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山の黒い湧き水と聖水の捜索

 ゼルの父親がサン・マリ教の教皇に手紙を出して以降、教皇からは何の音さたもなかった。それもそのはず、教皇はいつの間にかパン・シール教団の関係者にすり替わっていたからだ。本物の教皇は、ゼルたちと同じく、パン・シール教団に囚われ檻の中で衰弱しついには亡くなってしまっていたのだ。


 それと同時に、サン・マリ教の資産はすべてパン・シール教団に入ることになった。


 実はゼルたちと対面した幽霊こそ、その教皇なのだった。ゼルが気付かなかったのは、教皇の幽霊が見るも無残なぼろをまとい、あまりにもやせ衰えていたからだろう。


 そうとも知らずゼルたちは、幽霊が言った言葉についてそれぞれ思いを巡らせたのだった。







 マダム・マーラが以前住んでいたディネポサ山にほど近いとある村でのこと。平凡な日常をぶち壊すような悪い事態は早朝に起きた。ある娘がいつもどおり井戸から水を汲んだ時だ。いつも新鮮でおいしい水が真っ黒に濁っていたのだ。それを見た娘は慌てて家に戻り、母親に事の次第を伝えた。


「なんだって?! それは本当かい?」


「本当だって! すぐ見に来て! お料理や洗濯に使えないぐらい真っ黒なのっ!」


 娘が言い終えないうちに母親は外に出て井戸から水を汲んでみた。娘が言う通り、水は飲むことさえ敬遠したくなるほど真っ黒だった。


「なんてこと……、それじゃ、ディネポサ山の湧き水も全部ダメになったってことじゃないか……。あたし達の井戸水はすべて、山からの恵みなのに……」


「お母さん、どうしよう……」


 意気消沈した声で娘が言う。しかし、母親は茫然としたまま答えないままだ。桶の中の井戸水は日の光を浴びてなおとても黒々としている。


 娘がためらいがちに母親に手を伸ばそうとした時のこと、母親が突然桶の中の黒い水を飲み始めた。あたかもおいしい湧き水であるかのように目を細めて飲んでいる。


「お母さんっ! 何してるのっ! 飲んじゃダメっ!」


 あわてて桶を母親の手からもぎ取った拍子に桶の中の黒い水が娘の顔に飛び散った。遅かった。黒い水は明らかな悪影響を及ぼし始めた。母親のほうは体からありとあらゆる水分が抜けていった。水をじかに飲んだ母親は手遅れで間もなくこと切れた。


「い、いやー!」


 助けを呼ぶために走りだした娘のほうも黒い水の悪影響は免れなかった。村人たちが助けようと走ってきた娘の前に立った時、それは起きた。


「お、おい、コイツ、危ないぞっ。逃げろっ!」


「おねがい、たすけ、て……。どうして逃げるの……」


 どういうわけか助けに来たはずの村人が散り散りになって逃げていく。助けを求める娘の顔には、得体の知れない羽毛が生えていた。黒い水には生き物を魔物に変える魔の霧と同じ成分が入っていたのだ。







 重症のけが人が突然暴れだし、テレージアという人形のおかげで何とか騒動を食い止めることのできたパルアベルゼの森の診療所は閑散としていた。事件に巻き込まれたけが人たちがこぞって帰りたがったため、エリアは仕方なくそれぞれの家に帰るのを許したのだった。


 無論、そのままの状態で返すのは危険なのでエリアの瞬間移動魔法でそれぞれの家に帰らせたのだった。


 けれども、これですべて終わりというわけではなかった。一人隔離されたミラのことだ。呪いの影響はまだ続いており、体から黒い液体が流れ続けていた。触れると呪われるためうかつに触ることもできず、尽きてしまった聖水を手に入れるためエリアは居候することになったミュリエルと共に試行錯誤していた。


「サルーシャ山から湧いているんですよね? 私が取りに行ってきますよっ」


 先ほどの騒動で疲れていたにもかかわらずミュリエルが決心したかのように言った。エリアの役に立ちたいと必死な感じも強い語調から感じ取れた。


「それはいけません」


「どうしてっ、呪われた人を救うために聖水が必要じゃないんですかっ? もっと聖水があれば、さっきの人だって救えたはずなんですっ」


「そうだとしても、ダメです。あなたにはサルーシャ山は危険です」


 エリアの言葉もまたゆるぎなく強いものだった。けれども、ミュリエルは断られた理由が納得いかず尋ねることにした。


「……魔物がはびこっているから、ですか?」


「それもあります。ですがあなたをサルーシャ山に行かせたくないのはそれだけが理由ではありません」


 ひんやりとした空気が流れるのを感じた。ミュリエルは生唾をゴクリと飲み込んだ。


「理由って、何ですか? 私が補助魔導士として半人前だからですか?」


「あなたの特技が問題なのではありません。……あの山には、それ以上の邪悪なものがはびこっているのを感じるのです。あなたがミラやそのほかの呪われた人たちを救いたいという意志は立派なものですが、敵は思っているよりはるかに狡猾です」


「狡猾……ですか?」


「ええ、あなたの意志など吹き飛んでしまうほどの邪悪さがあの山には秘められています」







 山の天候は変わりやすい。アールたちの聖水捜しは急激な雷雨により断ち切られた。この雨が聖水だったらいいのだが、あいにくこの雨は視界を奪い一緒に同行していたマダムの体温も奪い始めた。


「ちょっと待ってくれませんこと? もう、わたくし歩けませんわ……」


「この雨のせいか? おれは大丈夫だけど、マダムがそんなに言うんなら休むか。マダムにまで倒れられたら困るしなっ」


 大雨はマダムの身体を冷やしたが黒い影になったアールには大雨に振られて困るようすはなかった。が、マダムが倒れてしまっては聖水捜しは延期になってしまう。そうならないためにも二人は近くの洞窟に入ることにした。


 魔法の明かりがなければ何も見えない洞窟。マダムは洞窟内に結界を張りながらも後に残したルッツィのことを思った。ルッツィの周りにも結界を張っているとはいえ呪われた状態で一人きりにするのは間違ってなかっただろうか? 


 そしてこの聖水捜しでさえ五里霧中の状態だ。どこにあるかさえもわからないのに探すのは無謀すぎる。けれども、そんなマダムの不安だけでなく恐怖心をあおるようなことがこの洞窟内で起き始めていた。


「……なぁ、マダム、なんか変な音が聞こえるんだけど、気のせいか?」


「変な音、といいますと?」


「何か動物の唸り声が聞こえる……。近くにいるかもしれない」


「……もしかして、魔物がここにいるってこと?」


「かもしれない」


 その言葉の後だった。大きな唸り声がだんだん近づいてきて、魔法の明かりの近くにそれは来た。暗くてよく見えないが、それは大きなクマのような魔物だった。口からは、いとも簡単に肉を切り裂きそうな長く鋭い牙が生えていて残忍そうによだれを滴らせている。


「なんてことっ! クマが結界をすり抜けてきたんですの?!」


 周りに魔物がいないか調べたうえで結界を張ったつもりだった。けれども目の前の事実は無残にもクマの魔物がアールたちの目の前にいることを告げていた。


「おれがこいつをやっつけるよ!」


 マダムが血相を変える間もなくアールと魔物の闘いが始まった。

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