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はびこる災厄、見えない希望

 山登りをしてからだいぶ経つ。日がのぼっている時でもどういうわけか山の周りはどんよりと暗いためアールはいつでも目を覚ましていることができた。やっかいなのは、アールは疲労を感じにくいために休みがとりづらいということだった。


 ということで休むのは必然とアールがおなかがすいてきて不機嫌になってくるときしかなかった。周りにあるのはすでに呪いによって魔物化した動物や植物しかない。こんなものを口にすればどうなることやらマダムは考えただけでも身震いがした。


 アールにマダム特性の新鮮な水と土で作った野菜スープを飲めというのは今いる魔物を全滅させるのと同じくらい難しかった。それでも喉が渇いたらしいアールは渋々ながらスープを飲んだ。


「うへぇっ! こんなのよくマダムは毎日飲めるなぁ」


 吐き気をこらえながらアールはそうぼやいた。口にする言葉が時折失礼なのもマダムはもう気にするのをやめようと思っていたが、それでもお手製のスープを不味いと言われるのは悔しい。でも異国の地では「良薬は口に苦し」というではないか、とマダムは自分を慰めた。


「……ルッツィにいわれたこと、覚えてます?」


「ん? 何だよ? 急に? ……そう言えば、言われてたな。ルッツィの村を滅ぼした奴をやっつけて、だったかな? それがどうかしたんだよ?」


「実はアールには、本当にそいつを倒してほしいとわたくしも思ってるのです。本物の騎士にはなれないかもしれないけど、そいつをやっつけることによってアールは騎士と同じくらい栄誉なことになると思ってますわ。もちろん、アールの呪いを解く為にもそいつをやっつけることは重要なのです」


「そいつがルッツィの村を滅ぼした魔物とどう関係するんだよ?」


「……そいつが、魔物を造ってるからだとわたくしは思っておるのです。彼自身の理想郷を作りだすために」


 ひんやりとした空気があたりを包んだ。飲みかけの野菜スープもとっくに冷えている。魔法灯で照らされた洞窟内はいつも異常に静かだった。アールがクマの魔物以外にもさまざまな魔物をやっつけたからだろうか?


「で、そいつの名前は何だよ。知らないことには始まらないぞ」


 アールの記憶力の不確かさに呆れそうになったが、マダムは誰かに聞かれているかもしれないという思いから地面にその名を書こうとしてやめた。アールは字が読めないのだ。マダムはほとんどささやくような声でその名を言った。


「ジェイル、ですわ」




 それはふとしたことだった。ルッツィ、という人のことを考えていたときのことだ。そのときエリアは聖水はサルーシャ山にあると言った。けれども今そのエリアはこの森を西に抜けたところにあるミリア湖の水で作れると言った。暇さえあればルッツィという人のためにミリア湖の水で聖水を作ることはできたはずだ。


 それなのに、聖水はサルーシャ山にあると言ってルッツィを追い返した。その時ミュリエルは一人きりだったからだろう。エリアに対して疑心暗鬼になっていた。


(そんなにエルフのあがめた湖が大切なの? ほかの人に分けても良かったじゃない。それより、もっとほかの理由があるって言うの? 森の奥が危険だとか? 馬鹿みたいっ。森の中で危険な動物にあったことはないし、私だって補助魔法が使えるからそれくらい対処できるっ。あの人がどこにいるか分からないけどエリアさんが渡さないなら私がエリアさんを説得しに言って見せるっ。森の奥のミリア湖に行こうっ)


 しかし、このときミュリエルが知らないことがあった。確かに森の中は危険な動物はいないかもしれない。が、森のすぐ端にある診療所とは違い、ミリア湖はもっと遠いところにあるのだ。なお悪いことに、森の中は迷いやすいのだった。


 森のことを熟知しているエリアならいざ知らず何も知らないミュリエルが森の中に行くのは火の中に飛び込みに行くようなものだった。しかしそれに気づくのは森の奥深くに入ってからのことだった。





