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わずかな望みにかけて

 一瞬の隙だった。重労働でくたびれ果てていたが敷地内のことは労働の際に頭に叩きこんで把握していた。ジェレマイアは隣の牢獄にいた4人のことをあてにすることをきっぱりやめ、一人で脱獄しようとしていた。


 今彼は大量のたきぎを担いでいる。すぐそばは広大な森だ。見張りの兵士の目をそらすため、こっそり懐に忍ばせていた火打石ですぐさま火をつけ手に取った黒いものに火をつけた。


「おい、そこの奴! 何している!」


 兵士が見咎めジェレマイアに駆けよる。兵士が取り出したのは剣だ。しかし、ジェレマイアには秘策があった。以前労働の時出会った囚人に火薬を譲ってもらっていたのだ。無論、その人も脱獄させるという約束もかねてだ。


 薪で足がもつれかけたがしっかりと足を地につけ、火が付いた火薬を建物に向って投げ飛ばす。火薬は兵士の頭上を舞い、建物のそばに落ちた。


 大爆発だった。彼は逃げることもできず爆風に飛ばされた。一瞬にして気を失い、彼は木の葉のように森の中へと飛ばされてしまった。だが、彼の投げた爆弾は確かな威力を発揮した。かけ寄ってきた兵士や見張っていた兵士を吹き飛ばすだけでなく、すぐ横のパン・シール教団が使用している建物に亀裂を生じさせた。


「……あれ? 今、建物が揺れた?」


 その振動はパツィがいれられた独房にも伝わった。けれども独房は金属でおおわれていてびくともしない。無傷のままだ。だが独房の外が騒がしくなってきていた。建物内にいた看守たちも振動に気がついたらしい。パツィの目の前にいた看守も外の様子を見ようと外へ駆け出した。その時、看守がいたところに何か光るものが目に入った。


「鍵……」





 悪夢はどこまでも続く。悪臭のする沼からでてきたのは、ヘドロでできた大蛇だった。鎌首をもたげてルッツィとミラを見降ろしてる。こんなのに咬まれたらひとたまりもないだろう。


「へ、ヘビっ……」


 ミラは茫然として尻もちをついた。ミラは数ある生き物の中でヘビが一番苦手なのだ。


「い、いやー!」


 ルッツィが悲鳴をあげるやいなや、ヘドロ蛇が襲いかかってきた。間一髪攻撃をさけたが、いつまで体力が持つかわからない。けれども、ここで倒れるわけにはいかなかった。ルッツィはジェイルに復讐することを誓ったのだから。


 ルッツィは態勢を立て直し、ヘドロ蛇をしっかりと見据えた。


「……絶対、ただで倒れたりなんかしない。私が倒れる時はジェイルも一緒に倒れる時だ!」





 ほかにどうすればよかったのだろう。アールは倒れてしまったマダムを一人残し下山していた。頭の中では後悔が渦巻く。自分自身が間抜けでなかったらもっと早くに助けられたはず。あまり悩まないアールだったが、目の前でマダムが倒れたときは身を刻まれるような思いがした。


「絶対、おれがジェイルをやっつけてやる! それまで待っていてくれっ。マダムっ」


 体が煙でできている分、魔物と化した植物からの攻撃は難なくかわせた。根っこごと引きちぎって追いかけてくる樹もいたがアールはあえてそれを無視した。だが、どういうわけか動物の魔物と違って植物の魔物はアールのことを感知できるらしい。まるで知性のある動きに不気味な感じを覚えた。


「こいつらしつこいなっ。燃やしてやりたいぐらいだ……」


 ポロッと本音をこぼした時だった。それまで追いかけて来ていた樹が奇怪な叫び声をあげた。よく見ると黒い煙をあげながら樹が燃え上がっていた。


「……もしかして、さっきおれが燃やしてやりたいって言ったからか?」


 その疑問に答えるものはいない。けれども、樹を追い払う解決策が天から下りてきたような気がした。


「そうか、そう言うことか……。だったらここにいる魔物の植物まとめておれが燃やし尽くしてやる!」






 全速力で木々の間を駆け抜けた。補助魔法で限界まで脚力をあげミュリエルは肩に掴まっている人形のテレージアを落としそうになりながらたくさんいる刃シカから逃げ続けた。もうどこに向かっているのか分からなくなってきた。けれどもこのまま刃シカに斬り刻まれたくないミュリエルは相手があきらめるまで走り続けた。


