とある教団の理想とは
「こんなに採ってきてどうするのっ、だいたい食べ物は……」
「そんなこといいからさ、おいしそうなもの採って来たんだっ!」
日も沈みそうなころアールは籠いっぱいに何かを入れてマダム・マーラの家に戻ってきた。食事の手伝いはしなくてもいいとマダムに念を押されたにもかかわらず、アールは自分自身が食べたいものを食べたい、とばかりに食べれそうなものを籠につめてきたのだ。
「あなた、これ毒キノコですわよ。それにこれは毒草のジギタリスですわ。食べれるわけないじゃない……」
「え、食べれないのっ。じゃあ、これは?」
食べれないと聞いて少しショックを受けたものの、アールは気を取り直してかごから別のものを取り出した。が……。
「ちょ、こ、これっ! 魔物じゃないっ! どうやって狩ってきたんですのっ?!」
アールが籠から取り出したのは、まだ息のある魔物だった。見た目は一見するとウサギだが、頭に一角獣のような角が生えていてつぶらなはずの目も禍々しく見ていられないほどだ。大きなアールの手に握りしめられているものの、口から生えた牙でアールの手を咬もうとしていた。
「? 殴っただけだけど? ……けど、魔物って食べちゃダメなんてこと……」
「そのウサギを食べるなんてもってのほかですわっ!」
「えぇっ!」
あまりの剣幕で怒鳴られたので、アールはウサギを取り落としてしまった。その途端、そのウサギはアールめがけて咬みつこうとした……。
「ギャッ!」
何とも言えない悲鳴はウサギの魔物が発したものだった。痙攣してヒクヒクしている。アールが蹴ったのだが、急所に入ったらしく起きる気力もないようだった。
「……このウサギはディスバニー、通称呪いのウサギと言われてる魔物ですわ。咬まれただけで呪われるし、その肉を食べても呪われる。猟師にとって厄介な存在と言われる魔物ですわ」
「そうなのか……」
泊めてくれたお礼をしたいだけのアールだったが、まさか裏目に出るとは思わなかったようだった。
「だから、あなたは食事の手伝いなんてしなくてもよいですのよ。私が勝手にあなたをここに泊まらせてるんだから」
うっそうと生い茂る木々の中、エルフのエリアは薬草になる植物を摘んでいた。さまざまな植物の中薬になりそうなものだけをより分け摘み取って行く。地道な作業だがエリアにとってはそれ以外の職につくことなど考えられなかったからだった。
「……これぐらいあれば十分でしょ。それにしても……」
植物を入れた袋を抱えながら大きな木のほうを振り向いた。なにもないかの様に見えたが木の後ろから犬のような尻尾が見えた。隠れているつもりのその尻尾の持ち主は時折尻尾を振っていた。
「もう、はやくおうちに帰りなさいよ。あなたを養うだけの余力なんてないんだから」
「えー。いやだっ。帰りたくなーいっ」
駄々をこねつつ木の影から出てきたのは幼い少女だった。頭に犬のような耳があり尻尾まである。大きなフードをかぶせれば普通の子と変わりなくみえるその子はエリアに帰れと言われて機嫌を損ねていた。
「あなたにはお家があるでしょ。獣人族のうちは山にあるんだっけ……。ともかく私の家に泊まるなんてダメだからねっ」
「じゅーじんぞくじゃなくって、あたしはミラだよっ! 知ってるでしょっ! それにもう山の中は飽きたのっ。森の中で住んでみたいっ!」
聞き分けの悪い子どものようなごね方にエリアは溜息をつきそうになった。
「あのねぇ、親が心配してるんじゃないの? 森の中だって危険な生き物がうようよしてるんだから」
脅すつもりで言ったつもりだったが、ミラと名乗った子は怖がる様子もなくこう言っただけだった。
「怖くないよっ。だってあたしにもキバがあるんだもんっ。おそってきたら咬みついてやるっ」
そういうと口を開けて見せた。確かにそこには犬のような牙があったが対して怖く見えなかった。
「そいつがもし固かったらどうするのよ? 牙が折れるだけじゃすまないわよ?」
「じゃあ、吠えるっ! それで追い払うのっ」
いつになったら諦めてくれるのかと落ち込みそうになったが、遠くからとてつもない速足で駆けてくるものが見えた。ミラと同じような耳と尻尾があるのでたぶん親に違いなかった。
「もうっ! 探し回ったんだからっ! 早く帰るよっ!」
「嫌だー! ここにいたい!」
「ダメなものはダメっ! ……いつもいつもこの子が迷惑かけて悪かったね。それじゃ」
「あ、あのっ……、行っちゃった……。あっちの方向には確か、人間の建物があるから注意してって言おうと思ったけど、……大丈夫、よね?」
森の向こうに開けた場所がありそこには大きな建物があった。そこに建物があるとわかっている人は誰もいないのか、この建物に来る人はまずいない。しかし、少しばかりこの建物に入る人がいた。ジェイル父長である。おそらくここがパン・シール教団の本拠地なのだろうが、信者らしき人はなぜか一人も見当たらない。そんな建物の中でジェイル父長は彼の高邁な理想を練っていた。
「あのマダム・マーラとか言うご婦人には注意しておかねば……。あのような輩がいるとわが理想国家が作れなくなってしまう。先手をうっておこう……。ランコア! そこにいるんだろう!」
彼が大声を張り上げるとどこからともなく一本足の毛玉が出てきた。呼びだされて不満げなのか、イライラしたように飛んでいた。
「はいはい、いますよー。で、何の用ですか?」
「私と話す時は人間の姿でもよいではないか」
かなり不満げなランコアの口調にも関わらずイラッとした様子を見せずジェイルはたしなめるように言った。
「この姿のほうが楽なんですよぉ。わかってくださいよぉ。で、話しがあるんでしょう? なんなんですかぁ?」
軽い口調に一瞬イラッとしたジェイルだったが気を取り直して話し始めた。しかしイライラを隠しきれないのか軽く握りこぶしを作っていた。
「魔物じみた姿が楽とはどうしても思えないが……、それよりやってほしいことがある。これなのだが……」
そう言ってジェイルは懐から紙を出した。何やら指示が書かれているらしいその紙を見た毛玉、ではなくランコアは感心した様子もなく紙を見つめた。
「(……誰もいないってわかってるなら口で言えばいいのに、盗聴されてるって思ってるんだろうねぇ。ま、臆病者だから仕方がないか……)この紙に書かれた通りのことをやればいいんですよね?」
「わかってるならつべこべ言うな。指示通りやるんだぞ。ほら、さっさといけ」
「はぁーい」
ランコアが出て行くのを見送ると、ジェイルは独り言ちた。
「……まったくあいつも当てにならんものだな。拾ってやった恩を忘れおって……」
「ねぇ、これ、何?」
街中を散策していたパツィは一緒に歩いているゼルを呼び止め、建物に貼られているチラシのような物をさした。
『この世を素晴らしき世界にするため、人間を含めすべての種は肉食をやめましょう。 パン・シール教団』
「……今まで見なかったな……。パン・シール教団? 聞いたことないな……。新興宗教の類かもしれないな」
「しんこうしゅうきょう?」
「格式あるディレル国の国教であるサン・マリ教とは違って、新しく興った宗教と言うことだ。まあ、ミドルーラ家は代々サン・マリ教を信仰しているけどな」
「ふぅーん」
二人はチラシを横目に通り過ぎていったが、このチラシの教団が後々周りを熱狂させることになるとは、思いもよらないことであった。