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からかいの代償

 ディレル街周辺の村は魔物の増加により疲弊ひへいしていた。魔物を狩ろうにもすきやクワで追い払おうものなら、とんだしっぺ返しを食らわされるのがおちなので村民は戦々恐々として家から出るのを億劫がるようになった。


 対照的に街でのパン・シール教団の勢いはとどまるところを知らなかった。サン・マリ教の教皇がパン・シール教団を異端宣告する御触れを出したものの、焼け石に水で市民は「魔物を守る会」を発足させることで応酬した。


 明らかにおかしくなっていく街に疑問を感じる者は少数で、いたとしても口をつぐんで秘密裏に亡命を図ろうとすることで対処しようとした。


 が、逃げようとする人に対する街の人々の姿勢は冷淡なものだった。パン・シール教の教えを理解できない哀れな人としか市民の目には映らなかったのである。


 その哀れな人にいつの間にかなっていたゼルとパツィは、一緒につかまってしまった部外者のヨエルと共にパン・シール教団という敵地からどうにか逃げようとしていたのだった。





 ただの影と化したアールを連れてマダムは人気のない路地裏を歩いていた。マダムに瓜二つな人形がチラチラとアールのほうを見てにたりと笑ったような気がしたのは気のせいだろうか。


「マダム……、この人形どうしたんだ? なんだか不気味だ……」


「トルストゥールという人形工房で購入したんですの。変な魔術が使われている可能性があるので放っておけなかったんですわ。……それよりも、一刻も早くこの街から立ち去らないといけませんわ」


「……何か、起こったの?」


 自身の体に起きた変化よりも悪いことなんてあるはず訳ない、とアールは思いながら尋ねた。人間の街で大変なことが起こっていようとも、呪いにむしばまれたアールにとっては自分の身体を元に戻すことこそ重要事項なのだから。


「この街で起きたこと、あまり公言しないほうがよろしいのですけれど……」


「別に、言いたくないならそれでいい……。おれは気にしないから」


 マダムにしてみれば気にしてほしいところだった。魔物がディレル街の周辺で増加していること。街の人がそれに無頓着というか、積極的に魔物を守ろうとしていること。魔物が村の人たちを襲ったこと。そしてパン・シール教団のこと。


 不愉快なことが真実であることはよくあることだ。このまま魔物を野放しにして、街の人と同じ主張を受け入れてしまえば、多様性が守られるどころか人類だけでなくそのほかの動物や幻獣、エルフや巨人や獣人族などの亜人が危機にさらされる一方になるのだ。


 パン・シール教団が命を守ると豪語している以上、街の人の動きはパン・シール教団が握っていると言っても過言ではなかった。あからさまにパン・シール教団を責める言動を取ってしまえば自殺行為に等しいが、このまま目をつぶってみて見ぬふりをするのはマダムの良心が許せなかった。


「……アールはこのままでいいと思ってるんですの?」


「え? 何を急に聞いてるんだ? おれの身体のこと? ……別によくはないよ。元に戻れなかったら騎士になれないどころか、剣すらも握れない……」


 そういうことを聞きたいわけではなかったが、マダムは黙っておいた。呪いを巻き散らすディスバニーの被害者であるアールにはぜひとも知っておいてもらいたかったが、今は言うべきではない気がしていた。




 どす黒い空の下、ディレル街に入ろうとしたルッツィを足止めしたのは銀髪の少年だった。肩を叩かれた瞬間ルッツィは懐に隠してあった短刀をすかさずとりだしたが、少年はそれを見切っていたのかあっさりとかわした。