 ジェレマイアは世を怨んでいた。今までしがないパン屋を営んで暮らしていたのだが、経営中に客とは思えない人達が店内のずかずかと入って来てこう宣言したのだ。


「あなたの作るパンは動物たちの食料である穀物を奪い取る行為です。あなたの行いは犯罪です。パン・シール教団に来てもらいます」


 何のことだかわからなかった。しかし抗議する間もなく拘束され連行されたと思ったら、わけのわからない得体の知れない生き物にエサをあげる羽目になったのだ。


 翼の生えた豚に大きな牙の生えた馬、足の生えたヘビが横を通ったときにはさすがにギョッとしてしまった。吐き気をこらえていると手に何かを渡された。どす黒いパンとは思えない悪臭を放つ丸いものだ。


 これは何かと思って訝っていると得体のしれない動物やそれに混じって見かけは普通の動物までやってきてジェレマイアの持つ黒いものに向かって突進してきた。


「うわっ」


 思わず黒いものを投げ飛ばすと駆けよってきたヤマネコがそれをぺろりと平らげた。その時だった。ヤマネコが呻きだしたかと思うと、ヤマネコの背中からコウモリの翼が生えてきたのだ。それと同時にヤマネコの目が赤く光り出した。


「う、うわぁー!」


 信じられなかった。この時ジェレマイアはパン・シール教団は表向きは良い顔していても裏では後ろ暗いことをしているのだ、とはっきりとさとった。


 今ジェレマイアは牢獄の中に閉じ込められている。命令を無視したと難癖をつけられ投獄させられたのだ。ひどい言いがかりに違いなかったが、反抗すればどんな目に遭わされるか目に見えていたためおとなしく牢獄に入ることになったのだ。


 けれど脱獄することを心に誓ってからはどうすればいいか必死に頭の中で計画を練っていた。そんなときだった。隣から誰かの声が聞こえてくる。複数人いるようだ。ジェレマイアは壁にぴったりと耳をつけ聞き耳を立てることにした。


「まさか魔物用のエサづくりさせられるとは思わなかったぜ。ヨエルだっけ? お前頭冴えてるなあ」


「スカイ、コイツのことはあまり褒めないほうがいい。本当に冴えてるんだったら最初からここに閉じ込められてなどいない。まあ、確かにこいつの呪いを跳ね返す魔法がなければ俺達も魔物にされていたか、もしくは頭をおかしくされていたかもしれないな」


「めずらしくこの人のことホメるじゃん、ゼル。もしかしてもうこの人のこと許したの?」


 若い女性の声だ。ということはパン・シール教団は敵とみなしたものは誰であっても牢屋行きにするということだ。


「許すとか許さないとかの話じゃない。今必要なのはここからどうやって出るか、だ」


 どうやら壁の向こうには4人いるらしい、が肝心のヨエルという人の声が聞こえてこない。もっと耳をくっつけて耳に意識を集中させてみたときようやくヨエルという人らしき人の声が聞こえてきた。


「ここにはどうやら私たちの他にも閉じ込められている人がいるらしい。幽霊にも協力を仰ごうかと思ったが他の閉じ込められた人にも協力を仰ごうかと思う」


 一瞬聞き耳をしていることがバレたと思った。が、よくよく考えてみれば隣にいるのだから音が聞こえていてもおかしくはない、と思った。それにしてもヨエルという人は何故ほかにも閉じ込められている人がいるとわかったのだろうか?


 そう疑問に思っていると、また声が聞こえてきた。ヨエルとは別のゼルという人らしき人の声だ。明らかに怒気をはらんだ声でヨエルをなじっている。


「ほかの人にも協力を仰ぐだって? ということはその人も一緒に脱獄させるということだぞ。その人の人生の責任がお前には負える覚悟があるのか? 安全に脱獄させることができたとしても、その後はどうする? ここに閉じ込められたら最後、パン・シール教団の敵として隠れながら生きていかないといけないということをその人にわからせないといけないんだぞ」

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