反撃のチャンスをつかめるか
体が重い。一体どれくらい気を失っていただろうか。火薬に火をつけたところまでは覚えていたが、それ以降どうなったか覚えていない。ジェレマイアは体を起こそうとしたがまったく身動きができないことに気づいた。それどころか、声を出すことすらままならない。体の感覚すら感じない。
(俺はどうなってしまったんだ? 何で体が動かないんだ……)
時間が経つにつれて視界がはっきりしてきたが首を動かすことすらできない彼は目を動かして辺りを探るしかなかった。まず目に入ってきたのは異様な色をした樹だった。もしそれを樹と呼ぶとしたらの話だが。なぜなら、目に見えた樹は樹のような風貌をした化け物だったからだ。
(ひっ。な、なんだ、こいつっ。もしかして俺を襲う気じゃないだろうなっ)
そう考えると気が気でならず目の前の樹を殴り倒そうかとさえ思ったほどだが、いかんせん体が動かないので樹の化け物を睨みつけることしかできなかった。
(こんなところでやられてたまるかよっ。でもこいつ、どうして俺を襲ってこないんだ?)
その疑問はもっともだった。もし樹の化け物がジェレマイアを襲っていたなら目を覚ます前に襲っていたはずだからだ。樹の化け物は何をするでもなく辺りをうろうろしていた。
(……もしかしてこいつ、何かを探してる? けど何を?)
すると突然樹は奇声を発したかと思うと、青白い火に包まれた。このままでは彼も火に飲みこまれてしまう。その時彼ははっきりと見た。盛大に燃え上がる火の中で大きな人型の煙がこちらを見ているのを。
いや、正確には樹がいたところを見ていたのだ。その煙を見たとたんジェレマイアは氷を飲み込んだような感覚に陥った。こいつに立ち向かったら一巻の終わりだ、と。その煙はするするとジェレマイアのいるところに近づいてくる。彼は一心に煙がこちらに気が付かないようにと願っていた。
「ここにいる化け物の樹、全部燃やしてやる!」
(煙がしゃべった?! ……もしかしてこの煙は火の魔物なのか? でもどうして魔物が魔物を襲うんだ?)
しかしのん気に考えている場合ではなかった。何とかして逃げないと彼自身も青白い炎に包みこまれてしまう。なんとかしなければ。が、そうこうしているうちに火は魔物の樹を燃やした後跡形もなく消えた。しゃべる黒い煙すら見当たらなくなっていた。燃えた後の灰すら落ちていない。
(あの火が消えてよかった……、じゃなくてっ。どうにかして体を動かさないとっ。ここで寝ているわけにはいかないっ)
ジェレマイアは何とか体を動かそうとしたが体の感覚がないため地面に横たわっているかどうかもわからなかった。が、何とか目を動かしてあることに気づき、愕然とした。
よく目を凝らしてみると、誰か黒い泥の中に倒れているのが目に見えた。背丈はジェレマイアと同じぐらいだ。茶色い髪も彼と同じで、着ている服もどことなく見覚えがあった。なぜなら、目の前に倒れているのはジェレマイア本人だったのだから。
(あそこに倒れているのは、俺? じゃあ、ここにいる俺は一体、……何?)
