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とある未来の話 -忌まわしき幻想が具現化する時-

 あの少年は普通の人じゃない。人に呪いをかけておいてそれを楽しむなんて、人間のすることじゃない。怒りと恐怖が私の中を駆け巡っていた。図書館から出た後、私は講義に出席するでもなく中庭にあるベンチに座りこんでいた。


 このまま何もしなければあいつの思うつぼになってしまう。けれど、一体何をすればいい? このことを誰かに相談したい気分になったが、ドクター・ハイネに誰にも言うなと言われたことを思いだした。私に薬を渡したドクター・ハイネはこの状況をどう思っているのだろうか?


 ドクター・ハイネはこの問題はいずれディレル国にかかわる問題だとも言っていた。それはつまりあの少年から渡された小説の世界が現実に侵食してきているということではないか? 


 授業がおかしな方向に進んだこと、歴史書が書き換わっていること、そして私自身がいつの間にか呪いをかけられていたこと全てが、小説にある内容と不気味なくらい似通っていた。


 小説に書かれてあることが現実に紛れ込んでくるなんてありえない、と思いたかった。パン・シール教団なんて架空の団体だと思いたかった。けれども授業であったこと、教科書の内容でさえも小説に書いてあることに同調していた。


 これは悪い夢なんだ、と思う一方で体の感覚は今自分は寝室で寝ているのではなく目覚めているということをいや応なしに思い知らされるのだった。


「大丈夫? いきなり教室を飛びだして行ったから心配したよ?」


 ハッとして顔をあげると、目の前にはダニエラがいた。誰もが私を無視する一方、唯一目を見て話してくれる人が、そこにいた。


「ううん、大丈夫。気にしないで……」


「本当? 顔が真っ赤になっていたけど、本当に何でもないのね?」


「うん……、ちょっと気分がすぐれないだけだから」


 胸の内の思いを何もかも吐きだしてしまいたかった。けれど、ドクター・ハイネが言うなと言っていたし、仮に言えたとしてもダニエラは私の言うことを信じてくれるだろうか。授業に出席していた人達みたいに教科書の内容を鵜呑みにしていないだろうか。


 そんな疑念が渦巻く中、その疑問はあっけなく解消された。ダニエラが心配そうな顔をやめるとすぐに顔を輝かせ始めたからだ。


「そうなの……。でも、それにしても授業を飛びだすなんてもったいないことしたじゃないっ」


「……へ? 何が?」


「歴史の授業に決まってるでしょっ。パン・シール教団の父長の輝かしい実績を聴きそびれたなんて、もったいないことしたじゃないっ」


 耳を疑った。結局、ダニエラもあの教科書の内容を信じ込んでしまっているのだ。私は嘘を信じ込んだダニエラと友情関係を続けていけるか自信をなくした。


「で、でも魔物が増えたせいでエルフや獣人族や巨人が姿を消したんだし、輝かしいって言いすぎなんじゃ……」


「確かにそうかもしれないけど、そのおかげで今いる魔物が増えたんだよ? 良いことじゃないっ」


 やんわり否定したにもかかわらず、ダニエラのジェイル父長と魔物に対する称賛は正午の鐘が鳴るまで続いたのだった。





 部屋に戻りぐったりとイスに座る。ルームメイトのジェニファーがいないのはありがたかった。売店で買ってきた昼食を食べる気も起きずただ壁に貼られた薄いテレビ板から流れてくる映像を眺めていた。


 番組のMCらしき人が街の通行人にインタビューしている。けれど、何かがおかしい。よくよく聞いてみると魔物について熱心に聞いているようだった。通行人も嫌がるそぶりを見せずはきはきと答えていた。


