書き換えられていく。私の好きだった小説も幻想的なファンタジーから内容が一変していた。私の一番大好きな主人公が動物、植物に限らず生き物をすべて生体実験で魔物に変えていく不気味なSFになっていたのだ。
読むものすべての本が魔物と、パン・シール教団を称えていた。こんなもの、いったい誰が読みたいと思うだろうか? けれども私の反感に共感してくれるものはおらず、口をそろえてこれは素晴らしい本だと言った。主人公の倫理観念がトチ狂っているにも関わらず。
周りの私に対する白い目だけなら耐えられたのかもしれない。けれども本の内容、テレビのニュースキャスターの言葉、タブレットで人気の動画までもが右に倣えでパン・シール教団を褒め称えている様は堪えがたかった。
友達であるダニエラは私の思いを分かってくれそうもなかった。私のこの思いを彼女がわかってくれたなら、どれだけ良かっただろうか。けれども今の彼女はパン・シール教団を崇拝している。わかってくれそうなのは知りあって間もないジョシュア・ウェルシュと謎に満ちたドクター・ハイネだけだ。私は一人ではない、と高揚していたけれどいざ話そうとするとためらわれた。たとえこの二人を味方につけたところで、解決の糸口はまだ見つかっていないのだ。
そしてもう一つ気がかりなことがあった。私に振りかかった呪いのことだ。私が触れたイスが氷のように砕け散ったことでジェニファーの私を見る目が明らかに何かを恐れるような目に変わってしまったのだ。ルームメイトである彼女はそれ以降部屋に戻ってこなかった。きっと別の空き部屋で過ごすことにしたのだろう。対して仲良くなかったとはいえこのことは私の心に冷ややかなものを投げかけた。
「よかったじゃん。一人になることができて。君たち友達じゃなかったんでしょ?」
「……! いつの間にっ。どうやって入ってきたのっ」
一人きりになった部屋であの本を読んでいると、いつの間に入ってきたのやら銀髪の少年がそこにいた。無意識のうちに心臓が飛び跳ねたためか、暑くもないのに冷や汗が一滴額から垂れた。
「別にそんなことどうだっていいじゃん。それよりも気にならないの?」
脊髄反射で立ち上がって本を投げつけようとしたがグッとこらえた。この少年は普通じゃないのだ。とり押さえて先生につきだそうとしても無理だろう。手に持った本が自ずと震え出していた。
「な、何が?」
声が上ずる。相手の挙動をうかがいすぎて何もうまく頭が働かない自分に嫌気がさした。少年は相変わらず不敵な笑みを浮かべている。
「あなたにかけた呪いのことだよ。今のところ触ったものを手あたり次第壊したりしてないようだけどね」
「い、いいかげんにしてっ。速く私にかけた呪いを解きなさいよっ」
怒りで声が震えた。魔法を奪われ触ったものを壊すことしかできなくなった私に一体何ができるというのだろうか?
「頼んだって無理だってこと分かってるくせに。僕がその呪い解くわけないじゃん。それよりもさ、その本面白い?」
「はぁ? 今その話する必要あるっ?」
捨て鉢になって答えた。この少年に何を言ったってのらりくらりとかわされるだけなのは分かっていたけれど怒りをぶつけずにはいられなかった。
「感想だよ。感想。特別課題のこと、覚えてる? 巨人がいなくなった歴史についてさ」
「それは……」
いろいろなことがありすぎて忘れていた。けれどももうそんなことはどうでもよくなっている自分がいた。何よりも先に私にかかった呪いを解いて、ダニエラを、おかしくなった人達を元に戻してほしかった。
「それよりも周りの人がおかしくなったの、あんたのせいでしょっ。テレビに出てる人までおかしくなってるっ。一体何をしたのっ?」
「あー。それ聞いちゃう? 教えてほしい? でも、教えてあげないっ」
「……っ! ふざけんじゃないわよ!」
彼は明らかにこの状況を楽しんでいた。私をどうにもならない状態に押しやって楽しんでいるとしか思えなかった。
「いいのかなぁ? そんなに楯突いちゃってさ。自分の立場を危うくするだけだって分からない?」
カッとなって私は手に持っていた本を少年めがけて投げつけた。しかし本は少年にぶつからず壁に激突した。そして、次の瞬間ありえないことが起きた。本が当たった壁にひびが入ったのだ。本の角が当たったところからめりめりと大きくひびが広がっていく。壁に大きくひびが入ったことで隣の部屋の人達も不振に思うに違いない。けれど今は夜中だからか、誰も気付いている様子はなかった。
「……あ」
頭の中が真っ白になるのを感じた。もう終わりだと感じた私はその場にへなへなと腰を下ろした。
「物を壊したら弁償しなきゃいけないんだよ? カーラさん支払えるかなぁ? それとも退学処分? 楽しみだねぇー」
もう何も言えなくなっていた。やけくそになって起こしたこの挙動が私にとって悪い結果をもたらすことぐらい嫌でも痛感した。これからどうすればいいんだろう? その答えは今の私には出せそうになかった。
絶望的な立場にいたのはドクター・ハイネも同じだった。まともな人を探そうとしてもなしのつぶてで誰に聞いてもパン・シール教団を崇める言葉しか出てこなかった。今までいなかったはずの魔物もあらゆるところで出没し都心部を荒し回っていたのを学生たちの会話で知ったのだが、その話によれば魔物が出ても魔導警察は出動せずわれ関せずを決め込んだらしい。そのせいでさまざまな建物が破壊されたのだが、その様子を面白おかしくテレビは報道していたらしい。
「くそっ。私の話を誰も信用しようとしない。このままではディレル国だけでなく全世界が魔物に支配されてしまうってのにっ。やつの弱点さえ、知ることができればっ」
語気を荒げたのがいけなかった。一人ぶつぶつと言っていたところを一番見られたくない人に見られてしまったからだ。
「そんなに私が憎いかね。ヨエ……、いや今はドクター・ハイネか。女性のあなたは美しいのに怒ってしまってはそれが台無しだ」
彼女の前に立っていたのはきらびやかな服装をまとった男だった。心なしかそれを見た彼女は顔がひきつった。
「よくものこのこと私の前に出てこれたなっ。貴様、自分が何をしているのか分かっているのかっ?」
「わかっているとも。私はこの世界を私が望む理想郷にしたいまでだ。それに、あの娘は君の息子が渡した本のおかげで私を架空の人物と思ってくれて助かるよ」
「……なぜあの子には、他の人たちみたいに貴様を崇めさせなかった?」
「愚問だな。あの娘にはとっておきの呪いをかけたのだからその状態で私を崇められたら困るのだよ」
ぞくっとした。とっておきの呪いだって? あの呪いはドクター・ハイネが作った解呪薬で治ったはずでは? 彼女は奴が言った言葉からあの子の呪いはまだ解かれていないことに気づいたのだった。
「あ~、言い忘れたことがあった。私が使った呪いは君の知っている魔法では解くことができないようにしてある。研究づくめでそれ以外の知識が全くない君には魔物を消すことも、呪いを解くことも不可能なのだよ」
今までした努力が全くの無駄だと思い知らされることがどれだけ虚しいことか。徒労感とともに彼女は研究者としてのプライドをずたずたにされたのだった。