ぼうっとしていたため反応するのが遅かった。彼の体をよく見ようと眺めていたときすぐそばに人形がいたのだ。動くはずのない人形が瞬きもせず彼を見ている。黒い髪、黒い瞳、青黒いドレスの人形(マダム・マーラに忘れ去られていたマダム似の人形)がそばに立っていた。
「こんばんは。あなた、とってもおいしそうな魂ね。怯えなくっても大丈夫。痛いのは一瞬だから」
考えている暇はなかった。ジェレマイアはもがきにもがいて必死に逃げた。幸いにも行こうとしたところに行けるようになった彼はふわふわしながら彼を食べようとした人形から当て所なく逃げ去った。
「……あ~あ、行っちゃった。とてもおいしそうだったのに、残念。でもあそこに倒れている人間、半分魔物化してたわね。あの魂がその人間のものだとしたら、ふふ、面白いことになること、間違いないわねっ」
拾った鍵束を握りしめ、パツィはゼルたちが閉じ込められた独房へと急いだ。幸い、看守たちは突然起きた建物全体の振動の原因を探るため全員外に出ている。パツィは落ちた鍵束のうちの一つからたちどころに自身が閉じ込められていた独房の鍵を探り当てることができたためすぐさま牢から出ることができたのだった。
が、幸先が良いのはそこまでだった。ゼル、スカイ、ヨエルはそれぞれ離れた独房に閉じ込められたのだ。しかも、パツィ自身はその場所を知らない。看守たちが戻ってこないうちに彼らを見つけだす必要があった。
歩けば歩くほど迷いそうな広い建物の中からゼルたちを見つけだすのは困難に思われた。が、パツィが一人薄暗い廊下を歩いていると目の前にぼんやりとした人影が見えた。暗くてよく見えないがパツィはその顔に思い当たる節があった。というのも、その人はパツィたちに警告を発した幽霊だったからだ。パツィは慎重に確認するようにその幽霊に近づいた。
「あの、少し聞きたいことがあるのですが、いいですか?」
パツィに話しかけられ立ち止まった幽霊は振り向いた。やはり幽霊の顔に見覚えがあったためパツィは少し安堵した。が、幽霊は憂鬱そうな顔つきだ。無理もない。亡くなってからずっとこの建物の中で彷徨い続けているのだから。
「……お主の仲間たちがいる檻のことを聞きたいのだろう」
「はい、そうですっ。もし知っていたら教えてほしいんですけど……」
「申し訳ないが、何処に閉じ込められたかはわからぬ。が、兵士のいないところを教えることはできる」
「え、でも看守が皆外に……」
「兵士は与えられた規則を破ることはできぬ。故に自身の持ち場から離れることはない。もしお主が何も知らぬまま屋敷内を歩き続けているのなら、それは危険極まりないことだ。もしお主の仲間を見つけたいのなら、むやみに動きまわらぬことだ」
『一人一人逃げだして行く。村には人っ子一人いない。鋤や鍬を奪い取られた農民たちは食べるものを探しに都会に行った。食べ物を恵んでくれるような人に出くわせばよいのだが、大抵は見知らぬふりして素通りされるのがおちだった。スカイのように盗人になったものもいる。
みんな魔物と、それを守ろうとするパン・シール教団のせいだと思った。けれども都会の人達は皆一様にパン・シール教を信じている。もしパン・シール教団に敵意を少しでも見せてしまえば魔物のエサにされてしまう、と農民たちは決め込んだ。
これほどまでに街と村が敵対的になるのは何年振りのことだろうか。少なくともパン・シール教団が出る前はこれほどまでに村人や農民たちは街の人達を敵視することはなかった。街の人には街の人の生活があり、農民には農民の生活がある。そして実際にも畑を耕したり羊を放牧することに農民たちは自然の恩恵を感じ取っていたのである。
それを奪い取られた今、羊を放牧しているものでさえ街に行くようになったのである。羊は牧草を食べさせればよいかもしれない。けれども人間はそういうわけにはいかない。畑を耕しているものは街に行ってしまったため、食料である野菜を譲ってもらおうにもいないのでは羊毛と取引することはできない。
そして村には動物だけが取り残された。近くから出る湧き水はどす黒く濁っている。それを吸い取った周りの植物は青黒く変色し、魔物の植物になった。そして何も知らない羊たちはその植物を食んでいた』
「何を書いてるの?」
屈みこんで隠してあった紙に何やら書きこんでいたヨエルはまさか話しかけられるとは思ってもいず「ひゃっ」と変な声をあげてしまった。
「お、お前たちっ。どうしてここに?」
「オレのすり抜け技術が役に立った……」
「私がひろった鍵のおかげよっ」
ヨエルが閉じ込められている檻の前には、一足早く檻から抜け出したパツィと、パツィがひろった鍵によって出ることができたゼルとスカイがいた。ゼルはすっかりやつれ果て、スカイも閉じ込められる前のような陽気さはないが、皆一様にここから出てやる、という決意が顔からにじみ出ていた。
「長く話している暇はない。看守どもが戻ってくる前にここを出る必要がある。……まったくお前の言うことを聞くはめになるとは思いもよらなかったよ」
ゼルのつっけんどんないい草にどうしたんだとヨエルは言いかけたがヨエルの檻の前に薄暗くて見えずらいがもう一人いた。パツィの前に現れたあの幽霊である。彼は口を開くなりこう言った。
「道のりは簡単ではない。気を引き締めて私についてきなさい」




