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進みゆく呪いと魔物の暴走

 どれぐらい歩いたかわからない。ルッツィはエリアの反対を押し切ってスカイを探しに出てから、彼の影も形も見つけられずにいた。怪我人の手当が一通り終わっていたからとはいえ、日が沈み始めてからどこに行ったか分からないスカイをあてもなく探すのは無謀に思われた。


 日が暮れ初めて星が瞬き始めたときだった。ふと何気なくディレル街がある方向を見ると、あるべきものがなかった。


(……あそこだけ星が出てない。雲が空を覆ってる? でもなんだか違うような……)


 ぽっかりと空洞が開いたようにディレル街の上空だけ真っ暗だった。たくさんのきれいな星でえディレル街を避けているようにも見える。言い表せない不吉なものを感じたとき後ろから肩を叩かれた。





「……やっと見つけましたわ。今までどこにいましたの?」


 ようやく振り絞った声は震えていた。マダムの問いかけに影と化したアールは答えようともしない。もし呪いにむしばまれて理性を失っていたら、という思いが脳内をよぎる。その思いを察したかのようにマダム似の人形が口を開いた。


「この影さん、人生に絶望しちゃってるのかもね。口もきけない……」


「っ、だまりなさいっ! さもないと……」


「……てくれ」


「……え?」


 普段怒らないマダムが口調を荒げて人形につかみかかったときだった。かすかにアールの声が聞こえたような気がしたのだ。が、小さな声だったので聞き取ることができなかった。それでも聞こえてきた声はアールに似ていた。以前とは似ても似つかない、弱りきった声ではあったが。


「ごめんなさい。ちょっと聞こえませんでしたわ。なんとおっしゃいましたの?」


「……してくれ」


「……? え、今何と……」


「……して。……おれを元に戻してくれっ。このままじゃ、おれがおれじゃなくなっちまう……」


 にわかに信じられなかった。呪いにかかってもいつも通り陽気だったはずのアールらしくない言葉だった。マダムは何も答えることができず、しばらく黙っていることしかできなかった。





 息をひそめて抜き足差し足で薄暗い建物の中を歩く。ゼルがヨエルを脅しようやく檻から出ることのできた三人は、まだパン・シール教団という敵地から出ることができないでいた。もし見つかりでもしたら強行突破は止むを得ないだろう。


「ねえねえ」


 声を潜めてパツィがゼルに声をかける。まだ外に出られておらず安心できないうちに話しかけてきてほしくないゼルはだんまりを決め込んだが、パツィは何かを伝えたいらしくゼルの無視にもめげず言葉を続けた。


「私たち檻の中に入れられた時持ち物を奪われたじゃない? 私とこのヨエルはたいしたもの持ってなかったから何も盗られずに済んだけど、ゼルは剣だけじゃなくって鎧も盗られてしまったよね。もし敵に見つかったらどうするつもり?」