「そんな物騒なもの振り回されちゃ困るなー。僕はただ、あなたに話をしに来ただけなのに」


 見た目はただの少年だが、ルッツィは何か不穏なものを感じ取ったらしく手にした短刀を下すことはなかった。もしかしたら魔物のたぐいかもしれないのだ。


「何しに来たっ。もしかして、君はパン・シール教団のスパイ?! だったら、絶対に……」


「やだなぁ。スパイなんて人聞き悪ーい。僕はあの教団とは無関係だよ」


「だったら、何でこんな夜更けに子どもが一人街の外を歩いてるわけっ? 君は魔物なの……」


 恐ろしいものを見るような目で少年を見たルッツィはあろうことか、手にした短刀を少年に向って投げつけた。が、ナイフは虚空を斬り裂いたかと思うと、後ろにいた何かにあたったらしく硬く鈍い音が響いた。


「……! 来ちゃダメっ! こいつは危険な奴だっ!」


 ルッツィが声を張り上げた先にいたのはミラだった。地面にある何かを拾おうとしている。よく見ると小鳥らしいものにルッツィが投げたナイフが刺さっていた。


「コレグライ大丈夫、デス。 怪我ガナイヨウデナニヨリ……」


 ミラは小鳥に刺さったナイフを抜いてみたがその後小鳥型ロボは何の反応も示さず、しゃべることはなかった。


「マダムさんの小鳥、壊れちゃった……」


「あれー? 誰かと思えば君は獣人族のミラじゃない。久しぶり……」


「この匂い、毛玉のラン子だっ! どうしてここにラン子がいるのっ?」


「え……? らんこって、何?」


 戸惑うルッツィをよそにミラはひとり盛り上がっていた。小鳥型ロボが壊れて気落ちしていたはずなのに、今は敵かもしれない銀髪の少年を前に目を輝かせていた。


「ラン子っ! ひっさしぶりー! 毛玉の姿に飽きちゃって人間に変身することにしたんだねっ。ヒト型のラン子もいいニオイしてるよっ」


「僕はラン子じゃないっ。それに僕は正真正銘の人間……」


「ラン子は何の獣人? やっぱり小鳥かな? あ、あたしは狼だよっ。鼻が利くのが自慢なのっ!」


 どこからどう見ても子犬にしか見えないが、一人前の狼気取りのミラはあきれ果てているラン子呼ばわりされた少年の前で遠吠えして見せた。が、正直言うとまったく勇ましさはなかった。


「だから、僕は獣人じゃないっ! 人の話聞いてるっ?!」


 いつも軽い口調の銀髪の少年こと、ランコアだったが、なぜかミラを目の前にすると感情むきだしで怒ってしまうのだった。


「え、それじゃラン子は何の種族なの? この匂い、人間じゃない……」


「ミラ、危ないってばっ! 奴をからかわないで……、あ」


 調子に乗りすぎた代償として、ミラはぼたぼたと鼻血を出していた。ラン子が何をしたかはわからないが、何か怪しげなまじないをかけたのは間違いなかった。


 ルッツィが鼻血を出し続けているミラのそばに駆けつけたころにはなぜかラン子の姿は消え失せていた。



「大丈夫っ?! 今、薬を出すからっ」


 そう言って薬を探しているうちにもミラの鼻から血がぼたぼたと垂れてくる。ミラはどうしていいかわからず鼻を抑えたままうずくまっていた。


「あ、あったっ。出血止めの薬っ。はやくこれを飲ん……」


「……られない」


「しゃべらないほうがいいよ。血が口に入っちゃうから……」


 うつむいたままのミラからかすかな声が聞こえたが、あまりにも小さくて聞き取れなかった。それよりも早くミラの鼻血を止めたいルッツィは薬を飲ませるためミラの顔を無理にあげさせた。


「……ひっ」


 ルッツィはミラの鼻から出る血を見てのけぞってしまった。鼻から異様にどす黒い血をぼたぼたと垂らしていたのだ。しかも、よく見るとミラの目がどす黒い虚空のような空洞と化していてそこからも漆黒の血が流れていた。


 あまりの出来事に叫び声にならないうめき声をあげているとき、ミラは子どもとは思えない野太い声を発した。



「お前の大切なものは次々と奪われる。諦めて我々を受け入れるのだ」


 何が起きたか分からないルッツィは、そのままくずおれたミラをしばらく呆然と抱えていた。




 

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