受け継がれる想い(改)
ふぅっと溜息を吐く。周囲はどこを見渡しても魔法を跳ね返す金属でできた壁ばかりで窓すらなく、補助魔法で破壊できるようなヒビはどこにもなかった。今が朝か夜なのかすらもわからない。
いつの間に監視されていたのか。パツィたちは看守に檻から出された後、それぞれ独房に入れ直された。どうやら脱走計画を練っていると気取られたらしい。話し相手がいなくなったパツィはさっきから溜息ばかりだ。
「……ゼル、他に捕まっている人助けない気なのかなぁ……。もしかしたら私たちの助けになってくれるかもしれないのにどうしてあんなこと言ったんだろ。ゼルのこと、わかんなくなってきた……」
いつもゼルの言うことは筋が通っていて感心させられてばかりのパツィだったが、今回ばかりはどうも腑に落ちなかった。きっと面倒ごとを増やしたくないに違いない。そう思ったがそれはいつものゼルらしくないように思えた。騎士を目指している名家の子息なのだから困っている人を助けるのは当然なことではないか?
「あの巨人だったら後先考えずに助けるんだろうな……」
ふと、だいぶ前に会った巨人のことを思いだす。種族を超えて騎士になりたいという願望というか、夢になかば呆れかけたことは深く印象に残っていた。
「アイツ、今どこにいるんだろ……」
しかし、パン・シール教団に捕まる直前の事が脳裏をよぎった。アールが黒モヤになって浮浪者を襲ったことを思い出したのだ。あの時のアールは正気ではなかった。冷たいものがパツィの体をわしづかみにしたような気がした。
パツィたちがパン・シール教団に捕まっている間、世間ではゼルが聞いたら憤りそうなことが決まっていた。ゼルの生家であるミドルーラ家の財産が没収されたばかりか、騎士制度を廃止することが決まったのである。広場では、集まってきた人を前にパン・シール教団の関係者が弁舌を振るっていた。集まった人は皆興奮した様子で演説を聞いている。
「この文明が発達してきている今の時代こそ、騎士などという野蛮なものはいなくなるべきなのです!」
「そうだ、そうだー!」
「騎士こそ諸悪の根源、魔物の命を狩る野蛮人なのです! 命を大切にしない騎士はこれからの時代不要なのです!」
「いいぞー! いいぞー!」
「命を大切にするパン・シール教をこれからもよろしくお願いいたします!」
異様な熱狂が街を包む中、その影響はとどまるところを知らなかった。村では武器になりそうなものがことごとく没収され、魔物退治で息巻いていた村人たちは鋤や鍬を奪っていったパン・シール教団の関係者をますます目の敵にし、街と村をへだたる溝はますます深くなっていくばかりだ。
「あいつら俺たちを何なんだと思ってるんだ! 鋤や鍬がなければ畑を耕せやしないじゃないか! それにあいつらの言ってることだっておかしいじゃないか! 命を大切になんて言葉守ってたら俺たち何も食うものがなくなっちまう! 野菜だって生きてるし、その生きた野菜を守るために虫をころさないといけないんだ! あいつらおかしい!」
パン・シール教団の人が去っていった後、恨めしげにその方向を見やりながら一人の村人が堰を切って怒りだした。隣にいるもう一人の村人は冷静な風を装っているが鋤や鍬を取り上げられたショックは隠しきれていないらしい。顔つきがややうつろだ。
「けどよ、どうするつもりだ? 抗議しようにも俺たちの言うこと誰も聞かないぜ? 村人は街の人とは違う野蛮人だって思われてるんだから」
「街に行って暴れまくってやる! 暴れまくってお偉いさんに目に物見せてやる!」
「鋤や鍬、取り上げられたのに?」
「武器になりそうなものを家の中からかき集める!」
そう言うと興奮した男はどこからかホウキを持ってきた。小枝を荒く束ねたものでところどころ枯れ葉が付いている。
「……ホウキじゃまともに戦えないだろ。相手が魔物をけしかけてくるかもしれないのに」
その言葉を聞いた途端、興奮していた男は急に気恥ずかしくなったのか、うなだれた。魔物のことは考えていなかったらしい。
「けど、これから俺たちどうするよ? 畑を耕せないんじゃ、食い物に困っちまう。このままなにもしないより、街で暴れ回って俺たちのことわかってもらうしかないんじゃ……」
