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ジェイルの監獄、見えない出口

 人々がディレル国の国教であるサン・マリ教を捨て新興宗教であるパン・シール教を受け入れてから早一年、人々はサン・マリ教の聖人の祝いの日を無視し、新しい祝日を勝手に作り祝いはじめた。『父なる聖ジェイルの日』がそれだ。


 その日は魔物をペットとして飼うことを奨励する日で、飼わない者は罰則を科された。そして、魔物をどんどん繁殖させることも義務化された。


 その一方で、以前から森や草原に住んでいた普通の動物、ヤギや牛やクマ、イノシシやウサギや狼など、肉食草食を問わず数を減らしていった。エルフや獣人族や巨人などの亜人も魔物に住処を追われ衰退していった。


 村に住む人達はその変化を嘆き悲しむ一方で街の人達は魔物が増加することを喜ばしいことだと感じていた。魔物を繁殖させることこそが多様性を深める一助だと思っていたのだ。






 トルストゥールにある人形工房の店主であるザカリーはパン・シール教団の援助を受けて羽振りがよくなっていた。まじないがかけられた人形は絶好の売れ行きで(人形の一部はジェイル父長が買いとっている)、新しく魔物を模したぬいぐるみも作りはじめ以前より客の出入りがよくなったのだ。


「こんなに景気がよくなるならはじめからパン・シール教団と手を結んでいればよかったな。でももうこれで俺の人形工房は世界に名だたる工房になるぞ! これで俺は億万長者だ!」


 助手も何人か雇い入れ、店内も様変わりしていた。前まで質素だった店内が豪華な装飾で彩られているのだ。これもジェイル父長の懐から出た巨額の資金の賜物たまものだろう。





 アールを取り巻く環境はこれ以上落ち込むことはないと言っていいほどどん底の状態になっていた。父親をザカリーに亡き者にされ、自身もディスバニーの呪いにむしばまれ騎士になる夢さえ見るどころではなくなっていた。けれど、ルッツィに叱咤激励されたおかげもあってか、以前のような陽気さを取り戻したかのように見えた。


 サルーシャ山を登り始めて何日か過ぎたときだった。マダム・マーラが結界を張ってその中にテントを張り野宿していた時のことだ。ルッツィは黒い液体を吐いて以降、生ける屍のようになってしまっていた。


 そんなルッツィを見かねたマダム・マーラがパルアベルゼの森の診療所にルッツィを送り届けようとしたところ、拒否されてしまったのだ。気を取り直して理由を問いただしてみたところ魔物にケガを負わされた人が突然暴れだし診療所に泊まっていたほかのけが人たちを襲い始めたというのだ。


 他のけが人たちは何とか救いだせたが、突然暴れだしたほうのけが人は命を落としてしまったらしい。その上、呪いを解く為の聖水が尽きてしまったためルッツィは救えそうにないというのだった。


 そもそも聖水を汲みにサルーシャ山に登りに行ったのだが、動けなくなった人を担いでいくのは危険極まりない。だからこそルッツィを診療所に送ろうとしたのだがその診療所に拒まれたのではルッツィも一緒に連れていくしかなかった。


「結界っていうものを張ってるんだから、ここにルッツィを置いといても構わないんだろ? それに俺が聖水を汲めたらすぐにでもルッツィに飲ませることができるじゃんっ!」


「簡単そうに言いますけど、聖水がどこから湧いているのかアールはちゃんとわかっていますの?」


「わかんないけど、探せばどこかにあるだろ」


 モヤモヤした見えずらい手を振りながらアールがこたえる。暗い中ではよく見えないため魔法灯で照らしているが、それでもモヤモヤした何かにしか見えない。


 マダムは魔法灯の数を増やしたかったがそうするとアールが眩しがるし、そして何より魔物がアールたちの位置を察知してしまうため必要最低限の数しか魔法灯を灯せなかった。


「そう言うと思いましたわ……。でも水脈を探す探知棒はあいにくわたくしの屋敷が崩壊した時に一緒になくなってしまいましたし、他の手立てを探すしかありませんわ」


「マダムは魔法使えるんだろ? それで探せるんじゃないの?」


 あっけらかんとした口ぶりにため息が出そうになる。魔法に造詣が深い巨人はごく一部しかいないのだし、アールは魔法とは無縁の生活を送ってきたのだから仕方がない。とはいえ、指摘せずに入れなかった。


