どんなに絶望的な状況でも
ディレル街からほど近いエルヴァという街は、パン・シール教団が催すお祭りの真っただ中だった。『命を大切に』というスローガンが書かれている垂れ幕が街のあちこちに垂れさがり、主催者が魔物の良さを大々的にアピールしていた。
「この鳥のすばらしさは何といってもその美しさでしょう! この鳥を目にしたら嫌なことはすべて忘れることができるのです!」
主催者がほめちぎるコウノトリによく似たその鳥は極彩色に彩られ、体中から瘴気のような物を発していた。が、それを見た人達はうっとりとした表情でその鳥を眺めていた。きっとこの鳥には幻覚を見せる力があるのだろう。たまたま通りすがった人が横目で見た瞬間にとろけるような表情になったからだ。
それ以外の場所では、魔物を模したグッズが売られ飛ぶように売れていた。その中心にいたのは毛玉のラン子、もとい銀髪の少年ランコアだった。不敵な笑みを浮かべながら売上金額をこっそり数えている。
(ひぃ、ふぅ、みぃ……、これだけたくさんあったら何枚か僕がもらってもいいよね? あの威張り散らしたがりのジェイルにすべて金が入るのはもったいないなぁ……。僕がいなかったらジェイルは今頃すっからかんになっているはずだもの。あいつが造りたがっている魔物の楽園だって出来っこないさ……)
「あのー。すみませんがっ。これ一つください!」
考えている途中も客が途絶えることはないため、ランコアが不躾なことを考えている間にも客の列は増えていた。
「あ、ディスバニーのぬいぐるみですね。一つ10ディルでーす」
「ぬいぐるみ一つに10ディルは高いんじゃないの? もう少しまけてくれてもいいんじゃない?」
ぬいぐるみを買おうとした夫人は高慢ちきに見えたためランコアは内心舌打ちをした。
「それはできないですね。そのぬいぐるみには、願い事がかなうおまじないがかけられているのでおまじないが強くなればなる分、高くなる。それだけの値打ちがあるってもんですよぉー」
完全に嘘だ。おまじないなんて物はどのぬいぐるみにもかかっていない。しかし、こう言えば大抵の客は羽振りがよくなるのだ。
「ちなみにそのおまじないって何です?」
「それは……」
でまかせでも答えようとした時だった。建物の端からみすぼらしい身なりをした男が怒鳴り散らしながら割り込んできた。血走った目で怒り狂い、いまにも暴れだしそうだ。周りにいた客たちは嫌そうな表情を隠そうともしなかった。
「この祭りを今すぐやめろ! 命を大切になんて大ぼら吹きにもほどがある! 命を大切にするんだったら、魔物を守るんじゃなくっておれの生活を何とかしろよ!」
男はすぐさま警備中の兵隊に捕まえられ、縄で縛られた。縛られている間にも男は口汚く罵り、罵声を浴びせ続けた。
「いいから、だまってろっ!」
兵士たちは男を黙らせるため、ニセコウノトリのいるほうへ男の顔を向かせた。するとたちまち男は罵るのをやめ恍惚とした表情になった。
「おれは……、間違っていた……。こんな生き物を見られるなんておれは幸せだ……」
そのころパツィたちは苦境に陥っていた。スカイがパン・シール教会の中に押し入った後、運悪くゼルとヨエルがスカイの上に落ちたのだが、その落ちたときの大きな音ともにジェイル父長が現れたのだ。
「誰かと思えば……、盗賊じゃないか。それに、簡単に逃げられると思ったら大間違いだ。みんなそろって教化してもらう。我々に反対してもらっては困るのでね」
不気味な笑みに戦慄したのは何もパツィだけではなかった。ゼルは身震いした後唇をかみしめたし、スカイに至っては口もきけずに腰を抜かしていた。
「……教化って何をするつもり、ん?」
気を引き締めて対峙しようとしていたゼルだが誰かに服を引っ張られたような気がして、左腕のほうを見ると気絶から復活したヨエルが何かを差し出してきた。何かの錠剤のようだ。
「……これは?」
「説明している、暇はない。あえて言うなら、これを飲めば変な教えに感化されることはなくなる。私はすでに飲んでいるから、すぐにこれを……」