「街に行って暴れたら余計に村人は野蛮人だって思われるだけだぜ。今俺たちに必要なのは食い物だ。俺たちは確かに街の人とは違う。けど、俺たちが誇りに思っていいことが一つだけある」
「……命に感謝していただくこと」
「わかってるじゃないか。確かに街の人は俺たちより恵まれてる。けれど俺たち自然の恵みによって生かされてるってことを街の人達より知っている。これは誇っていいことだと思わないか?」
「……そうだな」
二人感慨にふけっていると、遠くから別の村人が走ってきた。かなり慌てていて足元がもつれかかっている。二人のもとにたどり着くとドシンと転んでしまった。けれども走ってきた人は、起き上がる間もなく息を切らしながらこう言った。
「た、大変だっ。井戸の水が、井戸の水がっ」
「井戸の水がどうしたんだ?」
「井戸の水が真っ黒になって悪臭を放ってるんだっ! さっきの奴ら、井戸に毒を盛ったに違いないっ。おれたち今度こそ潰されるぞっ!」
もうへとへとだった。ミュリエルは森に入っていたことを後悔していた。どこを見渡しても樹ばかりで目印になりそうなものがない。テレージアが指摘したとおり、ミュリエルは森の中で迷ってしまったのだった。
「どうしようっ。帰ろうにもどこに向かっていけばいいのか分からないし……」
「落ち着いてよっ! 歩きまわったら余計迷うじゃないっ!」
「そうだけどっ」
気ばかりが焦る。初めてきた街の中だったら人に聞けば場所がわかるかもしれない。けれどもここは人っ子一人いない森の中なのだ。おまけに空気がだんだん冷えてきていた。手に持っているランタンでは温まりそうにもない。
突拍子もなく森の中に入るんじゃなかった。後悔ばかりが頭の中に渦巻く中、何かの声が聞こえてきた。もしかしたらエリアかも知れない。うれしさのあまり声のしたほうに勢い良く降り向いたミュリエルだったが、その笑顔は間もなく凍り付いた。
「……え?」
目の前には数え切れないほどのシカがいた。ミュリエルが聞いた声はシカの鳴き声だったのだ。しかもそのシカは普通のシカではない。角が剣のように鋭い刃になっていて今にもミュリエルを切り裂きそうだ。思わず手に持っているランタンを強く握る。テレージアも心なしか顔がこわばっているように見えた。
「こんなところ、来るんじゃなかった……」
だんだんと寒くなり雪でおおわれているはずの山が醜い黒いヘドロでおおわれていた。マダムがあっけに取られていると、さらに驚くことが起きた。黒い泥におおわれた樹が動きだしたのだ。魔物と化した樹がマダム目掛けて枝を振り下ろした。
とっさに結界を張ったおかげで攻撃は防げたものの攻撃は止まらなかった。いまや、山自体が魔物となっている。そう理解するには五分もかからなかった。
「アール、下山しますわよっ!」
「えっ? どうして? 聖水はどうするのっ!」
「こんな化け物だらけの山に聖水なんてわき出ているはずがありませんわ! もっとほかに方法があるはず、撤退しますわよ!」
「……わかった」
山を降りることを決めた二人だったが、下山は困難を極めた。何しろ瞬間移動するための魔法陣を地面にかけないため、一歩ずつおりていくしかなかったのだ。しかも、魔物になった樹や植物がアールとマダムの行く手を阻んだ。
けれども、黒い呪いのかかった泥の中をかきわけていくのはためらわれたのでマダムは飛行術を使うことにした。が、空中に浮遊したところで思わぬ物を目にすることになった。
「なに……、あれ……」
「マダム、どうしたんだ? 向こうに何かあるのか?」
「真っ黒……」
「え? 何が?」
頭が真っ白になって何も言うことができなくなった。マダムが目にしたのは、真っ黒い霧だったのだ。黒い霧がディレル街だけでなく他の街、森やほかの山を覆いつくそうとしていたのだ。見渡す限りの黒い霧が、人々の生活を破滅させようとしていた。
「マダム、危ないっ!」
呆然としていたマダムを木の枝が一瞬にして地面に叩き落とした。すぐさまマダムの安否を確認しようとしたアールだったが煙になった身体のせいでマダムに触れることができなかった。何度試してもダメだった。何度も何度もアールの手はマダムをすり抜けた。
「くそっ、どうしてマダムを担げないんだよっ! 助けないといけないのに! ……全部、あいつのせいだ。もう、騎士になれなくたっていい! 絶対おれがあいつを、ジェイルを倒してやる!」




