まさかの事態におちいった?
朝の日差しが眩しいマダム・マーラの家の近くにあるディネポサ山。その中でアールは狩りをすることにした。昨夜はマダムが出してくれた夕食を食べたものの、口に合わなかったので今朝の分は狩りでまかなうことにしたのだ。マダムは基本小食であっさりした一汁一菜の物を好むがそれがアールにはお気に召さなかったらしい。
「マダムの分も取ってこようか?」
「……いいえ。あなたの分だけで十分ですわよ。お気になさらずに(騎士になりたいなんて言っておきながら狩りをするなんてハンターじゃあるまいし……)」
なぜか渋い顔をしているマダムを尻目にさっそく外に出たアールだったが、狩りは思いもよらぬ形で中断されることになった。どこからともなくやって来た愛想の良い男性がアールに話しかけてきたのだった。
「ちょっとその狩り、やめてもらっても構わないですかね?」
「え? ダメだって。朝食の獲物を狩らないといけないんだから」
生活の基本である食を絶とうとするこの人物にいささかムッとしながらアールは答えた。一体何さまのつもりなんだろうか? 突然やってきた人物はアールの不愉快そうな表情にも関わらず愛想の良い顔を崩さなかった。
「朝食ならそこに生えている野草で十分じゃないですか。どうして神の下さった命をあなたは摘み取ろうとするんです?」
その言葉にアールは明らかに不愉快になった。いったいこいつは何者なんだ?
「だったら聞くけどお前は植物だって……」
言い終わるまえにマダムが横から割って入ってきた。どうやら言い争いになる予兆を知っていたらしい。
「どこのどなたかと思えば、パン・シール教団のジェイル父長じゃありませんかっ。どうしてこのようなところに?」
突然割り込んできたかと思うと、マダムは延々と話し始めた。ここら辺でとれる薬草や月の満ち欠けに応じて採るべき植物の種類のことなどだ。
無論アールにとってはどうでもいいことだしうんざりしてきたがそれは押しかけてきたジェイル父長も同じだった。明らかに胡散臭いという目でマダムを見ていたのだ。マダムの話が終わってもないうちにジェイル父長はそそくさと帰ってしまった。
「あっ、狩りしなくちゃいけなかったのにっ。日がのぼりすぎたら動物が活発になって寝込みを襲えないじゃないかっ」
「そのことなんだけど、今日もわたくしのスープで我慢してくださらない?」
「そんなぁっ」
ディレル街のとあるホテル。とはいえホテルとは名ばかりの安い宿だ。今度こそ高いホテルに泊まれると期待していたパツィにとってゼルは金を出し惜しみしているようにしか見えなかった。
「ゼルのけちんぼっ! ドケチ野郎っ!」
「あのなぁ、毎回毎回高級ホテルに泊まるためだけに父上は俺を旅に出したんじゃないんだぞ……」
ゼルの顔にははっきりとうんざりとした表情がはりついていた。たぶん毎日のごとくパツィに高級ホテルに泊まりたいと言われているのだろう。
「はいはい、わかってますよっ。跡継ぎになるための修行のために旅に出てるんでしょ?」
「だっ、誰が後継ぎなんかっ……。……あ、こっ、このことは聞かなかったことにしてくれないか?」
「……後継ぎになりたくないってこと? なんで? 立派なミドルーラ家の跡取りなんてすごいじゃない」
パツィの一言にハッとした。ゼルにとっては嫌なことでも、一庶民であるパツィにはうらやましい限りなのだ。
「ごめん……」
「別に謝らなくてもいいよ。私はただの雇われダンサーなんだし。今まで素敵なホールで踊れたこと自体を喜ばなくっちゃね」
「~~~~っ。わかったっ! もうこのことは言わないから機嫌治してくれっ」
「じゃあ、ランチはいいところで食べさせてくれたら許してあげるっ」
そう言うと不敵な笑みを浮かべたパツィ。たぶんこのことが狙いで先ほどのようなことを言ったのだろう。揚げ足をとられた気分のゼルだったが父親が認めたダンサーであるパツィと犬猿の仲になるのは好ましいことではないのは確かだ。
「……き、今日だけだからなっ」
「はーいっ」
ぼんやりしながら行きかう人を見定める。昨夜のことが頭によぎってスカイは盗みをするどころではなかった。あれは確かに幼なじみのルッツィだった。彼自身いろいろあって住んでいた村から出て行ったせいもあってルッツィのことは子どものころのことしか知らない。が、あれは確かにルッツィだった。
彼はいったい今まで何をやっていたのだろうか? そのことばかり考えていたのでスカイの前がさっと暗くなったことに気づいた時には数人の男たちに取り囲まれていた。どれも立派な身なりをしている。スカイは逃げようとしたが逃げ場を遮られてしまった。
「ちょっと話をうかがってもよろしいですかな? この人についてです。なに、話をしてくれればあなたのことは逃がして差し上げますよ」
そう言ってとり囲んだうちの一人が紙を差し出してきた。そこに描かれていたのはルッツィ……ではなかった。どこかで見たことはあるような気がするがどうにも思いだせない。
「……誰だ? コイツ?」
「こいつは最近ディレル街に入り浸っている巨人のアールというやつです」
巨人と言われて徐々に思いだしてきた。昨日スカイが連れ去ろうとしたパツィの横にいた巨人だ。そいつが一体何かしでかしたのだろうか。
「そんなやつ知らねえな。知っていたとしてもオレには関係な……」
「関係なくてもいいのです。どこかいったかさえ教えていただければいいのですから」
「どこ行ったかなんて知るわけねぇよっ。というより、その巨人なにかやべぇことしたのか?」
スカイの不謹慎な態度にとり囲んだ男のうち数名は明らかに怒りをあらわにしていたがスカイをとり押さえるような手荒な真似はせず代わりにこう言っただけだった。
「まったく何もしていませんよ。この街に人間の他にいてもいいと許される種族はエルフ以外は害のない動物だけと限られているのです。見つけ次第とり押さえるよう命令されております」
「巨人は野蛮な種族だから……か?」
「理解が早くて結構。とり押さえることができたらお前にもそれなりの報酬をやろう」
話が終わったのか、身なりのいい男たちはスカイから離れていった。
「野蛮な種族……、ねぇ。……てか、あいつら報酬がいくらぐらいか言わなかったじゃねぇかっ。くそ、あいつら絶対オレには無理だと思ってやがるっ。絶対そのアールって巨人つかまえて報酬もらうからなっ」
自身に懸賞金がかかってるとも知らず、アールはのん気にマダムの出した幻影で修業をしていた。マダムが言うには「いくら大木でも殴り続ければアールの力ならばいずれ折れてしまうから」だそうだ。しかし、たとえ幻影といえど最近このあたりに出てきている魔物そっくりで、攻撃が当たれば当たった感触もあるし悲鳴も上げる仕様になっていた。
しばらく幻影相手に修行を続けていたアールだったが、相手が少し弱いせいで退屈してきたからかマダムにもう少し強い幻影を出してもらおうと後ろを振り返った瞬間だった。
「……なんだ? こいつは?」
アールの後ろにいたのは、マダムが出したどの幻影とも似ても似つかない、一本足の毛玉だった。それどころか愉快そうにしゃべりだした。
「ふふっ、相変わらずだねぇ。アール君? 今大変なことが君に迫ろうとしてるのに、騎士になるための修行だなんてしててもいいのかなぁ?」