「……その時は、その時だ。パツィの踊り、というか補助魔法で何とかなるだろ」


 剣なし、鎧なしの無防備ゼルは顔をひきつらせ話を打ち切ろうとしたが、ヨエルはゼルとは別のことを考えていたらしくパツィと話を合わせてきた。


「敵地内で戦うのはあまりおすすめできない。そこで、私の開発したこの魔法薬を飲めば私たちの姿を見えなくすることができ……」


 薬を取り出そうとしたヨエルは、ゼルのにらみを利かせた顔を見たせいで一瞬動作が止まってしまった。


「あ、あの……」


「そういうことは、檻から出る時にいうべきことじゃないか? お前が本物の魔術師なのか疑いたくなるよ。それに、お前の開発した薬も本当に効果があるか分からないしな」


「なっ、私はカリドゥス国ではちょっと名の知られた存在だっ。そこでは名魔術師と称され……」


「ここはディレル国だ。ここではそんな言い訳は通用しないぞ。もっとも、お前が本物の魔術士であるならここから出ることもたやすいんだろうがな」


「ね、ねえ。ここでケンカしたらいけないでしょ? こういうときこそ力あわせないと、ね?」


 冷え切った空気がさらに凍り付いたように感じた。パツィたちはヨエルとは初対面のため、この危機的な状況に信用できるかどうかお互い腹をさぐる始末だった。





 スカイを探しにルッツィが出ていってしまった診療所は静かだった。エリアの看護は今もなお続き、ミュリエルはその手伝いをしている。ケガがたいしたことのない者は皆家に帰って行ったが、重傷を負った者は診療所に残ってエリアに治療してもらっていた。


 皆が皆鋭い切り傷を負っていた。一目見ただけでは剣で斬られたかのようだが、皆一様に魔物に襲わたと言い張っていた。


 が、皆魔物に襲われたと言うばかりでどのような魔物に襲われたのか言おうとしなかった。そして、言ったとしてもあいまいな証言ばかりだった。が、エリアは患者がどんな魔物に襲われたのかぜひとも知っておきたかった。


 もし患者が魔力を持った魔物に襲われていたのなら、その呪いを解かなければならないからだ。


 しかし、その患者の中に魔物をしっかりと見ていた人がいた。皆襲われた人は気が動転してしっかり見ていない人が多かったのだが、その人はその魔物が襲ってくる瞬間をじかに見ていたようだった。


「シカだ。あれは……魔物に変化したシカだ……。角が、曲がった剣のようだった……。俺は見たんだ。シカが魔物に変化するところを。黒い霧がシカを覆って、その霧が晴れたと思ったらシカは魔物に変化していた……。そしてそのシカ俺が見ていたのに気がついて、俺に襲いかかったんだっ。魔物に変化した動物は、気性まで凶暴になっちまうんだっ」





 春になっても名残なごり雪が目立つ洞窟はもぬけの殻だった。留守番していたはずのミラはマダムの残した鳥型ロボットと一緒に洞窟を抜け出していたのだ。あまりにも帰りが遅いので心配になってきたらしい。


「ドコニ行ッタカモワカラナイノニ探スナンテ無茶……」


「無茶じゃないっ! あたしのお鼻をバカにしないでよっ! 匂いさえ残っていればすぐにマダムさんがどこに行ったかわかるんだからっ!」


 とはいえ、捜索してからすでに一時間以上経過し、日もすでに沈み切ってしまっている。ミラの嗅覚だけを頼りに歩きまわるのは鳥型ロボットの言う通りやはり無茶と言わざるを得ない。


 が、ミラはそんなこともお構いなしに歩き続けている。立ち止まると夜気が体を冷やしてしまうからだ。


 それに、夜には夜にしか出てこない魔物も出てくる可能性が大いにあった。鳥型ロボットはそれを危惧していたがミラはマダムを探すことに集中していてそれどころではないらしい。


 ひたすら歩き続けている時だった。遠目に誰かが歩いている姿が見える。どうやらディレル街に向うらしい。その人が歩いている先にディレル街の城壁が暗がりにぼんやりと見えた。


「あの人、ルッチさんだっ! 追いかけようっ!」


「チョット待ッテッ!」


 止めようとしたがミラはすでにルッツィらしき人に向って走って行った。獣人族であるミラの走りは人間よりも速く、鳥型ロボットもそれに追いつくのに必死だ。


 が、追いかけていたミラは急に立ち止まった。じっとルッツィのいる先を見据えている。


「ド、ドウシタンンデスカ? 急ニ立チドマッタリシテ……」


「……あの人、だれ?」


「エ……、アノ人、トハ……?」


 ミラの指さす先には、ルッツィの他に誰かがいた。ルッツィより頭一つ分小さい。背格好からして子どものようだ。けどいったいいつからそこにいたのだろう? 疑問に思う間もなく、その子どもは立ち止まったルッツィの肩をたたいた。

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