「はぁっ。はぁっ。こいつらいつまで追いかけてくるのっ? しつこすぎるっ!」


 魔物となった動物は限界というものを知らないのか、逃げるミュリエルをいつまでも追いかけ続けた。パルアベルゼの森は広大らしく、開けた土地すら眼前に広がることはなかった。


「ね、ねえっ! あそこ! あの中に逃げましょう!」


 突然テレージアが呼びかけ止まりそうになる。がグッとこらえて走り続けた。まだ刃シカに追いかけられているので止まるわけにはいかないからだ。


 が、テレージアが指をさした先になにやら建物らしきものが見えたような気がした。暗い森の中で見えにくいが、うっすらと大きな建物が建っているのがかろうじて見えた。


 建物の中に逃げ込むため勢いをそぎ落そうとした時足がもつれてしまった。勢いよく転んだ後、建物の扉にぶつかってしまった。


「いったーい!」


 体を頑丈にする魔法をかけなかったせいか、ぶつかったところがジンジン痛んだ。しかし、そのぶつかった衝撃が建物に伝わったらしい。中から足音が聞こえてきて、ほどなく扉が開いた。


「おや、誰かと思えば……。パツィという娘の姉ではないか」


 どうして自分のことを知っているのだろうとミュリエルが顔をあげたときハッと息を飲んだ。彼女を見降ろしていたのは誰あろう、パン・シール教団の父長、ジェイルだったのだ。ミュリエルはあろうことか敵陣に単独で乗りこみ袋のネズミ状態に自ら陥ってしまったのだった。


「……マジで、最悪」





「いけませんっ! そんなことしたら、この森だけでなく湖をを守るものがいなくなってしまう……。考え直してください。ほかに方法はいくらだってあるはず……」


 寒さ際立ち霜が降りてきたパルアベルゼの森の中、大きな声が響き渡る。エリアは先ほど耳にしたミリア湖の主の言葉がいまだ信じられずにいた。鼓動が激しく脈打ちおさまりそうもない。


「……黒く濁った呪いの水を浄化するためには、我の血を水に注ぐ必要がある。我の血には浄化作用があることはお主も知っておるだろう」


「そうですが……」


 ミリア湖の守り主であるミリア様に傷をつけるなど、エリアにとっては考えたくもないことだった。しかもその主はドラゴンだ。そのうろこに傷をつけるのは至難のわざだ。主様はエリアにどうしろというのだろうか。


「周辺の水はジェイルという奴の放った呪術のせいで呪われてしまった。お主は聖水を作りたいのだろう。ならば我の血が必要ということぐらいわかるだろう。それにこの身体に傷をつけるのは我自身だ。お主の手を血で濡らすことはない」


「……一つ、質問していいですか」


 鼓動がおさまらないがつとめて平静を装いエリアは聞いた。


「かまわぬが、短く済ませてくれ」


「この湖の水を聖水に使うことはできないのですか? この水で聖水を作って呪われた水に振りかければよいのでは? そうすればミリア様も体に傷をつけなくてよいはずです」


 空気がシンと冷え渡る。空がどんよりと黒くなってきたことに嫌でも気づかないわけにはいかなかった。黒い空までもが呪いにかかっていそうという妄想が嫌でもわいてきた。


「……お主も知っての通り、ここの湖はそこまで広くない。ここの水を聖水にしようにもたかが知れている。それに比べ呪いの水が拡がる速度はとてつもなく速い。この水を振りかけただけではどうにもならぬ。必要なのは呪いの元を絶つことだ。一番重要なのはジェイルを倒すことだろうが、今は現実的でない。それに比べると我の示した方法はたやすい。我の血に一度触れた水は二度と呪われにくくなるし、お主の増殖魔法で血を混ぜた水を増やすことも可能だ。ただ、一度魔物化した動物を元に戻せるかは不明だが……」


 これ以上のことはぼんやりとしかエリアの頭に入ってこなかった。ミリア様がいてこその湖なのに、いなくなったらどうなってしまうのだろう。けれどもそれに代わる代替案がまるで思いつかなかった。黒い霧がまるでエリアの心に侵入してきたかのように先行きが見えなくなってしまった。

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