「あのねぇ、ただで魔法は使えませんのよ? 魔法はものすごいエネルギーを消費するから、物を探す魔法を使うだけでも結構体力がいりますのよ。それではいつまでも聖水は見つかりませんわよ」


「じゃあ、手あたり次第水がわいてそうなところ探すしかないのかぁ……」


 そうは言ってもサルーシャ山は結構高い山である。手あたり次第に探してもそのままでは見つかる前に日がのぼってアールは動けなくなってしまうのがおちだ。


 一つだけ聖水を見つける方法をマダムは思いだした。四大元素を操る魔法だが、それはマダムの専門外だ。できないこともないが、それを使用するには四大元素の精霊と契約を交わさねばならない。しかし、精霊は好き嫌いが激しいらしく契約を結んでくれるかどうかもわからなかった。


「……一つだけ探しだす方法はありますわよ。けどその方法は……」


「えぇ、じゃあ、その方法を使えば一発で聖水見つかるじゃんっ。はやくそれを使って……」


「さっき言ったこと忘れましたの? 確かに探す方法はありますけれど、とても難しいんですのよっ」


「べ、別に怒らなくてもいいじゃないか。それに、探す方法があると言ったのはマダムのほうじゃないか」


 一気に雰囲気が気まずくなった。確かにアールの言う通りだった。これではマダムができないことのいいわけを連ねているみたいだ。


「え、ええそうでしたわね……。わたくしが悪かったですわ……」


 マダムのひらめいたことは聖水を使った雨を降らせることだった。が、それには彼女が先ほど言った通りに莫大なエネルギーが必要になる。


 聖水の雨を降らせば呪いの詰まった黒い霧からできた魔物を消滅させるかもしれないが、呪いにかかったアールを元に戻せるかは未知数だし、使用者であるマダムにもリスクがないとは言いきれない。


 いずれにせよ、もろ刃の剣であることには違いなかった。





 長々しいジェイルの演説が終わった時には時計の針は深夜の二時を過ぎたころだった。新たにつかまえれたスカイを含めた4人は厳重な管理を施された牢屋に入れられてしまった。


 檻だけではなく、壁という壁にも魔法を跳ね返す金属があしらわれている。ネズミが逃げだせそうな穴さえ見つからない。ここから脱獄するのは至難の業だろう。


 誰も口を開こうとしない。重苦しい空気が流れていたときだった。檻の前を誰かが通り過ぎるような気配がした。パツィが何気なく顔をあげるとハッとした。


(……この人透き通ってる。もしかして、幽霊?)


 その疑問にこたえるかのようにその幽霊らしき人は4人が閉じ込められている檻の前に戻ってきた。そして静かに口を開いた。


「まき散らされた呪いの黒き霧は体をむしばみ生きたものを魔物へと変じさせる。そして死して尚浄土に行くこともままならず地上をうろつくはめになる。あの男のしていることは罪深きこと、はやく止めなければ、の世はもっと地獄に近しいところになるであろう」


 それだけ言い終えると幽霊は薄くなっていった。


「待ってっ! 止めるって一体のことっ、……消えちゃった。何をしてほしいんだろう。あの人」


「そのままの意味だろ。あのイカれたジェイルを食い止めろってことだ」


 ぽつりとゼルが呟く。どうやらパツィ以外の人にも幽霊は見えていたみたいだ。彼がいつもは使わない下町言葉を使ったことに誰も注意を払わず、目配せした。


「……問題はあのクソおやじをどうやって食い止めるか、だな」


 気のりしないようにスカイが言った後、ヨエルがおもむろに顔をあげた。何かに感づいたような顔をしている。


「あの幽霊、この金属の壁をすり抜けられるか? ……だとすれば、打開策があるかもしれない」


 

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