「こいつらをすぐにあそこに連れていけっ!」
ゼルとパツィがすぐさま錠剤を飲み込みスカイにも無理やり錠剤を飲ませた後、何処かから隠れていた兵士数名にとり囲まれてしまった。
今度は重装備の兵士で鎧には魔法を跳ね返す金属が使われていた。皆一様に手に金属の鎖が握られている。一目見ただけでもその鎖にも鎧と同じ金属が使われいるのが分かった。
外につながる扉は固く閉ざされ開く気配はない。パツィたちは完全に袋の中のネズミになってしまった。
「君たちには、パン・シール教を広める足になってもらう。せいぜい使える駒になってくれ」
サルーシャ山の様子は悲惨だった。アールが山から出ていったときには緑が生い茂りウサギやシカ、イノシシやクマなどが巨人の生活の一部を担っていたが、それらの生き物は皆姿を消していた。
突如発生した黒い霧により生き物が魔物化したのだ。かろうじて生き残った生き物は魔物のエサになる始末だった。
それよりもひどいのは山に生い茂っている樹々で、黒い霧のせいで枯れてしまったか、通りかかったものを絞めころすようになっていた。巨人たちはなすすべもなく大きな木に絞めころされていった。
何もかもが絶望的だった。生き残った巨人たちは住めなくなった山から逃げだしてふもとの村人たちに危害を加え、村民も生き延びようと村を後にしていた。
すさまじい状態の山を見てルッツィは絶句した。ミラを救うためにはサルーシャ山からわき出る聖水を汲まなければいけないのに山は魔物の無法地帯と化していたからだった。
「こんなの……、水を汲みに行くどころじゃないじゃないっ。一人きりで行くんじゃなかった……」
そう弱音を吐いた時目の端に誰かが歩いてくるのが見えた。あわてて身を隠したルッツィは改めて後から来た人達を眺めた。どうやらマダム・マーラが一人きりで歩いているようだった。しかし、なにかがおかしい。隣の見えない空間に何やら話しかけているみたいなのだ。
「ほら、あなたのお父さんはもういないんですのよ? ここでひき返してはダメじゃない。元の姿に戻ったら、騎士になるんでしょ?」
誰もいないはずの空間が揺らいだ気がした。目を凝らしてみるとそこには確かに誰かがいた。しょげきっていてもはや返事すらする気力さえ残っていないようだがそれは確かにルッツィが以前マダムの屋敷で見た顔に似ていた。
「……アール」
ふと漏らしてしまった声を飲み込むには遅すぎた。マダムだけでなくマダムの横にいるらしい何かもルッツィの存在に気づいたからだ。
「ルッツィっ! どうしてあなたがここにいるんですの?」
けれど、ルッツィはマダムが発した問いには答えることはできなかった。マダムの隣にいるらしいものを見据えながらルッツィは声を振り絞った。
「……マダムの、マダムの隣にいるのは誰なんですか」
「隣にいるのはアールだって言ったら、信じることができまして? ディスバニーの呪いで黒い影になってしまいましたのよ」
無論、信じられるわけがなかった。けれど次の瞬間にはルッツィさえも思っても見なかった言葉が口からついて出た。
「確かに信じられない。けど、そこにいるのがもしも本物のアールだったら言わせてもらう。……騎士を目指してるんだったら、そこでめげてるんじゃないよっ! まだあなたは生きてるんでしょうっ!? 巨人が騎士になれなくたっていいっ! 私の家族をころし、故郷の村を滅ぼした魔物を増やした元凶を倒してよっ! ミラにかかった呪いもやつのせい……、ふざけたパン・シールの、ジェイル父長をやっつけてよっ! 騎士を目指してるやつが、そんなに弱ってちゃダメじゃない!」
最後に言いきった言葉は絶叫に近かった。けれど言わなければいけないと感じたのだった。マダムは驚いた顔でルッツィを見ていたが、アールの反応はよくわからなかった。……が。
「……ミラが呪いにかかってるだって? それじゃ助けなきゃいけないじゃないかっ。はやく山に登って聖水を汲まないとっ」