「ペットの魔物にはやはり快適な暮らしをさせているんでしょう?」


「ええ、もちろんっ。私は魔物が嫌がることは何一つしませんし、魔物がしたいと思うことは何でもさせてあげるつもりです」


「たとえばどんなことをしていますか?」


「私は刃シカを飼っているんですけど、いつも角の刃を研いであげています。そうすることで刃の切れ味がよくなるんですよ。研いであげるといつも目をうっとりさせるんですけど、とてもかわいいんですよ~。そしてその後斬ってもいいもの、たとえば庭に生えている樹を斬らせてあげるんですっ。何か斬らせてあげないと、不満がたまってしまいますからね~」


 またしても耳を疑った。このテレビに出ている人は小説に出て来た魔物のシカを実在するものと思っている。しかも、私の記憶では多くの街は魔物が入れないよう見えない結界を施しているはずだ。それに私の知っている数少ない魔物は小型のものが多くシカのような大型の魔物はいないはずだった。


 テレビの内容に唖然としてしまったがまだインタビューは続いていた。MCも、通行人も目を輝かせて会話を白熱させている。


「魔物をペットとして飼えるようになったことは我らがジェイル父長のおかげですねっ。あの人のおかげで多くの人は魔物を飼うことを義務付けられるようになったのですからっ」


「その通り、私たちは今こそジェイル父長に感謝すべきなのです。魔物を飼わない人は原則罰金、悪くすれば通報されてしまいますっ。これを見ている視聴者の方も気をつけなくてはいけませんねっ」


 一体どういうことなのだろうか。一日にして小説にしか存在しないはずの魔物が実在するものとして扱われ、いつの間にか知らない法律が制定されていたなんて。私は知らず知らずのうちに立ち上がり、これから自分の身に振りかかるかも知れない悪夢を想像した。


「こんなの嘘だ……、こんなの間違ってる、ありえないっ」


 その時、体が冷たくなるのを感じた。ビクッとしてイスを押し倒してしまったが、その後驚くようなことが起こった。押し倒したイスが氷か、ガラスでもあるかのようにのように粉々に砕けたのだ。


「な、なんで……。まさかあの人が言ってた呪いって……」


 粉々に砕けたイスを元に戻すこともできず、ゴミ箱に捨てようとした時だった。誰かが入ってくる気配を感じ、視線をあげるとそこにはジェニファーがいた。彼女の視線の先には砕けたイスの残骸があった。


「……」


 何も言わず回れ右をしたかと思うと、ドアに向って行った。私は思わず彼女に駆けよった。


「違うのっ、これはたまたま……」


「近寄らないでっ。あんたに触られたら私もそのイスみたいになっちゃうっ!」


 そう吐き捨てると、止めるのも聞かずジェニファーは外に駆けだした。もう終わりだ。砕け散ったのはイスだけではなかった。すごい魔導士になるどころか、普通の人として暮らすことさえ今の私には無理なことだったなんて。






「さてみなさん、今日は何の日かご存知ですか? そう、皆さんが感謝すべきあの父なる聖ジェイルの日です。今日は一日忙しい手を止めて、魔物のすばらしさに思いを馳せてください」


 つけっぱなしだったテレビから別の番組が流れている。次の番組は旅行番組が流れているはずだったのに、いつの間にか今まで見たこともない別番組にすり替わっていた。


 先ほどのジェニファーの振る舞いにショックを受けたせいでテレビを消すのを忘れていた。テレビを消すため、見たくもない現実ぶった幻想から目をそらすためリモコンに手を伸ばそうとしたとき、ありえない言葉がテレビから流れてきた。


「実は先ほど嬉しいニュースが飛び込んできました。魔物を造りだす魔の霧がディレル街にほど近いパルアベルゼの林で発生したのです! 皆さん魔物にしたい動物がありましたら連れていってください! ただし、魔の霧に触れないようにしてください。触った御自身が魔物になってしまいますからね! あくまでも魔の霧に近づくのは自己責任ですよ~」


 ありきたりで退屈だったはずの現実が音もなく崩れていった。とんでもないことを推奨する忌まわしい幻想が現実の振りどころか、現実そのものとして大手を振って闊歩する日が来るなんて、想像したくもなかった。

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