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まやかしに加担させられる時

 聖水がなくなった森の診療所は魔物にケガを負わされた村人たちの期待に応えることができなくなっていた。ただケガを負っただけなら薬草を使って処置できるものの、魔物によって呪われた人の対処は聖水なしにはできないからだ。


 呪われた人々を救うには、聖水を使った薬を使うしかない。エリアは意を決してこう言った。


「今から聖水を作るために森を西に抜けたところにあるミリア湖に行きます。その間、ミュリエルさんは薬草を作っておいてください。作り方はこの前教えたので覚えていますよね?」


「え、エリアさん聖水って作れるんですか? だったら、どうして……」


 ミュリエルは文句が口から出かかったのをどうにかして抑えた。聖水が作れるのなら最初からこんなに悩まずに済んだのではないか? そう疑問に思ったからだった。


「……聖水はそう簡単には作れないのです。単に時間がかかるというのもありますが、純度の高いきれいな水と聖水を作る人の真心、そのどちらも欠けていては作れないのです。それにうわさで聞いたのですが、山の湧き水が呪われてしまったとか。呪われた水を聖水用の水には使えませんし、水の呪いを解くのにも時間がかかるのです。山の湧き水につながっていないあの湖の水を使うしか……」


「ミリア湖の水が呪われてたらどうするつもりなんですかっ? それこそおしまいじゃないですかっ」


 口調がケンカ腰になっていたことをミュリエルは自分で気づかないわけにはいかなかった。けれど、ケガ人を救えないことにずっとモヤモヤして口に出さずにはいられなかった。


「湖が呪われてない保証などどこにもありません。……けれどあそこは我々エルフが聖なる湖としてあがめ清め続けた湖なんです。あの湖は我々にとって母なる湖なのです。覚えておいてください」


 静かだけれど怒りのこもったその言葉を聞いたミュリエルは後悔した。ミュリエルは知らず知らずのうちにエルフであるエリアの精神の拠り所を非難していたのだ。


「ご、ごめんなさいっ。そういうつもりじゃ、なかったんです」


「……わかってますよ。あなたの言葉に悪意がないことぐらい。でも、思ったことを言葉にする前に一度冷静になる必要はありますね」


 その言葉を聞いた途端ミュリエルは頬が火照るのを感じた。自覚はしていたけれど、他人に指摘されると尚のこと恥ずかしかった。


「直すよう努力します……」


 謝りながらミュリエルはふと妹のことを思いだした。妹のパツィもミュリエルに似て思ったことをはっきり言う質なので、仕えているミドルーラ家の人たちの逆鱗に触れるようなことを言わないとも限らない。


 以前再会したとはいえ、手紙のやり取りをしているわけでないので今頃どうしているか気がかりになってくる。街ではパン・シール教団という新興宗教が人々を魅了しているらしい。エリアの考えでは信用ならない団体らしいが、それが本当ならパツィは大丈夫だろうか。


(大丈夫、よね。妹がお仕えしているミドルーラ家は格式ある名家なんだから……)


 そう自分に言い聞かせたものの、確信は持てなかった。果たして本当に大丈夫だろうか? トルストゥールにある人形工房を辞め街を出てだいぶ経つ。街の様子がどうなったかなどパルアベルゼの森の診療所に居候しているミュリエルに知る由などないのだ。


 自然に肩が震えてきた。怪しいものが信じられるようになっている世の中に震えを感じずにはいられなかった。


「それじゃ、行ってきますから、留守番頼みますね」


「……い、いってらしゃいっ」


 いつの間にか出かける準備を終わらせたのか、エリアはもう玄関の前に行っていた。ふと窓の外を見るといつの間にか暗くなっていた。森の中は日が落ちなくても木漏れ日以外の陽ざしは地面に届きにくい。エリアはランタンを持って外に出て行った。





 ドウッと魔物のクマが倒れる。ようやく倒せた安堵でマダムはホッと息をつく。アールがクマの息をふさいだからか、クマがもがき苦しみだしたところを見計らってマダムがクマの脳天めがけて魔法でできた矢を放ったのだ。クマがピクリとも動かなくなったのを見てアールも攻撃をやめた。


「これぐらい肉があれば腹が減らずに済むなっ。なあ、マダムっ」


 あれだけ動いたにもかかわらずアールは疲れていないらしい。それどころか倒したばかりのクマの魔物を食べることに思いはせてマダムをあきれさせた。


「ダメですわよ。魔物の肉を食べるなんて、言語道断ですわっ」


「えー。おれは腹が減ってるんだよ。ちょっとぐらいいじゃないかー」


「魔物の肉は呪われてるんですのよ。どうしても食べたいというのなら、解呪の魔法を唱えないといけませんわ」


 そう言いながらマダムはふと疑問に思った。煙のような姿になったアールがどうやって肉を食べられるのだろうか。マダム自身は持ってきた自家栽培の野菜を食べるからいいとしても、煙の姿になったアールにとって食べられるものは何もないのではないか。


 しかし、そんな疑問を払拭するかのようにアールはもう我慢の限界だとばかりクマに見えない歯を突きたてた。案の定クマはかじられて血が出るどころか、マダムが放った矢の傷以外は無傷だった。ところが。


「うえっ、この肉まずいっ。獣くさくて食べられないよっ。やっぱり火を通さないとだめか。マダム、この肉を焼いて……」


「ダメに決まってるでしょう。それに、食べてしまったらアールにかかっている呪いがますますひどくなりますわよ。……それにしても、どうやって味が分かったんですの?」


「え? なんでって、普通に味見しただけだけど……。まあ、歯ごたえはなかったけどね」


 結局アールがどのようにクマの味が分かったのか分からずじまいだった。






 一人前の騎士になるため修行して来たゼルにとって今の状況は屈辱的だった。牢獄から出され一瞬の解放感を覚えたのもつかの間、同じく牢獄から出されたパツィたちと一緒にある仕事をしていた。


「うぇ! くっせぇ! ゴホッ、ゴホッ」


「おいっ、声を出すなっ! つばが入るだろうが!」


「臭いもんは臭いんだよっ! グッ」


 すり鉢に入った謎の肉をこねながらスカイが文句を言った矢先すぐさま見張りの兵士に蹴りを入れられた。やり返そうにも相手は武器を持っていて逃げる隙もない。


 右手のないスカイはすり鉢を抑える手がなく、仕方なしに左手でこねた挙句肉をこぼしては他の三人よりも蹴りを入れられていた。


 窓のない陰気な部屋に通された4人は謎の料理を作らされていた。どす黒い液体を細かく砕いた野草やひき肉に混ぜてこねるだけだが作る量がものすごい量で、ゼルと補助魔法で体を強化したパツィ以外はすでにへとへとになっていた。が、ヨエルは作るものの正体をちゃんと見ぬいていたらしく4人全員の体に呪いを跳ね返す魔法を素早くかけていた。


 ヨエルの推測によれば今彼らが作らされている物は動物を魔物へと変貌させるエサで黒い水は呪いがかかっていて触ったらどのような呪いが降りかかるかわからないらしい。そのような憶測を聞かされたゼルは少しばかりヨエルを怨んだ。こんなことがわかるのだったら、ここから抜け出す方法もわかってもよさそうなものだ、と。


(こんなことするために生まれてきたわけじゃないっ。俺は、騎士になるために生まれてきたはずなのに、どうして国を裏切るような真似をしなくちゃいけないんだっ。こんなことが許されるはずないっ)


 憎しみを込めてエサを作る手に力が入る。今反抗すれば武器や鎧を奪われたゼルはもっとひどい目に遭わされる。忌々しい現状を打破する解決策が出てこない自身のふがいなさが恨めしかった。

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